15 青月の森へ
途中休憩を挟みながら、馬に揺られようやく辿り着いた青月の森。
ここまでは整備された街道を進んできたが、少し道を外れるだけでそこはもう別世界。
先頭はオスカーさんで、私は中央の位置で周囲を経過しながら道なき道を進む。
街中にある木とは違う、大きく高い樹木の中を進んでいく。
目撃情報のあったシャドウウルフは通常、四頭から十頭で群れを形成しているそうだ。
森の中という事もあり今日の私の武器は剣二本、流石に森の中で長い武器振り回して人に当てないとは言えないので。
足元に気をつけながら、黙々と足を進める。
私は此処でシャドウウルフを倒しまくって、功績を挙げるんだ!!
「……はぁ」
私は木に背中を預けて、地面に腰を下ろすと深いため息をついた。
いやね? 魔物が怖いって気持ちはあるし、何もなければいいなー、なんて気持ちが全くないかと言われたら嘘になるんだけどね?
──全っ然、魔物が出てこないんですけど。
そう、意気込んだのは良かったものの、魔物は出てこなかったのである。
ザァザァと風で木が揺れる音しか聞こえない森の中で、私達は休憩をとっている。
太陽はもう真上に近い位置にあるので、森の中を当てもなく彷徨うこと約三時間といったところか。
どれだけ鍛え上げられた騎士とて人間なのでずっと気を張り詰めていれば疲れるし、集中力も途切れてしまうので、こうして適度に休息をとっている。
それはそれとして、ちょいちょい小休止を挟んでくれているのは、恐らく森歩きに不慣れな私に気を使ってのことだろうな……申し訳ない。
「ふぃー、歩きっぱなしってのもつまらないわねー」
「よっこいせ」と態とらしく言いながら、私の隣に腰掛けたのは初恋泥棒こと『フェイラ』さんだった。
「さっさと魔物の十匹や二十匹出てこないかしら」
「あはは」
いやそんなに出てこなくていいけど。
そんな冗談を言いながら伸びをする彼女に曖昧に笑っていれば、少し離れた場所にいた第三師団の女性がこちらに近づき、ウェストポーチから何かを取り出して、私達に差し出してきた。
「これ、良かったら」
「えっいいの? じゃあ遠慮なく」
白い布に包まれていたのはクッキーだった。
フェイラさんは一枚摘んで口に放り込む。
甘い匂いに思わず手を伸ばしそうになったが、ここまで何もしてない私も食べていいのだろうかと迷い手を引っ込めた。
「甘いの、嫌い?」
「いえ、好きでなんですけど……」
「なぁに? 遠慮してるの? いいから、ほら」
フェイラさんはそう言って、ヒョイと摘み上げた一枚のクッキーを私の口に押し付けてきた。
咄嗟のことだったので私はそのままクッキーを口に入れられ、吐き出すわけにもいかずモグモグと口を動かす。
サクサク系の硬いクッキーだ。仄かな甘みと一緒に少しハーブっぽい味がする。
「美味しいでしょー? リンゼルの焼き菓子はどれも最高なのよ」
「む。フェイラ、食べ過ぎ」
「えー、まだ四枚しか食べてないのに」
「トウコの分、無くなる」
リンゼルさんは私に小さく微笑むと「いざと言うときの為にも、ちゃんと食べて」と私の手に残りのクッキーを握らせた。
なんだか仲間に入れてもらえたような気がして、嬉しくなった。
「ありがとうございます」とお礼を言ってから、遠慮なく二枚目を口にしようとした……その時だ。
「──敵襲!!」
その声に、フェイラさんは立ち上がり剣を抜いた。
リンゼルさんも同じようにいつでも剣を抜けるように、周囲を警戒し始める。
私は一拍遅れて、慌ててポーチにクッキーを押し込むと、同じようにその場から立ち上がって、浮かせていた二本の剣を鞘から抜いた。
今のは周囲の偵察に向かっていた第一師団の人の声だ。
右を向けば少し離れたところで、オスカーさんや他の人達も同じように周囲を見渡している。
どこか遠くで「ウォオーーーン!!」と狼の遠吠えが聞こえてきた。
「っ! フェイラ、後ろ!」
それを合図に、ガサガサと草木を踏む音が聞こえて黒い影が飛び出してきた。
「来たわね! ウィンドリッパー!」
フェイラさんは怯むどころか好戦的な笑みを浮かべて魔法を放つ。
──ビュンッ! ザシュ!!
「ギャウンッッ」
フェイラさんの放った薄緑色の刃に斬られ、飛びかかろうとした魔物は断末魔を上げそのまま地面に落ちる。
間近で見るとやはりすごい、これが魔法か。
倒れた魔物は黒い体毛に赤い目の狼。これが今回討伐対象のシャドウウルフだろう。
ウィンドリッパーは恐らくその名の通り、風の魔法だろうな……いやいや、感心している場合じゃない。
リンゼルさんも大人しそうな見た目に反して、見事な剣術でバッサバッサとシャドウウルフを斬り倒している。
私が辺りを見回していると、少し離れた場所で戦うもう一人の第二師団の男性が見えた。
彼も魔法と剣を駆使して魔物を相手にしている。
そして飛びかかってきた一体を切り捨てた……その背後にもう一体が迫る。
気付いたのは私だけではなく、フェイラさんが「デニス!!」と彼の名前を叫んだ。
「──なっ!?」
慌てて振り返るが間に合わない。
そして獲物に狙いを定めた魔物の鋭い牙は──届くことはなかった。
シャドウウルフの牙が届く直前、私の飛ばした剣が胴体を貫き、そのまま勢いを殺さず木に突き刺さったからだ。
磔にされた魔物は静かに絶命している。
「あ、っぶな……」
ドッと汗が噴き出す。今のは肝が冷えた、間に合わないかと思った。
私は詰まっていた息を吐き出し、浮遊魔法で遠く離れた木にから剣を抜き取る。
魔物の血が滴り落ちて、地面に赤く小さな水溜りを形成していく。
……うわ、血生臭い。
だがこれで一匹だ。
よしよし、順調順調この調子で……と思っていると体にドンッと衝撃が走った。
ぐぇっ!? 何事ー!?
目を白黒させていると、今度はバッと体を離され、そこで私の体を締め付けていたのが人間の……フェイラさんの腕だと気付いた。
「すっごーい! 今のが浮遊魔法!?」
目をキラキラさせてキャーキャーと歓喜の悲鳴をあげる彼女は、そのまま私の肩を掴んでガクガクと揺さぶり始めた。
リンゼルさんが「うん、魔物、この辺りにはいないみたい」と周囲の安全を知らせてくれたが、それより私を助けて欲しい。
私の安全が脅かされている。
戦闘が終わったことで、他の人達も私達の所に集まってきた。
「みんな! 怪我は、ってどうした?」
「おおおオス、カー、さん」
「フェイラ、何やってるんだ離してやれ」
オスカーさんにより解放された私の背をリンゼルさんがそっと撫でながら「大丈夫?」とこちらの安否を気遣ってくれた。
ありがとうございます、大丈夫ではないです。
「首が取れるかと思いました……」
「ハァ、全く……怪我は無しでいいな?」
「そんな事より見ました隊長! 彼女の浮遊魔法!」
フェイラさんのその問いに答えたのはオスカーさんではなく、別の第一師団の騎士二人だ。
「そりゃ知ってるさ、俺達は模擬戦見てたし」
「この嬢ちゃんはな、あのナタナエル副団長にも善戦してたんだぜ」
「えぇ、嘘、何それ凄くない!?」
そこから三人で模擬戦の事を話し始め、リンゼルさんも「すごい」と頷いており、すっかりそっちの輪に入っていた。
置いてきぼりを食らった私はオスカーさんにこの後の事を尋ねようとしたが、その時チョンチョンと指先で肩を叩かれた。
間一髪の所で助かった、名前は確か……デニスさんだ。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「いえいえ、無事で良かったです」
まぁ私が助けなくても、フェイラさんかリンゼルさんが魔法で倒してたかもしれないですけど、と伝えればデニスさんは首を横に振り「それは分からないよ」と言った。
「魔法にはどうしても発動に時間がかかるから、多分速度では君の浮遊魔法の方が早いよ」
確かに、私の浮遊魔法は直感で動かしている。
そもそも魔力を練ったり編んだりする感覚が分からないのだが。
つまり凝ったり料理より即席ラーメンの方が、味は落ちても出来上がりまでが早い……みたいな事か。
「……そうなんですね」
「うん。だからこうして俺が今も立っていられるのは君のおかげだ」
「ありがとう、これからもよろしく」そう彼は私に笑顔で言った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




