第407話 褐色シャツ
紙幣への変更を受け、帝国内では金属貨幣と紙幣の交換所が複数設けられた。
それに伴い、帝国内の金を一元で管理するための機関である『帝国銀行』が設立され、金の回収に乗り出した。
まずはイレーネ本国の国庫にある金貨の鋳潰しと紙幣への転換が行われた。
「こう見ると、中々の量の金があったのだな」
「最近の投資などでかなり量が減っていましたが、いざ鋳潰してみると意外とあるものです。これから全土の金が回収されますので、更に増えることになりますよ」
「そうだな。金本位制により、紙幣の価値は金との交換の比率、その保証によって成り立っている。もしも紙幣を発行しすぎたりすると、経済は大混乱に陥る。そうならないように慎重に、な」
「はい。ハイパーインフレーションを起こしては大変ですからね。固定相場制を維持するためにも気をつけねば」
俺と、新たに大蔵大臣に就任したシュペーは、ともに国庫に納められている金の山を見つめていた。
シュペーは最近まで名前を隠していたが、実は本名をアルベルト・シュペーアというらしい。
ロンメルやグデーリアンには、気づいていなかったのかと驚かれたからだ。
シュペーアはナチスで経済大臣や軍需大臣をしていたので、今回の役には適任であろう。
彼自身『国家社会主義航空軍団』に参加していたため召喚されたらしいが、思わぬ収穫であった。
……閣僚の多くがナチスの人間で占められていることには、少し抵抗感があるが。
兎も角、シュペーあらためシュペーアを筆頭とした経済改革が始動した。
……実は、別にこの計画を動かすだけでは彼を大臣に任命する必要はない。
だが戦争を理由に延期に延期を重ねていた国会がいよいよ開会される以上、閣僚は決めておかねばならなかった。
帝国を構成する各国には自治が認められている以上、その統治体系も異なってくる。
その中でイレーネは、皇帝は存在するものの議会も有することとしていた。
仕組みはドイツ帝国に似ており、議会よりは皇帝の権限のほうが強大であった。
「組閣に際しては、イレーネ帝国首相にグデーリアンを推挙しようかと思っている。シュペーア、君を含めた閣僚たちは、彼を支えてやってほしい」
「分かっております。しかしコアレシア問題が解決するまでは、きっと議会が日の目を見ることはないのでしょうね」
「それは仕方のないことだ。戦時はいちいち議決など待っていられないのだから。だが戦争以前に体制を整えておくことで、戦後にスムーズに移行させる準備ができるから良いではないか」
俺はそう言いつつ、金庫をあとにした。
シュペーアもその後に続き金庫を出て、その扉に鍵をかけた。
帝国中の金が集まってくるということもあり、この金庫は核シェルターも顔負けなほどに強力に作られていた。
「……では私はこれから、マルセイ商会会長のフローラとの会談がありますので、失礼させていただきます」
「ああ。フローラによろしく言っておいておくれ」
「分かりました。そのように伝えておきます」
シュペーアは一礼し、小走りで金庫を去っていった。
俺もその背中を見送ったあと、自分もまた執務をこなすために宮殿へと戻った。
◇
「シュペーア大蔵大臣。ご足労、感謝いたします」
「構いません、フローラ殿。それと、陛下から『よろしく』と、伝言を受けております」
「そうですか。『元気です』とお伝えくださいませ」
ルクスタントのフォアフェルシュタットに到着したシュペーアは、同地で待っていたフローラと合流した。
合流した後、彼らはマルセイ商会の建物へと移動していった。
その途中、シュペーアは町中で変なものを見つけた。
「……SAがなぜここに?」
「ああ。あれは治安維持のための巡回だそうですよ。SA、というのかどうかは知りませんが」
シュペーアの目に入ってきたのは、SAのものと酷似した褐色シャツを着た集団であった。
彼の目にはそれがSA……突撃隊のようにしか映らなかったが、イレーネ軍の編成に突撃隊はない。
そのため彼らは、イレーネ軍とは関係のない組織であるとされた。
そんな彼らの実態は、自衛組織であった。
彼らの標的……それは神聖イレーネ帝国への合併に反対する勢力であった。
彼らのような組織は他にも存在しており、いずれもルクスタントやゼーブリックからの支援を受けて成立していた。
その中で最大の勢力が、今シュペーアが目にしている『SA:突撃隊』であり、その次が『鉄兜団』……と続いていく。
彼らは国防軍の補助として、また町中の巡回などの任務を国から任されている。
つまり国公認の組織であったのだ。
「ルクスタント含む三冠王国内には、意外と合併反対派が多くいます。そしてそれを快く思わない勢力もいます。暫くの間はこの関係が続くでしょうね」
「そうですか……身の安全には気をつけるようにしてくださいね」
(当たり前だが、帝国内には賛成派と反対派、どちらの過激な組織もある。彼らによって国内が混乱しないように、治安を強化するべきだと進言するべきか……そうなればSSを投入することになるのだろうか……)
シュペーアはまた、紙幣経済の導入はこのような対立を煽る形になるのかもしれないと危惧した。
だが金属貨幣などという前時代の遺産から抜け出すことが近代化には必須である、とも理解している。
その狭間に悩まされながら、彼はマルセイ商会の建物に乗り込んだ。
「では、こちらでお待ち下さい。お茶を入れてきますので」
「分かりました。ではここで待たせてもらいます」
「すぐにお持ちしますので。では、失礼します」
フローラはペコリと頭を下げると、部屋から出ていった。
シュペーアは扉がしまったことを確認すると、窓の方へと歩いていった。
カーテンを開け、彼は窓から外の様子を眺める。
「『Die Fahne hoch! Die Reihen fest geschlossen! SA marschiert Mit ruhig festem Schritt』……SAの格好をしている者を見てしまうと、つい思い出してしまうな。総統……」
シュペーアはそう言い、小さくため息を付いた。
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