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20 ローカルルール

誤字脱字、修正済みです。

ご報告ありがとうございました。

 数日後、見舞いにやってきたピエールから無事に私が第二師団所属となった事を聞いた。

 所属は今までと変わらずあの倉庫屋敷だそうだ。

 正直ピエールからちゃんと聞くまで不安だったので安心した、良かった。

 この前のあれは私の白昼夢とかじゃなかった。

   

「いやー、にしても無事で何より」

「無事……?」

「生きてんだから無事だって」

「そんな死ぬこと以外はかすり傷みたいな……」


 言いながら私は黒い駒を動かす。

 ピエールが暇つぶしにと持ってきてくれたのはチェスだった。

 二人で行うボードゲーム、頭脳スポーツとかいう話もあるんだっけ。

 私は詳しくないけど元の世界でも確か世界大会とか開かれていた筈だ。

 正直馴染みのないゲームだけど元の世界にあったものを見ると、ちょっと懐かしい気持ちになる。

 私は迷う事なく黒い駒を選んだ。

 オセロとかでも黒を選びたくなるんだよね……こっちの世界にもオセロとかトランプとかあるのかな、流石に将棋はないだろうけど今度聞いてみようかな。

 アンジェラさんに内緒で聞いた事だが、青月の森に救援に来たのはルキアス団長だけではなくピエールもだったらしい。

 相当焦った様子でかなり心配をかけたそうだ。

 退院したら何かお礼をしないとな、と考えながら盤面を難しい顔で睨むピエールに思わず笑みが溢れる。

 

「そういえばピエール仕事は?」

「あ? 大丈夫大丈夫」

「……そう」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 暇つぶしとは言ったけどお前立場的に絶対暇じゃないだろ。

 前にナタナエル副団長に『サボり魔』とか言われてたじゃん。

 遊びに来てくれるのは嬉しいんだけど、大丈夫だよね?

 

「後で怒られても知らないからね」

「大丈夫だって、団長は身内にはちょーっと甘い所あるから……ほい」


 返事と共に、コトリと白い駒が前に動かされた。

 今度は私の番だが、私は特に迷う事なく黒い駒を斜めに動かす。

 身内には甘いって……本当かよ。


「……あのさ、一個聞きたいんだけど」


 甘いってどのくらい? 

 ニッキ飴くらいじゃないの、あれ辛いけど。


「何?」

「お前さ」

「うん」

「チェスのルール知ってる?」

「知らない」

「だよなぁ!?」


 ピエールはそう叫んでがばりと勢いよく顔を上げ、台に手をついたことで駒が大きく揺れて幾つか倒れた。

 何だよ……そんな有り得ないものを見る目で見るなよ……。

 ちなみに私はチェスのルールなんか全然知らない。

 駒にポーンとルークとビショップって名前があるのは知ってるけど、これ多分ルールじゃないしな。

 私は開始からずっと雰囲気でチェスをしている。

 

「だったら言えよ! 何か変だと思ったんだよ!」

「えー、逆に見ててわかんなかった?」

「いや異世界のルールなのかと思って様子見してたんだって……」


 それから「ハァ〜」とため息をついたピエールは椅子の背もたれに肘を引っ掛けて、横目に盤面を見た。


「ポーンが斜めに動くし、俺の駒を自分の陣地に置くしで意味わかんねぇよもう……何だこれ」


 白と黒の入り混じる盤面、私の陣地にはピエールから勝ち取った駒が置かれている。


「百歩譲って俺の駒取るのはいいけどよ、何で取った駒がお前のとこに置かれてんだよ」


 あ、そこ将棋と同じじゃないんだ。

 だから私が白い駒を開いたところに置いた時、二度見してきたのか。

 その時点で止めてくれればいいのに。

 ピエールは「やめだやめだ」と手首を振って、今朝私の見舞いにきてくれたナツキちゃんが持ってきてくれたリンゴを籠から勝手に取ると一口齧った。

 

「ちょっとそれ私の」

「んなケチケチすんなよ。ほれ食え」

「食いかけかよ、せめて剥いて」

「我儘言うなよな、病人か?」

「怪我人ですけど?」


 体の痛みも第三師団の皆さんのお陰で和らいで、手も自由に動くようになったとはいえ絶対安静を義務付けられている。


「もうちょっと労ってくれてもいいじゃんか〜」


 机に顎を乗せて不貞腐れていると部屋の扉がノックされた。

 お昼ご飯……には少し早い、包帯も変えてもらったし、ポーションも食事の後で飲むようにと言われているのでこれも違うだろう。

 じゃあお見舞いかな……あ、もしかしてヘルマンさんかも。

 ヘルマンさんは私が入院した翌日から心配して、毎日顔を見に来てくれている。

 完全に過保護なお爺ちゃんである。

 暇だから本を持ってきて欲しいと昨日お願いしたんだった、もしかしてそれかも。

 

「はいはい〜どうぞぉ〜」

「おい」


 仮にも私の病室だぞ。

 全く反省した素振りを見せないピエールがリンゴを齧りながら返事をすれば扉が開き、眉間に深々と皺を寄せたルキアス団長が現れた。

 身内には甘いらしい団長、まさかの再登場に驚く私と別の意味で驚き口元を引き攣らせるピエール。


「……ピエール副団長」

「だ、団長」 

「君は体調が優れないので医療館へ向かったと報告があったが」

「すみません治ったんで仕事戻りますー!」

「ちょっとピエール!?」


 言うが早いか、ピエールは殆ど飛び上がるようにして席を立つと、リンゴを咥え空いている窓から飛び出した。

 ここ三階なんだけど!?

 慌てて追いかけて下をみれば、恐らく魔法か何かを使って着地に成功したであろうピエールが慌てて駆けて……もとい逃げ去っていく様子が見えた。

 おい待て、置いていくな! 私も連れて行って! 

 あるいはこの人を持って帰ってくれーーっ!!


「怪我の調子はどうだ」

 

 そんな心の叫びはピエールに届くことは無かった。

 後ろから掛けられた言葉に私がギギギ、と関節の錆びたブリキ人形みたいなぎこちない動きで振り返れば、ルキアス団長はチェスの駒を手に取って眺めていた。

 

「も、もう殆ど大丈夫です」

「そうか」


 ルキアス団長は慣れた手つきで駒をゲーム開始前と同じように綺麗に並べ終えると、私に一冊の本を差し出してきた。


「あの、これは……?」

「君がヘルマン氏に頼んでいた本だ」

「あぁ! 態々すみません……ありがとうございます」


 お礼を言ってから本を受け取り、そこで漸く「ん?」と首を傾げた。

 何でこの人がヘルマンさんに頼んでいた本を持ってきているんだ?

 聞きたいけどまだそんなに気軽に何か話せる仲ではないので、今度退院してからヘルマンさんに直接聞こう。

 用事があって来れなくなったので代わりに頼んだだけかもしれないし。

 団長を代わりに寄越すのもそれはそれでとんでもない事のような気もするけど。

 ハードカバーで結構大きく、分厚い本だ。

 これは読み応えがありそう。

 

「……」

「……」

「……あの、そういえば私の第二師団入りを認めていただけた、とか」

「あぁ」

「ありがとうございます」

「礼を言われる事ではない。君は条件を果たし実績を示した、僕はそれに基づいて判断しただけだ」 

「あ、はい」

「……」

「……」


 ……あーダメだわこれ、会話が続かない。

 別にに話すことも話題もない、こう言う時は天気の話とかすればいいのかな。

 いやでもルキアス団長「天気がいいですね」とか言っても「あぁ」だけで返してくるじゃん。

 それ会話じゃないよ、私一人で壁にボール投げ続けるの辛くない?

 壁というより川に延々と石を投げ込む作業をしているような気分なんだけど。

 それ何て苦行? 異世界版賽の河原?

 ってかそもそも話すことないなら早く出て行ってくれないかな、お互い気まずいだろ。

 

 そんな事を考えながら本の表紙を意味なく撫でていると、ルキアス団長は徐に籠に手を伸ばした。


「……ピエール副団長が迷惑をかけた」 

「えっ」


 そして一つリンゴを掴むと、それが見えない何かにバラバラに切り刻まれる。

 ナイフも使わず均等に切られたそれはそのまま白い皿の上に乗せられた。

 それ以降、ルキアス団長は何も言わずに部屋を後にした。


 あっという間に出来上がったカットリンゴとドアを何度か交互に見て、そっとリンゴに手を伸ばし、一切れ摘んで恐る恐る端っこを齧った。

 

「……うまい」


 魔法で切ってもナイフで切っても味は同じだった。

 まぁ、当たり前だけど。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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