第381話 壊れた無線機と、剥げた戦艦
ヘルツブルクの港へと入港してきた伊勢、日向、そして鹵獲された戦艦。
鹵獲艦は応急処置により浮いてはいるが、若干左舷に向かって傾いていた。
そこで港に到着してからは、右舷に海水を注水して傾斜を復元する作業が行われた。
そのヘルツブルクの湾の周囲には、普段入港してくることなどない軍艦が入港してきたということで、人だかりができていた。
彼らの目を引きつけたのは、以外にも伊勢と日向ではなく鹵獲艦の方であった。
彼らにしてみれば、剥げてサビだらけの船体に線と数字が刻まれた艦が一体何者なのか気になるのであった。
そんな人混みをかき分け、俺たちはヘルツブルクへと到着した。
ヘルツブルクでは大きな歓声とともに迎え入れられ、少しの間俺はそれに返した。
その後俺たちは本題の鹵獲艦へと足を進めた。
「……たしかにアレは私の乗艦……あのような姿になってしまったのですね」
「標的艦としてのとそうがなされているからな。それと、あの艦の名前はなんというのだ?」
「あの艦はニューコリント級戦艦のネームシップ、ニューコリントと言います。一応我が国では主力に入る艦艇ではありました」
「ニューコリント級……分かった。どうもありがとう。では早速乗艦しようか」
俺たちはニューコリントに乗艦するために、まずは伊勢に乗艦した。
そして伊勢からニューコリントに向けてかけられた仮設の通路を渡り、乗艦を完了した。
甲板の木材は熱線で焼きただれていたので、水平装甲板が剥き出しになっていた。
装甲板を踏むと軍靴が鈍い音を奏で、それに呼応するように船体は波に揺れて軋んだ。
また前部の1番、2番砲塔は稼働するための電力を喪失しており、斜め上の空を睨んだまま静止していた。
俺はその砲身を触り、スタール中将の方を振り返って聞く。
「スタール中将、この砲の口径はいくらだね?」
「それは軍事機密……しかし調査すればわかることなので隠しても無駄ですね。主砲は40口径14インチ連装砲です。それを前後合わせて3基、計6門搭載しています」
「14インチ砲……金剛型から伊勢型までの砲塔と同口径か……威力はありそうだな」
「威力に関しては、我が艦の砲の威力は自慢できますよ。コアレシアの中でも随一でしょう」
なるほど、これでおそらくコアレシア海軍の保有する艦艇の主砲の最大口径が14インチであると推定できるな。
となると、砲撃戦では長門ら14インチ以上の艦砲を搭載している艦が優位に立つことができるであろう。
敵がマ号弾のような何か特殊な砲弾でも使ってこない限り、だが。
それに、艦の舷側には多数の副砲が搭載されていることもわかる。
垂直装甲板にケースメイトで搭載しているものは対艦用だろうが、甲板上に搭載されているものが対空用なのかはわからない。
大体の最大仰角を調べればどの種類のものかはわかるだろうが、それはそこまで重要なことではないだろうな。
そのまま俺たちは艦橋の方へと歩いていき、艦橋基部にある扉から中へと入った。
するとそこには、被害をまぬがれた書類などが散乱しており、その上を踏みながら移動していく。
本来はこの艦橋上部には箱型マストがあったが、これは熱線によって変形し、撤去されていた。
艦橋内をスタール中将が先行し、俺を通信機の元へと案内した。
案内された先にあったのは、よく見慣れた見た目の無線機であった。
モールス信号をうつためのハンドルの奥に、暗号化用や送信用、受信用の機械が大きな箱に収められていた。
「これが我々の用いている無線通信機です」
「モールス信号を用いるタイプの通信機だな。これであれば修復も可能であろう。通信用のアンテナなど、足りない部品はこちらで用意しよう」
「モールス通信をご存知なのですか!? あれはてっきり我が祖国の発明だと思っていましたが、意外と他国でも見つかるものなのですね……」
「まあモールス信号はな……そんなことはおいておいて、早速修復作業に取り掛からせよう。なにか複雑なものであれば数日かかるかと思ったが、これであればそこまで長引かないだろう。それが終わったら……頼むよ」
俺は再びスタール中将と約束の確認をし、彼もそれに頷いた。
無線通信機の位置を把握すりことができたため、俺たちはその仕事をトマスたち工廠組に引き継ぐことにした。
俺はスタール中将とはここで一旦分かれ、俺はトマスたちを無線通信機の元へと案内した。
「は〜あ。これは久しぶりに見た、何の捻りもないモールス信号用の無線通信機ですね。こんなものをさわれることなど二度とないかもしれない、貴重な体験ですよ」
「そうか。コアレシアとの通信さえ終われば好きなように中身をいじくってもらっても構わない。ただ、通信をするための機能は残しておくんだぞ」
「分かっていますとも。とりあえずはこの本体の修復ですね。そう難しいことでもないので、今日中には終わるでしょう」
「あわてずゆっくり正確に、な。慌てて失敗してしまっては元も子もない。では、頼んだよ」
俺はトマスの肩にポンと手を置き、彼を奮起させた。
その後俺は艦橋を出て、後部甲板へと歩いていった。
後部甲板にあったはずの砲塔は爆発で失われており、残っているのはターレットリングだけであった。
その穴を覗き込みながら、俺は今後接触を行うコアレシア共和国連邦に対する想像を膨らませていた。
コアレシアの海軍は分かったが陸軍はどうなのか。空軍はどうなのか、どんな大統領がいてどんな町並みが広がっていてどんな人がそこに生活していて……考えるだけでいろんな疑問が沸き起こってきた。
イレーネ帝国にとって全く未知の存在であるコアレシア共和国連邦。
その未知の国家との接触は、そう遠くない未来の話であった。
それを示しているかのように、無線通信機は着々と直っていくのであった。
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