第376話 敗れた夢
首領たるピーター子爵を失った反乱軍は、徐々にその統制を失っていっていた。
その過程で多くの反乱軍の兵たちは、ルクスタント軍による処分を恐れて逃亡していった。
もはや自分たちを縛り付けていた貴族がいなくなったというのも、一つの理由ではあったが。
つまり、彼らはもはや戦う理由を失ったのであった。
彼らにとって大事であったのは、貴族に縛り付けられてある土地と家族であった。
それがないのであれば、彼らは旧来の社会構造から開放されたと言っても過言ではなかった。
そしてその過程において押収された証拠は、この反乱の終結をより一層加速させることになる。
証拠が転送されたゼーブリック王宮においては、疑惑の域を出ていなかったロイドの関与が明るみに出ることとなった。
もはや何のためらいをする必要がないオイラーは、東塔に幽閉されているロイドの身柄の確保を命じた。
ドタドタ……バンッ!
「ロイド元王太子殿下! 殿下に逮捕命令が出ています。抵抗せず今すぐに出てきてください!」
「逮捕命令……? なぜ貴様らが私を逮捕できるほどの権限を持っているというのだ。それに証拠は? それがなければ逮捕される理由がないではないか」
「逮捕の権限に関しては、オイラー国王陛下より委任されたものであり、正当です。そして証拠に関しましては、先程ルクスタント軍が押収した書類の中に、今回の反乱の首謀者であるピーター元子爵殿にあてた、反乱の催促文が押収されています。ちなみに先程ピーター元子爵殿は自殺なさりました」
「おのれピーター……。証拠はあれほど消せと言ったであろうが。……だがもう貴様の所為にしても仕方がない。もう貴様はこの世にいない存在なのだからな」
ロイドは頭を垂れてうなだれ、その後だるそうに両手を頭の上に上げた。
それを確認したゼーブリックの門番は、ロイドに向かって突きつけていた銃の銃口を下ろした。
その後彼は縄で縛り付けられ、幽閉されていた塔より連れ出された。
「おい。俺はこれからどこに連れて行かれるのだ?」
「それは我々がお話できる内容ではございませんし、そもそも把握しておりません」
「ふん。一国の元王太子を捕らえたというのに処分が未定とはな」
「安心してください。そう言っていることができるのも今のうちだけだと思いますので」
顔色ひとつ変えずにそう言う兵士に対し、ロイドは不審な目を向けた。
やがて彼は小さな小屋へと送り込まれ、そこで目隠しを施された。
そのままの状態で彼は身動きの取れぬまま小屋に閉じ込められ、外から鍵をしめられた。
「……俺もこれで終わりか」
ロイドは小屋の中で小さくそう呟いた。
◇
場所は移ってアルマーニ海海上、戦艦ミズーリ第二主砲塔上部。
俺はこの海がよく見える場所で、ロイドの逮捕の報告を受けた。
関与の証拠が見つかったのが決め手となり、ゼーブリックの軍隊が動いたようだ。
にしても、なんだかあっさり終わってしまった気がするな。
おそらく近代兵装を一切供与していなければ、今回の反乱も泥沼化していただろう。
国家が兵器を持っているだけで、国民の反乱を用意に鎮圧することができるという良い前例となったのではないだろうか。
そして捕らえられたロイドの身柄だが、現在は小屋の中に監禁されていると聞いた。
その周りを見張りの兵士が取り巻いていると言うので、おそらく逃げることはないだろう。
後はどうやって彼を裁くのかが問題だな。
「身柄をゼーブリックが握っている以上、何らかの方法で手に入れないといけない……な。ゼーブリックにまだ司法制度が確立されていないことを理由に……いや、それは今までの経験則で裁くから問題ないと言われそうだな。……どうしたものか」
俺がそう思っていると、遠くからヘリのローターが空気を切り裂く音が聞こえてきた。
その音はだんだんと近づいてきて、最後にはミズーリの後部甲板に着艦した。
誰が来たのかと思い俺は砲塔から降り、後部甲板の方へと歩いていく。
「お義兄さん。お久しぶりですね」
「うん、その声はルイじゃないか。どうしたんだこんなところに。あと身長伸びたか?」
「分かっているでしょう。ロイドの今後の扱いについて話に来たんですよ。それと身長は最近3cm伸びました。成長期ですかね?」
「ロイドの扱いな……まあここで話すのもなんだ、少し場所を変えよう」
ルイは前までは王様、といえばの格好をしていたが、今日は無難な軍服を着ている。
あの服は重たいし動きにくいし……あまり利便性はないからな、かっこいいけど。
それに軍服を王が着ているということは、国軍が王の支配下に入っているということを示す材料にもなる。
その結果、ルクスタント軍は今回の征伐においてよく連携が取れていたと言ってもいいだろう。
最近近代化を行ったばかりの軍隊にしては上出来なのだろう。
ルイの国家の指導者としての才覚の片鱗が見えていたのかもしれないな。
俺たちは場所をミズーリの船首へと移した。
海面に反射する日光が俺たちの軍服に付いている勲章を綺羅びやかに照らしあげる。
勲章は国家元首同士で贈り合うことがしばしばあるので、俺とルイの軍服についている勲章の種類はあまり変わらなかった。
「……お義兄様にとって、ロイドとはどのような人間でしょうか?」
「そうだな……王都学園で初めて会ったときから、グレースを狙ってつきまとっている変な奴らだと思っていたが……対抗戦、あのときに認識がガラッと変わったな。まさかあんな国家の恥さらしのような行為をする人間が王子だとは思わなかった」
「……なかなかひどい言いようですね」
「残念ながら俺はロイドのことをあまり好いていないからな。それにその後もグレースを強姦しようとしたり……男として反吐の出る人間だ」
俺はあまりの憎悪から、かなりキツイ言い回しをしてしまった。
あまり国家元首としてこういう言い方はふさわしくないとは分かっているのだが、どうも止めることが出来ない。
もっと人間として精進しなければならないな。
「そのロイドの処分をどうするかですが、お義兄様まどう考えていますか?」
「そうだな。反乱をそそのかすような文章が見つかった以上、ゼーブリックという国家に対して反逆したと言っても過言ではない。国家反逆罪で法廷に上げるべきだ」
「法の下で裁くということですか……その試みは前に失敗した気がしますがね」
「……あの頃はまだ未熟だったのだな。ミトフェーラを領有し、三冠王国とイーデ獣王国とは神聖同盟で結ばれ、ついにはフリーデンの大地も手中に収めた。今度は失敗しない、と良いがな」
「……私も、ロイドに対する考えはお義兄様とほぼ同じです。目線が妻か姉かの違いですが。ですが妻にあそこまでの辱めを受けさせられそうになったお義兄様の気持ちは察せます。なので今回の処分は、お義兄様の一存で行っていただきたいです」
ルイは俺の目を見てそう言ってきたが、艦首の落下防止柵を握る手は怒りに震えていた。
……ああ、やはりルイも俺と同じ気持ちだったのか、と俺はその手を見て納得した。
その時、もはやロイドに対する処分は決まったようなものであった。
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