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12 勝敗と賭けの行方

 私は負けた。

 敗北の文字が私の両肩にずしりと伸し掛かる。

 副団長を倒して周囲に自分を認めさせると言う作戦は失敗した。

 大勢の人の前で失態を晒した……だが顔から火がでるどころか、どんどん血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 あの二人になんて言えばいい。顔を合わせられない。

 特訓までして、作戦まで立ててくれたのに、私は何をしているんだ。

 肝心なところで負けてどうする。

 どんどん自責の念に駆られ、剣を握る手からも力が抜けていく。


 ゆっくり地面から上げた目線は、ノエ副団長の腰あたりで止まった。

 その両手には木剣が握られている、あぁ……やっぱり夢じゃなかったんだ。

 

 一瞬動いたのは分かったが、気づいた時には彼の空いている方の手に木剣が握られていた。

 どういう動きをしたのかは分からない。


「足で拾ったんですよ」


 再び視線を下ろそうとした私の耳に、突然ノエ副団長の声が聞こえてきた。

 その言葉で私は動きを止める。


「丁度、足元に貴女の投げた剣が落ちていたので……」

 

 そう言って彼は手にしていた木剣を足元に落とした。

 かと思えば、剣の持ち手の先を勢いよく踏んだ。

 浮いた剣は宙でくるりと回転しそのままノエ副団長の手の中に収まる。


「……こうしました」

「すごっ」


 何それ、いや何それ。サッカー選手もびっくりだよ。

 感情がそのまま口からど美出してしまい、ハッとした私は慌てて口元を手で覆う。

 説明はそこで終わる事なく、彼はそのまま話を続けた。


「浮遊魔法で浮かせた木剣でギリギリまで私の注意を引き、更には木箱で私に浮遊魔法の脅威を知らしめる。これで私の注意の殆どがそちらに向けられたタイミングで本命である貴女が奇襲を仕掛ける、と言った作戦でしょうか」

「……はい」

「なるほど。ピエールさんが貴女にかけたのは気配遮断の魔法でしょう」

「えっ、はい」


 作戦全部バレてるじゃん。

 嘘でしょ、さっきの一戦で全部理解できるものなの。

 実行する側の私でも頑張って手順思い出しながら、緊張で吐きそうな中……頑張ってやってたのに……。

 圧倒的な実力差を前に絶望していると、背後から肩を叩かれて振り返る。


「お疲れ!」

「ピ……」

「え? どうした、何その顔……まぁそんなことよりっ!」


 ピエールは屈託のない笑顔で私の手首を掴むとそのまま腕を高く上げた。

 

「やったな! 勝ったぞ!」

「ど、どこが……?」


 なんで勝った後の選手みたいに腕上げてんの、負けたじゃん私、最後の一撃当たらなかったのを見てなかったわけじゃないだろう。

 

「あぁ、これは間違いなくトウコの勝ちだな」 

「オスカーさんまで……もしかして慰めてくれてます?」

 

 そうオスカーさんに聞くが、それより先に私の手首を離したピエールが腰に手を当てて「何言ってんの?」と言ってきた。


「いや慰めるも何も、目的は達成したんだから、お前の勝ちだろ……って、まさかトウコ、ナタさんとの試合の勝敗のこと言ってる?」

「そうだけど……」


 そう正直に頷けば、ピエールはキョトンとした後、半笑いで言った。


「お前がナタさんに勝てるわけないじゃん」

「なんっ、何だとぉ!?」


 勝てるわけないって何!? 

 そりゃ普通に考えれば負けるし、実際負けたけどさ!

 試合前にあんだけ鼓舞しといて「お前なら副団長くらいコテンパンだぜ!」的なこと言っておいて(※言っていません)そりゃないだろうが!!

 私がわなわなと湧き上がる激情に、だがピエールの言葉は事実なので掴みかかる訳にもいかず、やり間のない怒りをどう発散すればいいのかも分からずに唸っていれば「ふっ」と近くから吹き出すような声が聞こえた。


「フフッ……アハハハ!」


 笑い声の正体は私達のやり取りを静観していたノエ副団長のものだった。

 その時になってようやく私は、試合後の彼の顔をきちんと正面から見たのだが、そこには私に対する嫌悪のようなものは不思議と感じられない。

 何だか雰囲気が最初より柔らかいものに変わっている気がする。

 

「……貴女は確かに私との試合に負けましたが、何も今回の勝敗の決め手はそれだけじゃありませんよ」


 そう言って、ノエ副団長は視線を横へ向ける。

 私も後を追うようにそちらを向いてようやく周囲の声がちゃんとした形で聞こえてきた。




「浮遊魔法の嬢ちゃん! ナイスファイト!」

「あの副団長相手にあそこまでやるとはなぁ!」

「すごかったぜーー!!」




「……あ」

「今日、あの模擬戦を見ていた全員が貴女を認めたことでしょう」


 聞こえてくる激励の声、拍手、それら全てが今の試合に向けられたものだ。

 カッと胸の奥が熱くなる。

 人の注目を集めるのは苦手だ、そこは変わっていないので段々と恥ずかしくなり、頬が熱を持ち始めた。

 恥ずかしいのに、苦手なのに、今は全然嫌じゃない。

 

「胸を張ってください。これは、間違いなく貴女に向けられたものです」


 ピエールは言っていた、ここで名誉挽回すると。

 私の実力を認めてもらう事……それが目的だったのだから、確かに模擬戦には負けたが目的は果たした。

 ここでようやくピエールとオスカーさんの言葉の意味を理解した。

 試合には負けたが、勝負には勝ったのだ。

 

「トウコ殿」

「はい……あれ、名前……」


 異世界人呼びしていたのに、私は急な名前呼びに驚き目を見開く。

 ノエ副団長は胸に手を当て恭しく頭を下げた。


「先程までの無礼な態度について、ここで謝罪をさせていただきたい」

「えっ! いえ、そんなっ、大丈夫です!」

 

「申し訳ありません」そう、急に真面目な騎士然とした態度で頭を下げられ、慌てて大丈夫ですと伝えた。 

 それから顔を上げたノエ副団長は握手を求めるように、私に手を差し出してきた。

 

「浮遊魔法もそうですが、最後の一撃も見事なものでした」


 最後の一撃──それが私の振るった剣に対するものだと分かり、思わず頬が緩んだ。

 ライムグリーンの瞳を僅かに覗かせた、恐らく彼本来の笑顔を受け取った私は、迷う事なく差し出された手を握り返す。

 見た目では分からないが、硬くて大きな手だった。


「はい! ありがとうございました、ナタ……じゃなくてノエ副団長!」


 慌てて言い直せば彼は一瞬呆気に取られた後で少し困ったような笑みを浮かべた。


「ナタ、でもナタナエルでも……好きに呼んで頂いて構いませんよ」

「えっ、じゃあ、ナタナエル副団長」


 態度が軟化していることが素直に嬉しくて、エヘエヘと頬を掻く。


「はぁ、やれやれ……賭けは私の負けですか」

「え、賭け?」

「こちらの話です」


 そんなやり取りをしていればピュウとピエールが口笛を鳴らした。


「ちょっとちょっとー、俺らの事忘れてない?」

「おや、居たんですか」

「最初からいるんですけど? ってかウチの子口説くの止めてもらえます?」

「やれやれ……トウコ殿も随分と粘着質な上司を持ちましたね、何かあればいつでも相談に乗りますよ」

「誰が粘着系男子ですかコラァ」


 私はそっと握手していた手を離してオスカーさんの側に移動し、啀み合う二人を眺めながら「あの二人仲良しですね」と呟けば隣からは「うん」とも「うぅん」とも取れる返事が返ってきた。

 だが、その相槌には多分「うん」の割合が多い気がした。


 それから、散歩途中の犬みたいに互いを牽制していた副団長二人の小競り合いは、特に激化する事もこちらが介入する事も無く無事に終了した。

 喧嘩するほど仲が良い……と言うべきか、これがもしかしたら二人のコミュニケーションの取り方なのかもしれない。

 

 第一師団の面々はこのまま訓練を続けるとのことだったので、ナタナエル副団長とオスカーさんとは此処でお別れして、倉庫屋敷に戻ろうとした。

 その時だ、一人の騎士が此方に向かって走ってくるのが見えた。


 何かあったのだろうか、と呑気に考えていれば、何とその騎士は私達の前で足を止める。


「失礼します、トウコ・ウキタ様はこちらにいらっしゃいますか」

「私ですが」


 静かに手を挙げれば、その騎士は姿勢を正してから真っ直ぐこちらの目を見て口を開いた。


「国王陛下がお呼びです」

「…………へ?」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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