09 四つのハンデ
女嫌いなのかよ。そりゃ風当たりも強い訳だわ。
まぁ……そういう人もいるんだろう、別に私が何かしでかしたわけではないようでその辺は安心した。
「女嫌いはしょうがないね、うん。関わらないように気をつけるよ」
「お前の模擬戦の相手ナタさんだけど」
「嫌ですけど?」
関わらないようにしようと言った矢先にこれかよ!
女嫌いを抜きにしても副団長だよ、初戦の相手にしては荷が重すぎるって。
絶対手加減無しでボコボコにされるじゃん。
そう抗議すればオスカーさんも「流石にそれは……」とピエールに否定的、つまり私と同意見のようだ。
「ナタナエル副団長は女だからって加減はしない人だぞ……流石にハンデくらいは貰えるかもしれないが」
「でもあの人に認められれば、第一師団は漏れなく全員一目置くだろうな」
「それは……まぁ、確かに」
青月の森には第一師団、第二師団から選ばれた数名が向かうことになっている。
私は第二師団の人間として同行することになっていた。
「もう分かってると思うけど、今のところトウコの評判はあまり良くない」
ピエールはここに来て初めてそれを明言した。
巻き込まれただけの異世界人で、聖女様のような特別な力はない。
それでいて、基礎的な魔法も扱えないお荷物で……もっと最悪なのが聖女様の足を引っ張る良くない存在じゃないかと騎士の間で噂になっているらしい。
覚悟では出来ていたが、実際にその評価を目の当たりにすると、胸の内で黒いモヤのようなものが大きくなった気がした。
「だから、ここで挽回するんだよ」
ピエールは明るくそう言うと、一人輪の中から抜けて副団長ナタナエルさんの前に立つ。
「待たせてすみません……じゃあナタさん。約束通り模擬戦、受けてもらいますよ」
「えぇ勿論、意味のない作戦会議は終わりましたか?」
「意味がないかはお楽しみって事で。因みにハンデとか貰えます?」
「当たり前でしょう。寧ろあんなド素人相手にハンデをつけない方が、私の騎士としての格を下げ兼ねません」
「おっと油断しちゃダメですよナタさん。第二師団、期待のルーキーですから」
「ルーキー? フッ、お荷物の間違いでしょう?」
「……あの二人って仲悪いんですか?」
何故かバチバチ火花を散らせている二人を眺めながらオスカーさんに聞くが「うん」とも「うぅん」とも取れる曖昧な返事しか返ってこなかった。
あの二人絶対何かあったじゃん。 ライバル関係とか?
第一師団と第二師団の副団長同士が睨み合っていれば、周囲も騒めき人が集まり始める。
もう私程度の事など眼中にないらしい。
よし、そのまま私のことは忘れてくれ。
「では、話はここまでにして──異世界人殿」
「え゛っ」
その無駄によく通る声により、集まっていた野次馬騎士達の目が全部此方に向けられた。
ビビり倒している私を、ナタナエル副団長は真っ直ぐ見つめてくる。
「貴重な時間を無駄にしたくはありません。早速、始めましょうか」
その貴重な時間というのは決して私という異世界人に配慮した訳ではなく『私の貴重な時間を無駄にするなコラァ!』と言ったところだろうな。
水が流れるような、どこか気品のある動作で訓練場の中央を指し示されるが、私の気持ち的には怖い先輩に体育館裏へ呼び出されるのと何ら変わりはない。
別に体育館裏に呼び出された事とかないけど。
でも、これもう完全に詰んでないか。
だって逃げられないよもう……勝てる見込みもないし。
訓練そっちのけで盛り上がる他の騎士達、中には私に同情的な視線をくれる人もチラホラいたが、そんな生温い視線なんか何の慰めにもならない。
というか思ったよりも大ごとになってないか、これ。
ナタナエル副団長は部下らしき人から木剣を受け取っている。
あぁ、本当に模擬戦始まっちゃうじゃん!!
どうすればいいのか分からず、右往左往していればピエールが私の両肩を力強く掴んだ。
「よし、トウコ。時間がないからザックリ説明するぞ」
「う、うん」
オスカーさんはいつの間にかいなくなっている。
力強く見つめられ、私はただ黙って頷く事しかできなかった。
「俺がナタさんからもぎ取ったハンデは四つだ」
そう言って、ピエールは私の目の前に指を四本立てる。
一つ、ナタナエル副団長は自分からは攻撃しない
二つ、魔法も使用しない
三つ、ピエールから私に一つだけ補助魔法をかけられる
四つ、一撃でも入れれば私の勝ち
以上が私に与えられたハンデだ。
もぎ取ってくれたピエールには申し訳ないが、それでも勝てる気はあまりしないんだよなぁ。
しかも制限時間は五分……足りるかなぁ?
「補助魔法は『身体強化』か?」
ハンデの説明を聞き終えたタイミングで、ガラガラと台車を押しながらオスカーさんが戻ってきた。
台車の上には長めの木剣と大きな木箱が乗っており、箱の中には普段使いしているショートソード程度の短い木剣が数十本入っている。
長めの木剣は大剣サイズだろう。
「身体強化ってことは運動神経が上がるってことですか?」
「瞬発力とか筋力が強化されるから、まぁその認識であっているよ」
オスカーさんの言葉に私はテンションが上がりその場で小さく跳び上がる。
まさか魔法を身をもって体験する日が来るとは……こんな状況でもワクワクしてしまう。
しかしピエールは「残念だけど、トウコにかける魔法はもう決めてある」と言った。
「えぇー、違う魔法かけるの?」
「でも他の魔法って言ったら、後は……防御の魔法か?」
「まぁ見てて」
そう言ってピエールは私の額に指の腹を押し付け、短く息を吸う。
「──誰もお前の影を踏めない、フェイドシャード」
「お、おおお?」
ピエールの詠唱に合わせて、何か目に見えない物が体を覆う。
しかしそれは瞬時に肌に密着し、溶けてあっという間に何の違和感も感じなくなった。
あんまり魔法をかけてもらった感じはしないが、これでいいのだろうか?
……っていうかこれ何の魔法?
「ピエール、これ……」
「ピエール、お前……」
あ、と声が被ったオスカーさんと私は顔を見合わせた。
当のピエールは「いやぁ上手くいってよかった」と額に一滴もかいていない汗を、服の袖で拭っている。
「これ何の魔法?」
私は試しに自分の頬を抓ってみるが普通に痛いし、その場で跳ねてみても別に高く飛んだりも出来ない。何が変わったのか、聞けばピエールは「んー?」と間延びした声の後で言った。
「気配を薄くする魔法」
「へー」
気配を薄くする魔法かぁ、そういうトリッキーな魔法もあるんだ。
普通に身体を強化する魔法の他にも色々あって奥が深いんだなぁ。
私は自分に使われた魔法という未知の現象に素直に感動しつつ、多分だけどオスカーさんがピエールに何を言おうとしていたか理解できた。
なので僭越ながら、代わりに質問することにした。
「……一対一の戦いで気配薄くしてどうすんの?」
複数人相手にするとか、森の中みたいに遮蔽物の多い場所でとかならまだ分かる。
でも一対一で、遮蔽物も無い場所でどうしろと?
お前何してんねん、である。間違いなく私が関西人ならそうツッコミを入れていた。
腕を組みオスカーさんと並んで白い目を向ければ、ピエールはヘラヘラ笑いながら続けた。
「俺の考えた作戦には必要な魔法なんだって」
「……そういえば作戦の内容は?」
もうかけてしまったものは仕方がない。
ここはピエールの判断を信じるとして、まだ最後まで聞いていなかった作戦についての説明を促せばピエールは「いいか?」と前置きをして作戦の説明を始めた。
私とオスカーさんは自然とピエールに体を寄せる。
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──
─
「──ってな感じ」
「勝算は?」
作戦を全て聞き終えたオスカーさんの疑問に、ピエールは困り眉を更に困らせ、口角を無理に上げて「五分五分」と返した。
ピエールの立てた作戦は実に単純だ、だが奇を衒う部分もちゃんとある。
それでいて私の頭でも分かりやすいし実行できる範囲だ。
「これで駄目なら今の所は打つ手無し」ピエールは最後にそう付け足した。
作戦を立てた割に弱気とも取れる発言だが、私もオスカーさんもそれに対しては何も言わない。
『これで駄目なら打つ手無し』そこは三人とも、同じ意見だった。




