第389話 黄金の扉の奥に
会談も煮詰まってきて、話し合いはなかなか進まなくなってきた。
両者ともに疲弊してきたので、少しの間、総統官邸の中庭を散歩をすることにした。
ノートンは飼っている大型の犬を連れてやってきて、俺とともに歩く。
軍靴で芝生を踏みしめ、陽の光を浴びながら俺たちは固まった体をほぐした。
ノートンは持ってきたボールを投げ、飼っている犬に取りに行かせた。
この犬の名は『ブロンディ』というのだと、彼は嬉しそうに教えてくれた。
その名を聞いたロンメルとグデーリアンは、一瞬だけ眉を潜めた。
そしてお互いに見つめ合い、『まさかな』という顔で首を横に振った。
他の面々はよくわからないという顔をしていたが、それには理由があった。
「グデーリアン。一体どうしたのだ?」
「ルーデル。そうか、お前は知らないのか。……あの犬の犬種は何に見えるか?」
「犬種? ……そうだな、シェパードじゃないか。シェパードで茶色と黒の混じったような毛並みはよくあることだしな」
「そうだな、私も同感だ。……かつて総統が飼っていた犬の犬種は『ジャーマン・シェパード』、そして名は『ブロンディ』だ。総統のブロンディもあれと同じように茶色に黒の混じった毛並みであったな……。それが思い出されてならんのだ。この建物も合わせてな」
彼らは総統官邸……『Führer』の名を冠するこの建物に、不思議な感覚を覚えていた。
彼らの胸元に輝く勲章は、そんな彼らの思いを映すように、鈍く輝きを放っていた。
そして軍帽に輝く『ライヒスアドラー』は、総統と名のつく者を鋭い眼光で見下ろしていた。
「……総統閣下、総統閣下!」
「何だ、今は大事な会談中であるが?」
「あの方々よりお言葉を賜っています。少し来ていただけると……」
「……分かった。すみません、一旦席を外します。少ししたら戻ってきますので」
ノートンはそう言うと、そそくさと何処かにいってしまった。
中庭に残された俺は、会談中にでていくほどの用事は何なのかと考える。
グデーリアンたちが何かを話していたので、俺も彼らの会話に加わった。
「陛下。会談中に席を外すなど、我々も舐められたものですね」
「圧力をかけたつもりではあったが……それ以上のなにかがあるのだろうか? そうだとしたら一体何であろうか?」
「分かりません。……しかし、ただ事ではない気がしますがね」
「……嫌な予感がする。警備を固めておいておくれ」
指示を出したたとすぐ。俺たちの周りを近衛隊と武装親衛隊の隊員が固めた。
俺も翼天勲章を起動する準備動作は行っておくが、まだその能力隠匿のために発動はしない。
しばらくその状態でいると、ノートンが急いで戻ってきた。
……スッ
「……どうして銃口を向けるのですか」
「すまない。他国の元首がいるというのに席を外したことに違和感があってな。もしものことに備えてのことだ、敵地にこうしてきている俺たちの気持ちも察してくれ」
「おっしゃるとおりです、誠に無礼なことをしました。ですが我々にその気はございませんので、どうかその銃口を下ろしてください」
「……分かった。もう大丈夫だ、銃を下ろすように」
近衛隊と武装親衛隊の隊員たちはまだ不服そうであったが、渋々銃をおろした。
ノートンはそれを見て胸を撫で下ろし、こちらへとやってきた。
だが彼には、武装親衛隊員の被る鉄兜の下から、冷めた目線が容赦なく向けられるのであった。
「改めてすみませんでした」
「会談を放り出すほどの用事とは何だったのだ? お手洗いであれば言ってくれればよかったのだぞ?」
「お手洗いではないです。……散歩中申し訳ないのですが、少し会っていただきたい人がいます。一旦室内に戻ることはでいないでしょうか?」
「別に戻っても構わないが……戻ったら射殺、などということはないな?」
俺の言葉に、ノートンは全力で首を横に振った。
それほど警戒しているならということで、彼は武装親衛隊を先にいかせて安全を確保してはどうかと言った。
俺も武装親衛隊も近衛隊も、全員がそれに同意し、先に安全の確保に行った。
「どうだ、安全か?」
「……ええ、大丈夫です。来ていただいて構いません陛下!」
「そうか、では行こうか」
「そうですね。疑いが晴れたようで良かったです」
だがまだグデーリアンたちは警戒しているので、俺の周りを取り囲んだままであった。
その状態で室内に入っても、どこからも撃たれることはなかった。
それでようやく彼らも安心し、俺の周りの警戒隊形を解いた。
「ふう、疑ってすまなかったな。……で、会わせたい人物とは誰だ?」
「それは実際に見てもらったほうが良いでしょう。……さあ、ついてきてください」
俺はノートンに案内され、総統官邸の奥へと進んでいった。
暫く進むと、先程まで通ってきた石造りの冷たい作りの建物とはうって代わり、金細工の大きな扉が目の前に見えてきた。
この奥に只者ではないものがいることは確かである……おそらくノートン以上の権力者か……。
「この奥で『あのお方』がお待ちしています……私はこれ以上進むことは出来ませぬので。では失礼いたします」
「え、ちょ、おい……」
俺はノートンを見るが、彼は頭を深々と下げたまま決してあげなかった。
……まるで、扉の中は絶対に見ないとでも言うかのように。
俺がそんな彼に困惑していると、ゆっくりと扉が開いていった。
「……陛下、ここは私が先を見てきます」
「グデーリアン……大丈夫か?」
「分かりません。しかし、陛下が大丈夫でないほうがもっと問題ですので」
グデーリアンはそう言うと、まだ開きかけの扉の奥に入っていった。
隙間からグデーリアンは入っていき、その背中だけがこちら側からは見えた。
……その時、扉の奥からかすかに声が聞こえた。
「……イレーネの将軍か。ここは安全であると、君の皇帝に伝え給え」
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