第459話 希望の航路の開拓者
グレース、ベアトリーチェ両者の出産を終えた後、俺達は数日容態を見守るためにミトフェーラにとどまった。
その間俺たちは、子供のお守りの仕方をミトフェーラの古参メイドたちから教えてもらっていた。
まだ全員慣れておらずぎこちないが、この時間すら至福のときであった。
そして数日経過を見た後、俺たちはとうとうイレーネ島に帰ることになった。
グレースとベアトリーチェの身の回りの世話のために臨時でミトフェーラのメイドも連れ、俺たちはミトフェーラの港へと車で移動した。
そうして移動した先の港では、かつて空母飛鷹であったものを改装した客船の出雲丸が待っていた。
マストには高々と皇帝旗の双頭の鷲の旗が掲げられ、乗員は全員最上甲板にて直立不動で集合していた。
俺はグレースとベアトリーチェの補佐をしながら出雲丸のタラップを登り、乗船した。
乗船するとすぐに俺たちは、乳幼児の世話に特化した部屋へと通された。
「陛下。この度は両殿下のご誕生、誠におめでとうございます。両殿下のこれから進まれる航路が安全であるよう、乗組員一同祈っております」
「ありがとう、艦長。俺の人生は荒波に揉まれているが、この子達は凪いだ海で静かに生きてほしいのだがな」
「荒波を割って進まれているからこそ、その後ろには安全な航路が生まれるのです。陛下自身が身を挺して両殿下のために、ひいては国のために航路を切り開いていられることは誰もが存じ上げております。大丈夫、両殿下の航路は安泰ですよ」
艦長はそう言い、子どもたちに向かって微笑んだ。
そんな彼らからふと視線を外して外を見ると、港にはUW旗が掲げられていた。
俺は艦長にUW1旗を掲げるように指示し、そして旗を掲げた出雲丸はミトフェーラを発った。
◇
ミトフェーラを出発した出雲丸は、近海にて演習中であったサウスダコタ級やニミッツ級を含む艦隊と合流し、それらの護衛を受けながらイレーネを目指した。
護衛中であるにも関わらずサウスダコタには満艦飾が施されており、子供の誕生を祝っていた。
そして歓迎はサウスダコタにとどまらず、イレーネ湾では更に大規模な歓迎が待ち受けていた。
「陛下、もうすぐでイレーネに到着いたします。……これは私からの提案ですが、最上甲板に上がっていただいたほうがより良いかと存じます」
「そう言うということは何かあるということだな。よし、グレースとベアトリーチェ。子どもたちを連れて最上甲板に行こう。ずっと艦内で退屈だっただろう」
「そうね。この子たちにも海というものを見せてあげないとね」
「うむ。では善は急げじゃ! すぐに行こうぞ!」
俺は半ばベアトリーチェに引っ張られるようにして、最上甲板に出た。
外に出てみると、海面に陽光が反射してキラキラと輝いていた。
子どもたちはその光景が新鮮なのであろう、手を伸ばしてキャッキャッとしていた。
「……む。旦那様よ、なにか聞こえないか?」
「そう言われてみれば……そうか、艦長が言っていたのはこの事であったか」
俺が北の空を見上げると、航空機が編隊を組んでこちらへと飛行してくるのが見えた。
機数、編隊の形、機種のどれを取ってみても戦闘態勢ではないことは明らかだった。
そう、子供の誕生を祝するためのサプライスの祝賀飛行であった。
「はは、この機数……ウチの保有する航空機のほとんどすべてを注ぎ込んでいるんじゃないか?」
「これだけ揃うと圧巻ね……言葉も出ないわ」
密集隊形を組んだ航空機の編隊は、一糸乱れぬ陣容を保ったまま続々と頭上を通過していった。
子供たちが怯えて泣いてしまうのではないかと少し心配ではあったが、心配も杞憂に終わり楽しんでいるようであった。
特に爆撃機の編隊が通過する時は、男の子の性であるのかフェルディが大興奮と言った様子であった。
「あ、あれを見て!」
「あれは……ああ、懐かしの翼竜兵団、それもルクスタントのものか! あれがイレーネに飛来するのも数年ぶりじゃないか?」
「そうね。あの時は私たちは半分敵同士だったものね……それが今は子供まで授かって。運命って不思議ね」
「……妾が全然会話に入っていけんのう」
グレースとの会話に少し不満な様子のベアトリーチェであったが、翼竜兵団のあとに続くものを見て元気を取り戻した。
それはIS-1A・Bの編隊、かつてイレーネがユグナーが生きていた時代のミトフェーラに売却して生産されていた機体であった。
ミトフェーラ戦役で交戦したり、本土に特攻を仕掛けてきた機体でもあるが、俺にとってはベアトリーチェとの出会いにもつながった思い出の機体でもあった。
「懐かしいのう。あれからもう2、3年が経過したのじゃな」
「そうだな……。グレースもそうであるが、こうして君たちと出会えたことに感謝を」
俺たちは運命の不思議さを感じながら、最後の航空隊を見送った。
だが、それだけで終わるなどということはない。
イレーネ湾でもまた、満艦飾に彩られた聯合艦隊の艦艇群に歓迎されながらゆっくりと入港するのであった。
◇
イレーネ湾に入港した後、俺たちはグロッサー770に乗ってゆっくりと帝国宮殿へと続くヴィルヘルム通りを走行した。
沿道では軍に警戒されながらも、臣民たちが祝いの言葉を次々とかけてくれた。
特にエリーザベトの愛称である「シシィ」とフランツ・フェルディナントの愛称である「フェルディ」は、早くも臣民の中で浸透しているようであった。
俺たちもその声援に応えつつ、オープンカーから2人の子供を抱えて見せた。
グロッサー770の運転手は冗談めかして、『フランツ・フェルディナント王太子殿下をオープンカーに乗せるのは、かつてのサラエボ事件を思い出してハラハラしますな』と言ったが、誰も気にする者はいなかった。
ただ単純に心の底から、臣民たちは子供の誕生を祝っていたのであった。
◇おまけ
今回の話に登場した「出雲丸」、これは旧帝国海軍の「飛鷹」でもありました。
幻の東京オリンピックにおいて日本とアメリカを結ぶ豪華客船の橿原丸級貨客船として建造が開始されましたが、戦争が濃厚となったため軍により徴用されて空母へと改装されました。
そして「飛鷹」は1944年6月中旬のマリアナ沖海戦にて被雷、戦艦長門により曳航が試みられたものの、ワイヤーが切れて失敗、沈没へと至りました。
「飛鷹」の同型艦でもあった「隼鷹」は戦争終結まで生き残り、戦後は復員輸送に従事しました。
貨客船として生まれた橿原丸級の、ある意味もっとも幸福な仕事であったと言えるかもしれません。
その後「隼鷹」も解体され、橿原丸級は歴史から姿を消しました。
そんな「飛鷹」を、再び希望を運ぶ「出雲丸」として本作では登場させてもらいました。
「隼鷹」は部分的に遂げたが「飛鷹」ではついに叶わなかった夢を、こうして遂げさせてあげたかったのです。
イレーネ湾の工廠において再び貨客船へと改装された「飛鷹」「隼鷹」の2隻は、今もイレーネの海の何処かで貨客船としての余生を過ごしていることでしょう。
(こういう解説&裏話に需要があるなら、今後も定期的に付けますがどうですか?)




