17 聖女じゃない方
急いで魔物のいるであろう方向に向かえば、そこは酷い有り様になっている。
魔法を放ったのか、一直線に木は倒れ近くには意識のないデニスさんと第一師団の騎士の人。
フェイラさんは意識はあるものの、膝をつき肩を押さえている。
だがバーサークウルフも無傷ではない。
片目は潰され、身体中傷だらけだ。
しかしそれが闘争心を刺激したのか、命の危機により更に凶暴性を増したのか、最初に遭遇した時よりも危険度が増している気がする。
「トウコ!」
「──っはい!」
オスカーさんの指示で、私が投擲した三本の剣はバーサークウルフの背中に突き刺さる。
当然、奴は真っ赤な目をこちらに向けた。
問題は此処からだ。そこから私はバーサークウルフに背を向けてがむしゃらに森の中を走る。
オスカーさんが先導してくれるので迷子にはならない。
獣を相手に背中を見せるのが危険だと言うことは百も承知だ。
森で熊に遭ったらゆっくり目を逸らさず後退するのが正解らしいが、今は私達を追ってもらわないと困る。
ゼェゼェ息を切らし、何度も転びそうになりながら、私は必死にオスカーさんの後を追って目的地までやってこれた。
最初の惨状……数十匹のシャドウウルフの亡骸が散乱する場所へ。
もう血の匂いがどうとか気にしてはいられない。
私は転がっている岩を視界に捉えると、それを持ち上げ、振り向きざまにバーサークウルフの顔目掛けてぶん投げた。
「ふんっ!!」
メキャッ!と肉を抉る生々しい音と共に、岩は吸い込まれるように魔物の顔へ命中した。
「グギャオォ……!」
「アイスランス!」
その隙にオスカーさんが魔法で無数の氷の槍を出現させ、そのままバーサークウルフの背中に突き刺した。
刺さった部分からパキパキと氷が広がっていく。
……多分内側から凍っているんだろう、あれは痛い。
勿論それで手を緩めたりはしない、次の一手は決まっている。
私は近くにある適当な木に手を翳す。
イメージは畑から雑草を引き抜くときと同じように。
木を持ち上げれば、それは見た目の割りに特に手応えもなく引っこ抜けた。
ただやっぱり木なのでバゴォッとすごい音はした……根っ子ごと引っこ抜いてしまい申し訳ない。
パワフルな環境破壊をしてしまったが命には変えられないんだ許して!
心の中で謝りながら、私は引っこ抜いた巨木を横凪に振るった。
「くらえーっ!」
「ガブォッ!?」
「え、うぉ!?」
バーサークウルフだけでなくオスカーさんの驚いた声も聞こえたが、吹っ飛んだのはバーサークウルフだけだった。
激しい音を立て、木に背から激突したバーサークウルフは動きを止めた。
その隙に剣を構えたオスカーさんが走る。
「はあああ!!」
──ドッ!!
そして起き上がろうとした魔物の心臓に銀剣が突き刺さった。
赤黒い血が剣を伝い地面に落ちる。
だがそれでも動きは止まらず、もう声を上げる力も残っていないだろうに、オスカーさんへ鋭い爪を振り下ろそうとした。
私はその光景を見ながら、冷静に手のひらをグッと握り込む。
「グ、グボォ……オ゛ォ……」
その爪が振り下ろされるより先に、私の手の動きに連動するようにして、三本の剣がその太い首を取り囲むように突き刺さった。
開かれた口からは最後の咆哮の代わりに血が吐き出され、腕を振り上げたまま、バーサークウルフは前のめりに倒れ込む。
こうしてその怪物の命は消える。
私達は辛くも勝利を手に入れたのだ。
「やったな……!」
オスカーさんは疲労を滲ませながらも、私に力強くそう言ってくれたが、私は頷く事しかできない。
心臓の音がうるさく、ひどく疲れている筈なのにまだまだ動ける気がする。
多分アドレナリンが出まくって気分が高揚しているんだろう。
何だっけ、登山とかでなる興奮状態の……クライマーズ・ハイ?
いかんいかん、冷静にならないと、とは思っても脳はそう簡単に言うことを聞いてはくれない。
「初めての討伐で災難だったな、怪我は?」
「はい、大丈夫ですっ」
「よし……ここに来る途中で救難信号が見えた、恐らくリンゼルが出したんだろう」
そうだ、リンゼルさん。怪我をしていたフェイラさん達の所に行かないと。
私も所々草木で切り傷がある。多分走っている時にできたんだろう、今も全然痛みを感じないがどのみち擦り傷だ。
私の分のポーションもみんなに使えば少しは役に立つかもしれない。
私は事切れたバーサークウルフの首から剣を抜き取った。
「直に応援も来るだろうから私達もリンゼルの所、に……」
ふと、オスカーさんの言葉が途切れた。
どうかしたのか、聞くより先にほんの僅かな向かい風が頬を撫でる。
そして異変を感じ、私が振り向くより先にオスカーさんが、私を押しのける形で前に出た。
「え、」
「プロテクション──ッ!!」
オスカーさんのを目で追う、その一瞬で視界が光に潰された。
続いて衝撃、一瞬で周囲の音が消えた。
そこからはよくわからない。
次に目が覚めた時、身体中が激しく軋んだ。
ぼやけた視界は蛍光灯の消えかけた室内のようにチカチカと点滅し、キーンと鼓膜を貫通する甲高い耳鳴りと頭痛。
頭が割れるように痛い。痛すぎて鼻血が出そうになる。
「…………っう……」
片手で頭を押さえれば、手にぬるりとした生暖かい感触がして、そのまま手のひらを見れば真っ赤に染まっていた。
それは紛れもない私の血だった。
痛む体を何とか起こそうとするが、何かが乗っていて思うように動けない。
それでも何とか肘をついて、顔をわずかに下に向けて私の上に乗る何かの正体を目の当たりにして、震える唇で名前を呼ぶ。
「……ぁ、え。オスカー……さん」
私を庇うように、上に倒れ込んでいたのはオスカーさんだった。
私が身じろぎすれば僅かに動いたのでホッと息をつく。
よかった、まだ生きてる。でも呼吸するだけで体のどこかしらが痛む。
いや、オスカーさんが庇ってくれたおかげで私はまだ意識があるんだろうな。
這い出るようにしてオスカーさんの下から脱出した私は、段々と落ち着いてきた土埃の向こうに見える影に思わず口角が上がった。
人間、絶望してどうしようもない時が来ると笑ってしまうらしい。
「……嘘でしょ」
無傷のバーサークウルフがいた。
つまり、それは私達が苦労して倒した一体じゃない。
別個体である。
「ははっ、ゲホゲホッ……あー、マジ最悪」
一気に脱力して肩の力が抜けた、こりゃ無理だ勝てん。
ふざけないでほしい本当に。モンスターの乱入や敵の増援が喜ばれるのなんてゲームの中だけだ。現実で起きるとかクソゲーすぎる、いや現実って基本クソゲーなんだけどさ。
幸いな事に、さっきの謎の衝撃で一緒に吹き飛ばされたのか、私とオスカーさんが必死こいて倒したバーサークウルフの死体は側にあるので剣の回収はできる。
でもどうする、勝機ある? さっきのはオスカーさんありきの作戦な上に、傷を与えてくれていたフェイラさん達の功績も大きい。
万全の状態のバーサークウルフに、瀕死の私が一人で勝てるとは思えない。
私が大人しく……というか文字通り手も足も出せずに時間を浪費していると、バーサークウルフは顔を横に向けた。
……は? 何でこっち見ないの。
まるで私達に興味がないみたいじゃないか。
同じように私も顔を横に向ける。
木と木の間、少し先に見慣れた景色が見え『まずい』と頭の中で警鐘が鳴る。
もうほんの数十メートル先に街道があり、異変を感じ取った行商人や荷馬車が慌ててその場を立ち去ろうとしている。
「グルルル」
「……」
いやいや、ちょっと待て。
流石にヤバいってお前があっちに行くのは本当に洒落にならないって。
絶えず血が流れているせいもあってか、段々と頭が冷えてきた。
乾いた下唇を舐めればピリリとした痛みに、鉄の味が口に広がる。
「ヴヴゥゥ……」
「……!」
ついにバーサークウルフが動き出した。
のしのしと、足取りはゆっくりだが確実に人のいる方へ向かっている。
咄嗟に起きあがろうとして、痛みで足が止まった。
「ハッ……」
……いや何してるの私、何で動こうとしてるの。
いいじゃん私達から離れてくれるんだよ、願ったり叶ったりでしょ?
冷静になれ、勝算もないし味方もいない。
怪我は痛いし体力は限界だ。
ここで諦めても逃げても何もしなくても、誰も私を責めたりはしないだろう。
寧ろよくやった方だ。
それにシャドウウルフは倒したし、ノルマはクリア。しかもバーサークウルフを一体倒してるんだし余分に働いてるでしょ。もういいでしょ、無理しなくても、休んだって良いに決まってる。
『──第二師団には実力、実績、何より志の無い者の居場所はない』
「──、──」
吸い込んだ酸素をゆっくり、少しずつ吐き出す。
要らないことを思い出した。別に今これを思い出す必要なんてないだろう。
走馬灯ならもっと幸せなものを見せてほしい。
何でだろう、よっぽどショックだったのかな。
いや、でも私ってそんな繊細な人間だっけ?
確かに悲しくはあったけど、でもそれより先にもっと沸き上がったものがあっただろう。
堅物団長に無慈悲な言葉のナイフを投げられて、私が最初に感じたのはもっと単純で直情的で、身も蓋もないヤケクソで、出鱈目な……。
「ん、は……はは」
気付けば私は笑っていた。
楽しくはない。
全然楽しくなんてないけど、無理矢理にでも口角を引き攣らせて、笑い声のような言葉を発する。
多分私がこうするのは、私がこうしないと納得できないからだ。
そんなしょうもない我が儘な理由だ。
私はオスカーさんの剣を鞘から引き抜いて地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。
生まれたての子鹿よりも酷い、ガクガクと揺れる膝のまま、その辺に転がっていた岩を持ち上げて、歩みを進めるバーサークウルフ目掛けて投げる。
狙いは外れて、近くの木にぶつかったが、それによりバーサークウルフの注意はこちらに向けられた。
「ガルルル!!」
赤い目が完全に私を標的として捉えた。
うわ、怖っ、今になって後悔してきた。
自分の行動が馬鹿すぎて笑えてくる。
だがそれでも「へっ」と短く息を吐いて私は中指を立てた。
「よっしゃあ、来いよバケモノ……」
ちゃんと見栄は張れた、生意気な口も聞ける。
あの時、私がルキアス団長に感じたのは怒りだ。
取り繕わずに言うと単純にめっちゃムカついた。
確かに言っていることは間違いじゃない。私は誰にも必要とされてない。
何も間違っていない、でもだからと言ってそれを「はいそうですか」と受け入れられるかと言われたら話は別だ。
全然無理、納得なんかできてたまるか。
ただでさえこっちは『巻き込まれて』異世界に来たんだよ、被害者だぞ。
あの場所は、この世界で誰にも必要とされていない人間が、やっと手に入れた居場所なんだ。
実力? 実績? 志? 上等じゃねぇか。
今の自分には何もない。
捨てるほど物は持ってない、取り繕うほどのプライドも立場もない。
聖女ではない私と言う人間なんて、この世界で価値はない。
今の私にあるのは意地と根性、それと
「私が相手だ……!!」
ほんのちょっとの勇気だけ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




