第393話 堕とされた教皇
戦争のさなか、どの国からも存在が忘れかけられていたハインリヒ聖王国。
今だに教皇の座に座り続けるジョヴァンニであったが、彼はまだ復権を諦めてはいなかった。
もはや支えるものもいなくなった教皇の椅子に座り、彼は深く考え込んでいた。
彼の周りにいた教会軍たちは、戦争に駆り出されるか逃げ出したかで、もはや誰も残っていなかった。
薄暗く換気の行き届いていない大聖堂は、神聖さなど忘れしまったかのようであった。
そんな大聖堂に、突然の来訪者があった。
ドタドタドタ……バタン!
「なんだ……騒々しい……」
「教皇ジョヴァンニ。貴方を拘束させてもらう」
「……ルクスタント軍か。誰に向けてその銃口を向けているのか分かっているのか!」
「悪魔に向けてだと、十分に理解している。陛下もそのようにお考えだ」
ジョヴァンニは抵抗することもなく、ルクスタント軍の捕虜となった。
手足を縛られ、目隠しと猿轡を付けられた彼は、まるで荷物かのように無造作に馬車の荷台に転がされた。
それを止めるものは誰もおらず、彼の身柄はそのままルクスタントへと運ばれていった。
◇
ルクスタント王国の北方には、地面が真っ赤に染まっている丘があった。
そこは植物は一切生えておらず、『死の丘』と呼ばれることさえあった。
これはかつての戦争にて放棄された兵器たちを構成していた鉄が、長い年月をかけて酸化し、土壌に染み込んでいった結果である。
そこには、赤く塗られた大きな鉄製の十字架が横倒しにして置いてあった。
そしてその死の丘には、ジョヴァンニを乗せた馬車がやってきた。
また、ルイの乗る豪華な馬車などの馬車も続々と到着した。
ジョヴァンニは無様に馬車から転がされて降ろされ、そこで目隠しと猿轡を外された。
獣人である彼の鼻には、土壌が発する微弱な、しかし嫌な匂いが抜けていった。
彼が顔をしかめておると、ルクスタントの兵士たちが、彼の手足を縛る縄を持って十字架の方へと引きずっていった。
「! な、何をする気だ!」
「教皇ジョヴァンニ1世、貴方はこれより十字架にかけられる。罪は、神に逆らったことだ」
「ふざけるな、聖職者たる、ましてや教皇たる私を――」
「黙れ」
静かにそう呟いたのは、馬車から降りてきたルイであった。
その姿を見たジョヴァンニは、彼に向かって何かを言おうと口を開く。
だが何も話させないとばかりに、ルイは持っていた軍刀でジョヴァンニの頬を強く叩いた。
「……っつ!」
「教皇ジョヴァンニ1世。貴方はここに、三冠王国盟主たるルイ=ルクスタントの名のもとに、その聖なる職を剥奪する。もはや貴様は教皇ではない、一般の人間であるのだ」
「それだけの権力が、若造、貴様のどこにあるというのだ?」
「それは、神聖同盟のもたらす、神の恩寵に起因するものである。我々王とは、聖職者をも越えた存在であるのだ」
ルイの言葉に、ジョヴァンニは愕然として声も出なかった。
彼はそのまま十字架まで引きずられ、そこでまずは手の拘束を外された。
自由になった手で逃げようともがくが、その甲斐なく兵士に取り押さえられ、金属の十字架にとり付けられた横木に押し当てられた。
「ま、まて……」
コンッ!
「あ、あ……ああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ジョヴァンニの腕の骨の間に太い釘が打ち付けられ、彼はあまりの痛さに絶叫した。
だがそれでも兵士たちは釘を打つ手を止めず、ついに両腕が横木に固定された。
次に彼らは足の方に移動し、右足の甲が上になるように重ね合わせたあと、両足の甲を貫くように釘をもう一本打ち込んだ。
これでジョヴァンニの体は完全に十字架に固定された。
もう動けず何も出来ないことを悟った彼は、泣きわめくこともせず静かに空を仰いでいた。
そんな彼の着ている服には、魔物から絞って精錬されていない状態の、酷く臭いのする油が染み込まされた。
その状態で兵士たちは、ゆっくりと十字架を垂直に起こした。
ゆっくりとジョヴァンニの体が上へと持ち上げられ、自身の体重に耐えきれず肩が脱臼した。
十字架は完全に死の丘に対して直立するように刺され、その上には太陽が輝いていた。
ジョヴァンニは、下に集まっている群衆をじっと眺めた。
彼はそれらに対して文句を言おうとしたが、もはやそれだけの力もなく、諦めた。
そんな彼の姿を、下にいる者たちは笑って眺めていた。
「では、神に背いたもの、ジョヴァンニの死刑をこれより執行する。執行人、前へ」
ルイの指示により、槍を持った2人の兵士が、それぞれ左右より接近した。
彼らは片方が白色の槍を、もう片方は黒色の槍を持っていた。
白色の槍は神の裁きを、黒色の槍は罪とこれから向かう地獄の辛さを表していた。
槍をぐっと構えた死刑執行人は、息を揃えてジョヴァンニめがけて槍をついた。
ついた槍はわざと急所を外すようにされ、肩を突き抜けて槍がジョヴァンニの体に固定された。
その痛みにジョヴァンニは絶叫し、ショックのあまりガクンと気絶した。
その状態のジョヴァンニの周りに、次々と油を染み込ませた枯れ木が積み上げられた。
足までを覆うように枯れ木を設置した後、死刑執行人は彼に刺さっている槍をひねった。
その痛みで彼は意識を取り戻し、反射的に下を見た。
「よし、火をつけよ」
「はっ、点火します!」
……ボッ!
「あ、熱い、熱いいいいいいいい!!!!」
油を染み込ませているためすぐに火が回り、その火はジョヴァンニの服に引火した。
一瞬で火だるまと化した彼は、身動きが取れないにも関わらず逃げようと体をくねらせた。
それにより更に激痛が走り、反射的に体を動かしてまだ激痛が走り……の繰り返しを彼は演じた。
その光景を目にしたルイは、そっと目をそらした。
火の中のジョヴァンニが、彼の方を恐ろしい形相で見つめているように見えたからだ。
他の見物客も、喜びと恐ろしいさが半分半分、という表情であった。
その後15分ほど経って、ようやく彼は息を引き取った。
後には炭化した彼の灰と、火にさらされて変色した十字架だけが残された。
この事実は、すぐに神聖イレーネ帝国へと送られ、そこからミズーリへと転送されたのであった。
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