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13 ぎゃふん

 広い王宮の中にある一室。

 私は倉庫屋敷に配属されるまでの数日しかいたことはないが、それでも今いるこの部屋が大変位の高い部屋であることは肌で感じ取れた。

 国王との謁見は玉座で行われる。

 ここはその手前にある、所謂『控室』のような場所だ。

 均等に並べられた花瓶、真っ白なローテーブルを挟むようにして置かれているソファに私は腰を下ろして、静かにその時を待っている。

 部屋の中に漂う花の仄かな香りが、不思議と緊張感を和らげてくれている気がした。

 

 隣には私と同じくこの世界に召喚された女の子、ナツキちゃんが座っている。

 服装はドレスとまではいかないが、それでも上等なロング丈のワンピースのような服を着ていた。

 うん、お顔が可愛いから何を着ても似合うね。

 あの後騎士の人に呼ばれた私は、そのままピエールとその騎士に連れられ、もう足を踏み入れる機会はないんじゃないかと思われた城の中へと足を踏み入れたのだった。


 しかし国王に謁見するのにこの格好は如何なものかと言うことになり、メイドさんが十名ほどいる部屋に案内された私はそのまま、メイドさん達にされるがまま、あれやこれやと身なりを整えられてからこの部屋に通されたのだった。

 あの時のメイドさん達の連携は見事なのもで、終わった後の『やり切った感』にはお礼と拍手を送りたい。

 それと単純に汗をかいた後なので、お風呂に入れたのは良かった。

 ピエールは別室で待機しているので、この場には私とナツキちゃんしかいない。

 

「トウコさん」


 ナツキちゃんに名前を呼ばれた。

 彼女は不安そうな顔で私の方を見ている。

 そりゃいきなり国王に呼ばれたとあっては緊張するし、こらから何が怒るか分からないこともあって怖いだろう。

 ……ここは年長者の私が安心させねば。

 私は少しでも緊張がマシになるように、彼女に微笑み「大丈夫だよ」と声を掛けようとして口を開いた。


「だいだ、だいだだいじょうぶ」

「うん、大丈夫よトウコさん、大丈夫だから」


 いや嘘嘘、無理無理、全然無理だわ。

 完全に空気の呑まれた、花の香りなんかで緊張感が和らいでたまるか。

 まず匂いが全然感じられないんだよこっちは、そんな余裕がないのよ。

 全く呂律の回っていない情けない私の手をナツキちゃんは、手汗でびっしょりなのも気にせずしっかりと握ってくれた。

 ……おい誰だよこの子を聖女とか言ったの。

 聖女どころか女神様だよ、神、聖女神様だよ。

 不安そうな顔と言ったが、よく見れば彼女は困ったような笑顔だった。

 そりゃ隣にこんだけ怯え倒した人間座ってたら逆に心配だよね、何かごめん。 


 ──コンコン


 私が年上の余裕を見せることに失敗した直後、扉がノックされる。

 ナツキちゃんが緊張で固まる私の手を引いてくれたので、何とか立ち上がることができた。

 

「失礼します」と断りを入れ、部屋に入ってきたのは初日に会ったあの補佐官さんだ。

 彼は私達の方を向いて静かに微笑んでくれた。

 知っている人の登場に、幾分か緊張がマシになった……気がする。

 

「準備はよろしいですか」

「はい、お願いします」


 答えたのはナツキちゃんだ。情けないことに私は首を縦に振ることしかできない。


 そのまま補佐官の人に連れられ廊下を歩く。

 廊下が長ければ良いのに、なんて考えたのは人生の中で今日が初めてだ。


「謁見には国王と王子、それから数名の貴族のみで行われます」

 

 こちらの緊張具合に気を遣ってか「あなた方は客人ですので、そこまで緊張しなくても大丈夫すよ」と言ってくれたが、足は重いままだ。

 やがて大きな扉の前に辿り着いた。

 扉の両サイドには甲冑を着た騎士が立っている。


「まず中へ入ったらそのまま真っ直ぐ進んで、部屋の中央に立っていれば大丈夫ですよ」


 そう簡単すぎる説明をした後、補佐官の人が目で合図を送ると片方の騎士が中へ私達の到着を知らせる。

 その数秒後に重厚な扉が、重い音を立てて動き出した。


「ナツキちゃん」

「どうしたの? トウコさん」


 扉が完全に開き切るその数秒の間に、私は言っておかなければならないことがある。

 胸を張ってください、とナタナエル副団長に言われたことを思い出しながら、繋いでもらっていた手を離して前を向いたまま続けた。


「私が謁見の間で吐いたらごめん」

「うん…………え!?」

 

 ナツキちゃん、補佐官の人、そして扉の両サイドに立っていた騎士達の視線が同時に私の方へ向けられた。

 ザッと同時に向けられた四人の視線。

 慌てて何か言おうとする補佐官の人、顔を見合わせる騎士達を置き去りにして、緊張で頭のどこかしらがバグった私は、妙に意気揚々と謁見の間に足を踏み入れた。

 

 中に入ると天井の窓から差し込む太陽の光が、真っ白に磨かれた床を照らしていた。

 大聖堂のような神秘的な雰囲気だ。

 周囲には貴族が十名ほど並んで立っている。

 目の前の階段の先には玉座があり、そこに赤い髪をした一人の男性が座っているが、顔はよく見えないがどうせ確認するまでもなくイケメンに違いない。

 補佐官の人に言われた通り、私とナツキちゃんは部屋の中央まで歩いた。

 丁度床に円形の模様が書かれていたのを目印に、中央付近で足を止める。

 

 背後でバタンと扉が閉まる音がした。

 外とは隔たれた謁見の間に耳が痛くなるほどの沈黙が落ち、私はゆっくりと意識して呼吸を繰り返す。


 すると突然、国王は玉座から腰を上げると階段を降りて私達の前にやってきた。

 

「ナツキ・ルリカワ殿、トウコ・ウキタ殿……この度はこちらの都合で、あなた方を巻き込んでしまい大変申し訳ない」

  

 玉座から降りてきただけでも目玉が飛び出そうなほどの出来事だが、謝罪の言葉の後に私達に頭まで下げはじめた。

 同じように周りに立っていた貴族の人達も頭を下げている。  

 国のトップが頭を下げるなんてただごとではない。


「い、いえ、そんな!」

「国王様、どうか顔をあげてください」

 

 慌てる私とは対照的に、緊張してはいるもののナツキちゃんはハッキリそう伝えた。

 国のトップが頭を下げるなんてただごとではない。

 私達の反応に全員が顔を上げる。 

 国王の安堵した様子に、逆にこちらがホッと息を吐く事になった。


「改めて……私がグリフェルノ王国現国王、アーレンハイト・グリフェルノだ」

「初めまして陛下、ルリカワ・ナツキです」

「トウコ・ウキタ、です」


 自己紹介を終えると王様は優しく目を細めて頷く。

 その笑顔にどこかヘルマンさんに近いものを感じた。

 お互いに挨拶を終えたところで、周りに並んで立っていた一人の青年がこちらに近づいてきた。

 金髪に深い海のような青い眼。丁度ナツキちゃんと同じくらいの年頃だろうか。

 その青年は国王の隣に並ぶと、どこかキラキラとした笑顔で私と、隣のナツキちゃんを見た。

 

「トウコ様、初めまして。第一王子のアーサー・グリフェルノです」

「はじめまして、トウコです」


 星の王子様と呼ばれる人がいるとしたら彼みたいな人なんだろうな……とか思っていたらガチの王子様だった。

 それからアーサー王子は私からナツキちゃんの方へ向き直る。


「え、あっアーサー君!」


 珍しくナツキちゃんが取り乱している。

 その様子を可笑しそうにアーサー王子は小さく肩を揺らして笑っているではないか。

 何だ何だ、と私の視線が二人の顔を行ったり来たりしていれば国王が「あぁ」と何か思い出したような顔をする。


「そういえば学園では二人は同級生だったな」

「えぇ、父上。彼女は僕の大事な友人なんです」


 へー、そうなんだ。

 そりゃ王族だって学校には行くのか……とか考えながらナツキちゃんの方を見れば、頬を赤く染めてちょっとだけ恨めしそうにアーサー王子を睨んでいる。

 ……おっとぉ?


「……ラブコメの予感」

「ちょ、ちょっと! トウコさんっ……!」


 私がニヤニヤしながらボソッと呟けばナツキちゃんは徐々に声を小さくさせながら、今度は私睨んできた。

 アーサー王子と国王は「らぶ?」と聞きなれない単語に首を傾げている。

 最終的に顔の熱の冷めないナツキちゃんが「気にしないでください」と必死に言ったことでこの話は此処までとなった。

 私はめちゃくちゃ気になるので後で根掘り葉掘り聞くつもりだ。


「あの……今回は謝罪の為に呼ばれたのでしょうか」


 喋っても問題なさそうな空気だったので、恐る恐る尋ねてみれば国王は顔つきが変わった。


「トウコ殿の言う通り、今回の件の首謀者の処遇や事後処理で遅くなってしまったが、この国を治める者として、また一人の国民として謝罪をさせて欲しかったのだ」


 国王の後に「こちらの都合で申し訳ありません」アーサー王子が頭を下げる。


「だが、それだけではないのだ」


 そこで、国王の視線が私に向けられた。


「聞いた話によれば、トウコ殿は近い内に青月の森へ魔物退治に行かれるとか」

「はい、そうです」


 もう明後日には出発だ。

 ナツキちゃんが隣で「えっ」と声を上げた。

 そういえばまだ言ってなかったね。


「その件についてだが……第二師団団長殿からの命令であれば、国王の権限で取り消すことができる。もちろん、あの場所にいたいというのであればそれも私の権限で許可しよう」


 何かと思えば、国王はそんな提案をしてきた。

 私が何も言わずに黙っていれば「トウコ様」とその隣にいたアーサー王子に控えめに名前を呼ばれた。彼の顔も真剣そのものだ。


「異世界から来た貴女が、無理に魔物と戦う必要はありません」


 国王もアーサー王子も私の身を案じて提案してくれている。

 確かに国王の命令であれば、あのルキアス団長はそれを多分受け入れるだろう。

 仮にどれだけ反発したところで、最終的な決定権は国王にあるのだから。

 私は頷くだけで、身の安全とこれからの生活を保証されるというわけだ。

 以前の私であれば、それを喜んで受け入れていただろう。


「そうですね」

「では……」

「でも行きます、行かせてください」


 アーサー王子と国王は驚いた様子で私を見る、ナツキちゃんは不安げな顔で私の服の袖を摘んでいるが、私は今度こそ彼女に笑顔で「大丈夫」と言えた。


「正直、とても魅力的な提案です」

「それならば、なぜ……」


 理由は決まっている。

 国王と王子に「行かなくていい」と言われた時に、私の中で真っ先に主張してきた感情がその答えだ。


「ルキアス団長を『ぎゃふん』と言わせたいです」


 真剣に、取り繕うことなくそのままを伝えれば、シーン……と周囲から音が消える。

 そして沈黙を破ったのは、吹き出したアーサー王子だった。

 ……そんなに面白いこと言ってないと思うんだけど。

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