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16 狂狼

「……それにしても妙だな」

「えぇ、そうですね」


 オスカーさんの呟きに頷いたのは、先程までの少女のような燥ぎっぷりが嘘のようになりを潜め、真剣な表情でシャドウウルフの亡骸を観察するフェイラさんだ。

 妙、らしいので私も一応少し考えてみたが当然何も分からない。

 私はスーパーインドアだし……そもそも森の普通の状態を知らないんだよなぁ。

 

 森初心者には難しい難題である。


「妙……ですか」


 そう呟けば、その声を拾ったオスカーさんが説明してくれた。


「そもそもシャドウウルフは群れで狩りを行う魔物だ。周囲を取り囲み、徐々に包囲網を縮めて最後に獲物を仕留める、だが……」


 そこで言葉を切って、オスカーさんは倒れているシャドウウルフに視線を落とす。

 襲ってきた魔物は既に事切れている。


「……今回は群れが一斉に、一方向に向かって走ってきた」

「それはつまり……私達を獲物にして襲ってきたんじゃなくて、進行方向の先にいたから襲ってきたってことで合ってますか?」

「その通りだ」


 オスカーさんは顔を上げると森の更に奥へ、魔物が来た方向に歩き出した。

 もう殆ど歩き尽くした気でいた森の中が、歩みを進めるにつれて段々と得体の知れない深みに足を踏み入れているような気がして、段々と不安になってくる。

 

「……静かすぎる」


 前を歩く第一師団の人が、硬い声でそう呟く。

 来た時から森の中が静かなのには気付いていた。

 だが、こんな木に囲まれた自然豊かな場所を歩く事なんてなかったのでそこは盲点だった。

 鳥の声一つしないのはどう考えてもおかしいのでは……?

 

 不安と恐怖でどんどん考えが悪い方へ流れていく。

 歩き続けてる内に、鉄の匂いが生ぬるい風と共に運ばれてきた。

 

 そして、その惨状を前にして全員が息を呑む。


「うわ……」 


 少し開けたその場所は、まるでハリケーンが過ぎ去った後のように、太い木々が圧し折られ、無数の大きな岩が転がり、地面は所々土が掘り返されたような有り様だった。

 何より酷いのが、臭いの正体。

 先ほど襲ってきた以上の数、数十匹のシャドウウルフの亡骸が辺りに散乱していた。

 倒れている、ではなく散乱がこの場合は正しいだろう。

 胴体や首を引き千切られているものもある。


 私はなるべくこの匂いを吸いすぎないように、浅い呼吸を繰り返す。

 ここで吐かなかったのを誰か褒めてほしい。


「……オスカー隊長」

 

 私の隣に立っていたフェイラさんが顔を青白くさせ、声を潜めて指示を仰ぐ。

 これは普通じゃない、この森に入ってから鳥の鳴き声ひとつしないのも、先ほど襲ってきたシャドウウルフの行動にもこれを見れば合点がいく。

 

 逃げていたんだ。

 何かかは分からないが、その原因は今、間違いなくこの森にいる。

 それも近くに……だって、血が、乾いていない。


「──撤退だ」


 全員が静かに頷いた。そうしよう、流石に無理だ。

 こんな惨状生み出す奴と真正面からやり合える筈がない。

  

「グオォオオオッ!!」


 私達がその惨状に背を向けたタイミングで、背後から聞こえてきた咆哮。

 ビリビリと空気を振動させ周囲の木々をも揺らす、まるで地鳴りだ。

 私達が振り返った視線の先、新たな獲物に狙いを定めた黒い巨体が立っていた。


 シャドウウルフと同じ頭の形に赤い目、黒い体毛。

 だがこちらは見上げる程大きく、二本の足で立っている。

 

「バーサークウルフ……!」

「グルルルル!!」


 喉を鳴らし荒い呼吸を繰り返すバーサークウルフと呼ばれた魔物、その口から血に濡れた赤い牙が覗く。

 全員が武器を構えた、それに合わせて私も剣を抜く。

 その時、フェイラさんとデニスさんが私を庇うように前に出た。

 先頭に第一師団、その後ろに第二師団。

 私は更に後方で、隣にはリンゼルさんがいる。


 正直とても逃げたい。

 当たり前だ、命の危機が目の前に迫っている。

 今すぐにでも背を向けて逃げたいが、今はどう動けばいいのか分からないし……そもそもこの場合動いた方が逆に危ない。

 それとこんな時にアレなんだけど、絶対迷子になる。


「ゴァオオオッ!!」


 バーサークウルフが吠え、腕を振り上げ叩きつける。

 

 ドォンッ!!


 地面が僅かに揺れた。

 それを合図に各々が攻撃を始める。

 私はリンゼルさんに腕を引かれ、木の影に身を隠す。

 全員が木を上手く利用し立ち回っているようだ。


「ウィンドリッパー!」「フレイムショット!」


 近くで魔法を放つ声と魔物の雄叫びが交互に聞こえてきた。

 私は手を硬く握りしめて息を潜める事しかできない。

 

「リンゼル! 治療を!」

 

 その時、隠れている気の反対側で聴き慣れた声がして、立ち上がったリンゼルさんの後を追えば、そこにはオスカーさんと第一師団の騎士がいた。

 倒れている騎士は頭から血を流し、肩から腹部にかけて斬られたような傷を負っており出血も酷い。

 リンゼルさんが倒れている騎士に両手を翳せば、そこから白い光が現れ体を覆っていく。

 徐々に、顔から苦悶が薄れていくが傷は塞がっていない。


「隊長、隙を見て撤退しましょう」

「いや……俺達が撤退すれば街道まで追ってくるだろう」

「じゃあ、倒すしかない」

「……あぁ」


 腕の傷にポーションをかけながらオスカーさんは頷いた。

 確かにそれなら撤退はできない、でもこの戦力で勝つことは難しいのだろう。

 このままじゃジリ貧だ、だがこんな時こそ冷静にならなければ。

 私は自分に何かできないか考える。

 当たり前だけど私が一番足手纏いだ。

 森の中じゃ助けを呼びにも行けないし、何よりこの状況で私が役に立つ要素って何?

 いくら何でも手札が少ない。

 こっちには……私には【浮遊魔法】しかないんだぞ……。


「あ」


 ……いや、あるじゃん、私の手札で出来ること。

 手元の剣、周りには木々が生い茂る自然豊かな森の木々、さっきまでいた場所には岩もあった。

 

 最近剣ばっか振り回してて忘れてたけど……周り武器だらけじゃん。


「オスカーさん、相談が」

「どうした?」

「一個作戦を思いついたんですけど」


 人差し指を立てて、そう言うとオスカーさんとリンゼルさんは目を見開く。

 しかし時間もないので勝手に話を進めさせてもらった。

 できる限り不要な部分を端折って思いついた作戦を説明すれば、オスカーさんは三秒ほど考えてから「それで行こう」と覚悟を決めた顔で力強く頷いてくれた。

 そしてオスカーさんと私は行動を開始するべく立ち上がる。

 

「リンゼルは此処で治療を続けてくれ」

「了解……トウコ」


 リンゼルさんを見下ろすと、彼女は自分の剣を抜き両手で私に差し出している。

 

「きっと、役に立つから」

「……はい、お借りします」

 

 私はその剣を受け取りそのまま浮かせる。

 こんな状況だ、武器は多ければ多いほどいい。

 

「それじゃ、行きま──」


 オスカーさんと私が走り出そうとしたその時、遠くで先ほどの魔物の咆哮が聞こえた。

 しかもそれは声だけではなく、バキバキと木の折れ倒れる音も一緒にだ。

 嫌な予感がして、私とオスカーさんは急いでその場を離れた。


読んでいただきありがとうございます。

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