第450話 黒竜を討伐せよ!
ニーズヘッグに気づかれることなく森を移動したヤークトカイザーは、予定通りの丘の上へと到着した。
丘の上は少し開けており、周りには遮るものもないためどこへでも狙撃が可能であった。
ヤークトカイザーの護衛をしていたシグルドリーヴァも下へと降りてきた。
「シグルドリーヴァ。索敵と直掩、お疲れ様」
「いえ、この程度はなんてことありません。それよりも、やはりニーズヘッグはまだ動きを見せません。予定通りこちらから攻撃を仕掛けますがよろしいですか?」
「元よりそのつもりだからな。既にルーデルらも上空に待機しているとの連絡もあった。……これより、ニーズヘッグ討伐作戦を発動する。帝国は各員がその義務を尽くすことを期待する!」
「では、行ってまいります」
シグルドリーヴァはその翼をはためかせ、空高く飛び上がった。
もう索敵でもないので高度を気にすることもなく、ニーズヘッグの気を引くように住処とされる場所に上空から乗り込まんとしていた。
俺はヤークトカイザーの中に戻り、自身が戦わねばならぬときをただひたすらに待つだけであった。
◇
「……すごい力を感じる。まるであの時みたいね」
シグルドリーヴァは上空を飛んで、ニーズヘッグの住処へと向かっていた。
彼女は右手に槍を持ち、左手に盾を持ち、頭には兜を被って武装していた。
住処に近づくにつれ、ニーズヘッグの放つ魔力のようなものが、シグルドリーヴァを包みこんでいった。
『……その力、ワルキューレか』
突然腹の底から揺さぶられるような声が聞こえたかと思うと、ニーズヘッグがその巨体を空中に表した。
巨大な禍々しい羽は突風を巻き起こし、下の木々は不気味に揺れていた。
シグルドリーヴァは空中で静止すると、ニーズヘッグの目を見つめた。
「お久しぶり、と言えばよろしいのでしょうかね? 大陸間戦争以来ですか、私達がこうして顔を合わせるのは」
『ワルキューレは数が多いからな。いちいち個体までは覚えておらんが、まあそういうことになるだろう』
「では、私は貴方が初めて、そして最後に覚えるワルキューレとなるでしょう。陛下より賜った『シグルドリーヴァ』、ぜひ覚えてくださいまし」
『シグルドリーヴァか。随分と重たい名前を授かったものだな。まあ良い、その名に恥じぬような戦いぶり、期待しているぞ』
ニーズヘッグは少し頭をもたげると、シグルドリーヴァに向かってドス黒いブレスを放った。
それはかつてザイエルンの師団を全滅させた技であったが、シグルドリーヴァは涼しい顔を保ったまま防御魔法のようなものを全周に展開した。
ブレスは防御を覆うように襲いかかるが、突破することは出来なかった。
「それだけですか? 戦争以来、随分と力が落ちたようですね」
『ため息で力試しをしたが、少し失礼だったかな?』
「いえ、ただ慢心するのはよくないと思いますがね!」
シグルドリーヴァは防御を展開したまま突進し、ニーズヘッグの腹部を強襲した。
それに合わせるようにニーズヘッグは体をくねらせ、空中で半回転するように姿勢で避けた。
すかさずシグルドリーヴァも体を捻り、ニーズヘッグを追いかける。
『やはりシグルドリーヴァなどという名を名乗ろうと、所詮はワルキューレ。群れなければなんてことはないな』
「それはどうでしょうかね? 『物質を破壊する魔法』!」
シグルドリーヴァは矛先をニーズヘッグへと向けると、グランザイムを放った。
本来は人類が使うような技である魔法を撃ってくるとは思ってもいなかったため、ニーズヘッグは回避に失敗した。
だが直後に展開した防御によりグランザイムは阻まれ、その黒い渦は霧散した。
『これは魔法、しかも大陸間戦争時代のものか』
「ええ。一度失われたはずのこの魔法は、今の世界において蘇っています。状況は着実に、あの大陸間戦争の時へと戻りつつあるのですよ」
『そうか、あの破壊と混沌の時代がか。また、イズンがすべてを滅ぼすことになるんじゃないか? 人類は神の力を持ってしても統御できぬのだから』
「それを止めるための二度目の契約です」
シグルドリーヴァは自身の身体の周りに無数の【光の槍】を作り出し、ニーズヘッグに向けて放つ。
ニーズヘッグも同数の【カオスインパクト】を作り出し、打ち消すように放った。
空中で激突した両者は激しい爆炎を上げ、その爆圧は直下の木々をなぎ倒した。
『!』
爆炎に紛れるように接近したシグルドリーヴァは、ニーズヘッグの羽の付け根を狙って槍を突き刺した。
だがすんでのところでニーズヘッグは直撃を交わし、槍は羽の膜の部分に突き刺さった。
機転を利かせてシグルドリーヴァは槍を弧を描くように振りつつ、ニーズヘッグの懐から脱出した。
『……今の攻撃は良かったぞ。だが、詰めが甘いな』
その言葉をシグルドリーヴァが耳にした直後、背後に巨大な魔法陣が現れた。
『ナイトコフィン』
魔法陣から現れた黒き棺桶は、シグルドリーヴァを取り込むように触手のようなものを伸ばした。
それを回避しようと彼女は飛び上がるが、その先にはニーズヘッグが待ち受けていた。
先程のため息とは比べ物にならないほどのブレスをためていたニーズヘッグは、それをシグルドリーヴァの至近距離で放とうとした。
『油断は大敵、だぞ』
「……それは貴方にも言えることではないかしら?」
『何を言って――この音は』
ゴォォォ――ォォン
空を切り裂くような轟音とともに、ニーズヘッグの頭上から黒い飛行物体が急降下してきた。
すれ違いざまにニーズヘッグにADSを浴びせて通過していったのは、ルーデルの操るXDWPシリーズであった。
それに少し遅れてやってきた、エアハルトのXDWPもまた、ニーズヘッグにADSの嵐を浴びせかけた。
「こちらルーデル。ニーズヘッグは動揺しているはずだ。一発ぶちかますことを要請する」
ルーデルが機内でぼそりと呟いた後、森の中から一筋の青い光が伸びてきた。
それは寸分の狂いもなくニーズヘッグの胸をめがけていた。
ニーズヘッグは防御で阻もうとするが、光はそれをも貫通した。
『グォォォォ――ォォッッ! なんなんだこの力は――そうか、これが今代の神の使徒か!』
ニーズヘッグは胸のあたりに大穴を開けられながらも、光の飛んできた方向を見た。
そこには、硝煙を漂わせながらも砲身を確かにニーズヘッグに向けているヤークトカイザーがいた。




