19 ようこそ
意識が戻った時に、真っ先に感じたのは全身の痛み。
うっすら目を開けば白い天井が段々とはっきり見えてくる。
その後に怠さと少しの吐き気がやってきた。
「……う……」
「トウコさんっ!」
「ぐえっ」
何かがお腹の上に乗ってきた。
身じろぎしようにも手足どころか指一本動かせない。
え、何これ、拘束されてる?
しかし私が何かするより先に、その声の主……ナツキちゃんは慌てた様子で私の上から飛び退いた。
「ご、ごめんなさいトウコさん!」
「……あの」
「ハッ、そうだ! アンジェラさん呼んできます!」
「ちょ、ま……て……」
一応「待って」と声をかけようとしたが声がカスカスで全然出てこなかった。
そんでもってナツキちゃんはバタバタとそのまま走って行っちゃった。
清潔感のある真っ白なベッドに、ほんのりと薬品みたいな匂いがする。
何とか手を持ち上げて指先で額に触れると包帯が巻かれていた。
まぁ、病院だろうな。
思い返してみれば結構な影してたし……あ、じゃあここが医療館って所なのかな。
確かアンジェラさん達、第三師団の管轄にある病院だ。
……それにしても喉渇いた。私はどのくらい眠っていたんだろうか。
そんなことを考えていれば、直ぐに廊下が騒がしくなり病院にはに使わない激しい音を立てて部屋の扉が開いた。
入ってきたのはアンジェラさんとその部下らしき人が二名、それからナツキちゃんだ。
ナツキちゃんは目をうるうるさせながらも、邪魔にならないようにか壁際に身を寄せている。
「トウコさん」
視線を上げれば、アンジェラさんが私に微笑みかけていた。
「あ、の」
「あぁ、無理に話さなくて大丈夫。貴女三日も寝ていたのよ」
「ミッ……」
三日!? そりゃ声もカッスカスになる訳だ。
三日間飲まず食わずって事か……えぇ、よく生きてるな私……。
アンジェラさんは、私が驚きで固まっている間にもテキパキと手際よく部下の人に指示を出して、私の怪我の様子を診た後でコップに水を入れてくれた。
「はい、ゆっくり飲んで」
「ング……」
支えられながら何とか水を飲み切った。
あぁ、こんなに唯の水を美味しいと思う日が来るなんて……渇いた体に水分が行き渡るのを感じる。
「ありがとう、ございます」
「いいえ。貴女が無事で良かった」
「……あの、他の人達は」
重症だった第一師団の騎士の人にフェイラさん、途中で別れてしまったリンゼルさんに、私を身を挺して庇ってくれたオスカーさん。
あの人達がいなければ私は間違いなくあの場で魔物の餌になっていた。
一緒に行った仲間の無事を聞けば、アンジェラさんは驚いた表情の後で大きく頷く。
「えぇ、全員無事よ」
「よ……よかったぁ……」
全員無事、それを聞いて一気に体の力が抜け、布団に沈み込む。
流石に無傷ではないにしろ全員命に別状はないのは良かった。
私は深々と安堵の息をつく。
「一番重症なのは貴女よトウコさん……オスカーを助けてくれて、ありがとう」
そう言ってアンジェラさんはそっと私の手を握った。
「へへ、じゃあ、おあいこ、ですね」
オスカーさんを助けたとアンジェラさんは言ったが、実際助けられたのは私の方だ。
今の私に出来る力で彼女の手を握り返した。
まぁ指先が僅かに動く程度だったがそれでも十分気持ちは伝わったと思う。
私の怪我についてだが、リンゼルさんの治療とアンジェラさん達のおかげで重症ではあるものの一週間程度で退院できるそうだ。
幸いなことに骨も内臓も無事で、額の傷も綺麗に塞がっているらしい。
ただ、あんまり動くと傷が開くからしばらく安静にとのことだった。
説明を聞いているうちに腹の虫が元気に鳴いたため、今は出してもらった麦のお粥みたいな物を食べている。
私はスプーンを浮かせながら浮遊魔法の便利さを噛み締める。
ナツキちゃんは「治るまで毎日来ます!」と元気に宣言して、アンジェラさんと部屋を後にした。
そこからまた少し寝て、目が覚めると外は暗くなっていた。
「……はぁ」
私は少し離れたところに置かれた水差しを浮かせてコップに注ぐ。
眠りすぎて眠くないが、寝る以外にする事もない。
「病人の一番の敵は間違いなく”暇”だな」
だからお見舞いの品で漫画とか本が喜ばれるのか。
そんな独り言を呟きズズッと水を啜っていると、控えめにドアがノックされる音がした。
「は〜い、どうぞ〜」
私は寝起きで頭がボケていた事もあり、特に確認もせず声をかける。
そして少し間を置いて病室に入ってきた人物に、思わずコップを落としそうになり軽く咽せた。
「るっ!?」
そう、我らがルキアス団長様がそこにいたのだ。
変わらず冷やかな目に何故か怒られているような気分になる。
団長はベッドの近くまで来たが、こちらを見下ろしたまま何も言わない。
「あの、何か御用で……?」
「……青月の森での討伐任務について、それと君の処分について報告に来た」
私が話しかけてようやく口を開いたルキアス団長に口を中途半端に開いたまま固まった。
え嘘でしょ、今ここで? ここで私の運命決まるの?
「君は今回の任務でシャドウウルフ並びにバーサークウルフを撃退したと報告がある」
「……」
「この報告に間違いはないか」
灯りのない病室にある光源は月だけだ。
窓から入る僅かな青白い光がルキアス団長の不思議な目の色を更に際立たせている。
こう言っては何だが、ビジュアル的にベッドの側に絶たれると死神感あるよねこの人。
どうやら団長は報告の内容について確認にきたらしい、それ今じゃないとダメかな……なんて思いはしたが、聞かれたからには答えないといけない。
「えぇと、倒しはしました」
うん、倒しはした。
だからこうしてここにいる。
「でも、私一人の力じゃないので『私が倒した』とは言い切れないかもしれないです」
そこは大事な部分だ、だから些細な事だけど訂正しないといけない。
私一人の力じゃない。色んな人に支えられて、今の私がいる。
真っ直ぐ見上げた先、ルキアス団長の視線は一切揺らぐことがなく私に注がれていた。
黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。
「今ここにいるのはオスカーさんやフェイラさん、リンゼルさんのお陰で……それに最後に助けてくれたのってルキアス団長ですよね?」
「……あれは、僕が来た時にはもう瀕死だった」
そう言ってルキアス団長は眼鏡のフレームを押し上げると、こちらに背中を向けドアに向かって歩き出す。
もう用事は済んだのか……え待って、私の処遇は?
呼び止めようかどうしようか、下手に呼び止めたら藪蛇になりそうだし。
迷っていると、ドアノブに手をかけたルキアス団長がこちらを振り向く。
「ようこそ、第二師団へ。君の入団を歓迎する」
それは淡白で機械的で、紙に書かれた台詞を誦じただけの言葉だった。
ルキアス団長はそんな歓迎する気ゼロな言葉を残して部屋を出て行ってしまった。
「……へ?」
残された私の間抜けな声に返事はない。
どうやら、あの堅物ルキアス団長に認めてもらえたらしい。
つまり私は第二師団として倉庫屋敷での悠々自適生活を文字通り死守したという事だ。
……これ認めてもらえたって事でいいんだよね?
ここまで読んでいただきありがとうございます。




