10 団長と副団長の賭け
今回はナタナエル視点です。
王族、貴族、そして魔法騎士団には有事の際の為、召喚された異世界人について情報が共有されている。
当然、第一師団副団長のナタナエル・ノエも例外ではなく、聖女である『ナツキ・ルリカワ』と召喚に巻き込まれた聖女ではない『トウコ・ウキタ』という真逆の二人については情報でのみ知っていた。
第二師団に預けられた『お荷物』の異世界人。
ナタナエルとて人の心が無い訳ではない。
巻き込まれ事故で、別の世界から連れてこられたという身の上に同情しないでもないが、その時はどちらかと言えば無関心だった。
同情はするが、それ以上でもそれ以下でもない。可哀想だなぁと思う程度。
万が一に何かあっても、精々自分とは直接関係のない第二師団が迷惑を被るくらいだろう。
同じ魔法騎士団とは言え、別の師団内の問題には基本口を出さない。
師団内の問題は師団の中で解決するべきだ。
しかし、ある日第一師団団長のレオナールの一言で彼の考えは一変した。
「……は? 今、何と」
自分の耳を疑ったナタナエルがそう尋ねれば、レオナールはなんて事ない顔でもう一度同じことを言った。
「だからな、トウコが第二師団を追い出されたら、ウチで面倒見てやろうと思って」
「……確認ですがトウコというのは例の異世界人ですか」
「あぁ」
「聖女ではない方の?」
「そうだ」
「……」
レオナールは大らかで楽しい事を好む、気さくで、何より善良な人物だ。
書類仕事は部下に丸投げするし、偶に突拍子もないことを言い出すが、それが本気な時もあれば場を和ませる冗談だったりもする。
ナタナエルはそんな彼の人柄を頭を抱えつつも受け入れ、気に入っていた。
なので彼を心から尊敬しているし、口では否定しつつも彼が本気であれば最終的にヤレヤレと呆れながらもその提案を受け入れて、彼の望みが成就するように全力を尽くすつもりだ。
しかし、今言った言葉は到底受け入れられる物ではない。
協力なんてもっての他だ。
「私は反対です」
ナタナエルは当然反対した。
レオナールはそれに気を悪くする事なく、寧ろ「お前ならそう言うと思ったぜ」と言いながらしたり顔で笑う。
「お前が否定的なのはあいつが女だからか?」
「違います」
よく勘違いされるが自分は女性が嫌いなのではない。
いや、好きか嫌いかの二択であれば嫌いに分類されるだろうが、より正確に言えば『過去の経験から苦手意識を持っている』が正しい。
その経験が思い出される為、棘のある態度をとることもあるが、認めた相手には相応の振る舞いを心掛けているつもりだ。
「彼女を第一師団に引き入れても、利益があるとは思えないからです」
面倒ごとを自分から抱えるようなことは避けるべきだ。
不確定要素は排除するべきだ。
頑強な精神も肉体もなければ、戦力にもならない……そんな人間を引き取るなんて何を考えているというのか。
魔法騎士団は保護施設じゃないんだぞ。
少し前から第二師団の管轄である倉庫屋敷に顔を出すようになったのは知っていたが、こうなることなら止めておけばよかったとナタナエルは顔には出さず、心の中で後悔した。
それさえお見通しなのだろう。
レオナールはナタナエルの様子をガハハと声を上げ豪快に笑い飛ばす。
「ハァ……何が面白いんですか」
「まぁ聞けよナタ。トウコを引き入れることが不利益になるとは限らないだろ?」
「それ、何か根拠でもあるんですか?」
「ルキアスに言われた魔物討伐向けて、最近剣の訓練をしているらしい。ピエール曰く、結構筋は悪くないそうだ」
ナタナエルは口を噤んだ。
感心した訳ではない、呆れたからだ。
そりゃ戦う術のない人間に出来ることなど限られている。
魔法が使えないなら剣くらいしか鍛えようがないだろうし、そんな無理難題を押し付けられて何もしない方がおかしいだろう。
「だから何だって言うんです。所詮素人の……」
「あーもういい、分かった分かった」
ガシガシと頭を掻いたレオナールは依然として反対の姿勢を崩さない副官に、観念したとばかりに両手を上げた……かと思えば一つ指を立てて言った。
「──賭けようぜ」
「……」
何も分かってないじゃないですか……そうナタナエルが口にするより先に、レオナールは賭けにもならない賭けの内容を説明した。
(……私が彼女を認めれば団長の勝ち、認めなければ私の勝ち、ですか)
はぁ、と静かにため息を吐く。
あの後、レオナールから聞いたのは「ピエールが異世界人の模擬戦相手にナタナエルを指名した」という事だった。
普通であれば断るが、ナタナエルはその申し出を引き受けた。
こんな賭けにもならない賭けにのってしまった自分は、相当頭に血が上っていたんだろう。
ナタナエルは反省しながら軽く木剣を振って前を見る。
「すぅ、はぁー……うぇっ……」
気の毒なくらい緊張している異世界人が深呼吸で落ち着こうとしている。
その後で手のひらに何か指で描いて飲み込むような動作をした。
……あれは異世界の呪いか何かだろうか、それで気分が落ち着くとは思えないが。
やがて彼女はこちらを真っ直ぐ見て、震える声で言った。
「よろしくお願いします、ナタナ……じゃなくて、ノエ副団長」
「……えぇ、よろしくお願いします」
空気がピリついたのを感じたのか、一瞬押し黙った異世界人は慌てた様子で自分を『ノエ』と呼び直した。
(……これでは弱い者虐めですね)
ピエールとオスカーからの応援により何とかその場に立っている状態だ、これではまともに試合になるかさえ怪しい。
自分に向かって走ってくる前に、足がもつれて転んで、自滅する可能性が容易に想像できる。
だがナタナエルとて加減をするつもりなはい。
この場に立った以上、女子供関係なく本気で相手をしなければ失礼に当たるからだ。
何より、この賭けには『レオナールが部下に丸投げした書類関係の仕事を誰が処理するのか』の決定権が掛かっている。
当然、ナタナエルはレオナールに処理させるつもりである。説教付きで。
そしてついに、審判役の騎士が二人の間にやってきた。
「制限時間は五分になります。お二人共、準備はよろしいですか?」
「えぇ」
「は、はい……!」
返事を確認してから一つ頷いて、騎士は少し離れた場所に移動し、真っ直ぐ手を上げる。
「それでは……」
ナタナエルは特に構える事なく、ただ開始の合図を待つ。
(ハンデとして、私は彼女の攻撃を『捌き・躱す』事しかできない……ですが、問題はありません)
基本二つの行動パターンなので、どうしても動きが制限される。
当然ながらナタナエルはトウコを脅威に感じていない、だが油断はしない。
油断して負けるなど、それこそ良い恥さらしだ。賭け以前の問題になる。
唯一、気をつけるべき点があるとすればピエールが彼女に何の魔法をかけたかだが、それは今考えても仕方がないと割り切った。
緊張と期待で熱を上げながらも、次第に周りから音が消える。
そして遂に、騎士の手が勢いよく振り下ろされた。
「試合──開始!」
その合図と同時に、ナタナエルは頭で考えるより先に体が動いた。
カンッ! と自身の木剣が試合開始と同時に飛来してきた『それ』を弾く。
今のを凌げたのは、日々の鍛錬の賜物だろう。
……他の一般的な団員では今の一撃は避けることすら出来なかった。
副団長のナタナエルでさえ、一瞬思考が停止したから、体が勝手に動いたのだ。
「は、」
薄く開かれた唇から僅かな吐息が溢れた。
ナタナエルの瞼が開き、そこからライムグリーンの瞳が覗く。
「おい、何だあれ!!」
「嘘だろ魔法かっ!?」
「でもあの異世界人は魔法を使えないんじゃ……」
自分と同じくそれを目の当たりにした団員達から、響めき驚嘆の声が上がる。
だがナタナエルに彼らと同じ反応を取ることは許されない。
思考する隙を与えず、ヒュンヒュンと音を立て、風を切り全方位から飛んでくる木剣を捌いて、最低限の動きで躱しつつ相手の様子を伺う。
その響めきの原因である当人はそれを気にする余裕もないのか、険しい表情で相対するナタナエルを見つめていた。
聖女ではない方の異世界人は【浮遊魔法】しか使えない。
ナタナエルは、彼女の周囲に置かれた木剣の大量に入った木箱、そして到底彼女の細腕では持ち上げられないであろう大きさのある木剣の存在は当然知っていた。
なので浮遊魔法とそれらの武器を目にして、こういう手段を取ることは理解出来ていた。
(しかし、これは……)
ナタナエルはトウコを見た。
彼女の周りに浮かぶ数十本の剣……その光景があまりにも馬鹿馬鹿しくて、思わず笑いそうになるのを口元を引き結ぶことで何とか堪える。
これで浮遊魔法しか使えない、だって?
そして一斉に飛んできた剣の雨を捌ききった先に待っていた一撃を受け止めた。
ガンッ!! と一際大きな音が鼓膜を振動させ、見物している騎士達から大きな歓声が上がる。
「──ははっ」
振り下ろされた両手剣サイズの木剣に、ナタナエルはついに堪えきれず笑ってしまった。
読んでいただきありがとうございました




