11 五つ目の奇策
「ひえっ……」
なんか笑ったんだけど! 何あの人、怖っ!
……っていうかこっちの攻撃全然当たらないんですけど!?
試合前に、どうやら名前呼びも地雷だったらしい彼を『ナタナエル副団長』と呼ぼうとした瞬間、ぶわりと殺気のような物がとんできたが……あれよりも怖い。
私はピエールに言われた作戦通り、試合開始と同時に木剣をありったけ投擲した。
一瞬呆気に取られた様子だったが私の剣は全部当たらなかった。
別に私がノーコンな訳じゃない。
本当に最低限の動きで全部避けられた。
何なのあの身のこなしは、身軽すぎるだろ。
……駄目だ、余計なことは考えるな。
副師団長相手に一本取って、周囲の騎士達に認められなければいけない。
どうせ考えたってマイナスな事しか思いつかないんだから。
「焦るな、大丈夫」
そう声に出して自分を鼓舞する。
私の浮遊魔法は物を大量に浮かせることは出来ても、私程度の頭じゃそれの動き一つ一つを細かく制御できる訳じゃない。
特訓の初日、ピエールが私に対して提示した戦術は『浮遊魔法で武器を浮かせる』という物だった。
なので通常の剣の指導の他、浮遊魔法での特訓も重ねてきた。
私のこの魔法は対人戦において意外にも利点が多い。
まず、腕の立つ剣士は相手の足や腕の動き、全体的な構えから次の手を予測できるらしいが私にそれは通用しない。
それだけでなく、私はこの戦い方なら比較的安全圏から攻撃可能で、何よりこの浮遊魔法は通常の攻撃魔法と違い魔力の消費量が限りなく少ない。
座って呼吸しているだけの人と、走っている人の運動量くらい差があるらしい。
つまり殆ど消費魔力はゼロだ。
何より私の浮遊魔法に重さは関係ないが、それは相手には適用されない。
運動エネルギーはそのまま相手にぶつけられる。
私は大型の木剣を四本同時に振り下ろすが、一本目と二本目は避けられ、三本目はノエ副団長の木剣に受け止められた。
四本目をその背後から突くように動かすが、三本目を弾き返した木剣により軌道を逸らされてしまう。
「はっ、やりますね」
「……ぐぅ」
そうは言っても全部避けてるじゃないですか!!
頭では悪態つきながら必死に木剣を動かす。
そもそも何で背後からの一撃を逸らすとかできるの、反則じゃないかそれ。
だって背後は完全に死角じゃん。後ろに目でもついてるのかよ。
少し離れた位置からでもブォンと太い風を切る音が聞こえるので、私は重みを感じていない物おの、決して一撃一撃は軽くない筈だ。
これが副団長か……これハンデ無しなら本気で私の命が危なかったんじゃないかな。
「あと一分!」
決定打になる一撃を放てないまま、私が焦りを募らせていると、背後からオスカーさんの一際大きな声が聞こえた。
……これは合図だ。
「勝負はここから……!」
大量の木剣による投擲、四本の大きな木剣による打ち合い。
ここまでの作戦は順調だ。
私は人知れず生唾を飲み込むと、木剣を握る手に力を込めて一歩踏み出した。
【試合開始前、作戦説明直後】
説明を終えたピエールが、私に質問を投げてきた。
「トウコ、この試合でのお前の勝利条件は分かるか?」
「あの副団長に一撃を入れる、でしょ?」
「そうだ。でもそれだけじゃない」
「え?」
一撃を入れれば私の勝ち……これはピエールがもぎ取ったハンデの中で明言されているし、何より模擬戦ってそう言う物では?
「お前はな、ナタさんにルールを破らせる形で勝ってもいいんだ」
「……んん?」
いまいち理解出来ない私が首を傾げればピエールは「つまりな」と前置きをすると、私の肩に手を置いてそのまま体の向きを変えさせてノエ副団長の方を向かせた。
そして両肩に手を置いたままピエールは言った。
「ナタさんはトウコに、攻撃を仕掛けたら負けだし、魔法を使っても負けなんだよ」
だから、ピエールはそういう作戦を立てた。
そして「五分五分」と言った彼の言葉にも納得したのだ。
だってこれが、私が一撃を入れるにしても、ルールを破らせるにしても確率が高いから。
「……はっ!」
私が木剣を四本同時に振り下ろせば、ノエ副団長は受けるのを止め後ろに飛び退いた。
全力の一撃は地面に打ち付けられた。
鈍い音を立てて振り下ろした四本の内一本に亀裂が入る。
そして着地後、僅かに屈んだ体制の彼の頭上に影が差す。
「それ!」
私は気合の掛け声と共に、上げた腕を地面に思い切り振り下ろす。
「なっ!?」
上を見上げ、それが何かを確認したノエ副団長は今度こそ驚きの声を上げた。
──バァンッ!!
破裂するような音と共に、大きな木箱が地面に叩きつけられた衝撃で粉々になった。
しかし、それも瞬時に横に跳ぶ事で見事躱して見せた。
「はは、本当に面白い……ですが!」
まさか木箱を投げてくるとは思わなかったのだろう。
ノエ師団長の視線は粉々になった木箱の方へ向けられていたが、直ぐにその視線は逸らされ、横から振り下ろされた木剣を難なく受け止めた。
ガッと木剣同士が打つかる音に「あぁっ!」と、騎士達が残念そうな声を上げたのが聞こえた。
時間はもう一分を切って半分も残っていない。
そう、もう終わりだ。
終わりの時間が近づけば……誰だって気が緩む。
「──っ!!」
私は木剣を横薙ぎに、ノエ副団長の脇腹目掛けて振るった。
ここで初めて、見開かれたライムグリーンの瞳と目が合う。
ピエールの魔法のおかげで、彼はギリギリまで私の存在に気付けなかった。
彼は動けない。
私の剣を受ければ、止めている浮遊魔法の木剣が振り下ろされる。
だがこのままでも私の剣は確実に当たる。
例え彼が私より格上でも、それだけ強い剣士でも、両手が塞がった状態では何も出来ない。
私の剣を手で掴んだとしても、一撃が当たったという判定になる。
魔法で防げば『魔法を使わない』というルールを破り、足で私の剣を蹴り飛ばそう物ならそれは『攻撃しない』と言うルールを破ることになる。
そして木剣を振った後、私の手に伝わってきた振動は予想していた物とは違った。
オスカーやピエールとの特訓で散々耳にしてきた、木と木の打つかる硬い音に私は目を見開いて、動きを止める。
心理的な問題もあってか、その音が一際大きく訓練場に響き渡った気がした。
口は開いても息を吸うことが出来ずに、目の前の出来事にただ目を見張る。
「そこまで!」
審判の声を皮切りに、周囲からワッと歓声が上がる。
それに混ざって指笛や拍手も聞こえてくる。
「……あ、え?」
自然と三歩ほど後退したが、そこから足は縫い付けられたかのように動かなくなってしまった。
試合が終わった事で気が抜けたのか、だらりと力なく腕を下ろす。
自分の腕じゃないみたいだ、力が全く入らない。
私の浮遊魔法が解け、両手剣サイズの木剣はガランと音を立てて地面に落ちた。
「ど」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
頭の中はその単語で埋め尽くされる。
目が泳ぎ視点が定まらない、段々と冷静になった脳が現実を受け入れ始めた。
そのせいでどんどん焦りは募る。
周囲の歓声が、私の勝利に向けられたものではないと理解してしまった。
何故なら……私の木剣は、木剣によって受け止められたのだから。
読んでいただきありがとうございます。




