第372話 領邦分割
イレーネ帝国宮殿、鏡の間。
煌々と輝くシャンデリアに照らされたその間で、俺はある人たちを待っていた。
普段よりもさらに綺羅びやかな調度品で彩られた鏡の間は、まさにイレーネ帝国の権威そのものを象徴しているようであった。
また鏡の間の両脇には、綺羅びやかに着飾った近衛兵たちが整列していた。
そんな中で奥の扉が開き、シュワンとシュトラスブルガーが鏡の間へと入ってきた。
俺は椅子から立ち上がって彼らを迎え入れ、椅子に座るように促した。
「さて、来てもらったのはほかでもない、戦後のフリーデンの統治に関しての議論を行うためだ」
「我々の意見もあるだろうが……まずはルフレイ殿、貴殿の意見を聞かせてもらいたい」
「分かった。ではまずは俺たちからの提案であるが、今ある5つの国家による連合体、という形を排除して、新たな統治区分を設けようと思っている。まずはこの図を見て欲しい」
俺はあらかじめ用意しておいた、フリーデンの統治案をまとめた図を机の上においた。
そこには、かなりの細かい行政単位に分割されたフリーデンの姿があった。
5つの王国は王国、小さな領邦、そして諸都市の集合体へと姿を変えていた。
この姿は、神聖ローマ帝国の形態を模したものであった。
本来であればこのような姿は中央集権化を防ぎ、領邦の自立度が高まる傾向にある。
だが俺は、この特徴を逆手に取れないかと考えていた。
領邦の自立度が高まるということは、中央集権化が遅れるということ。
逆に言えば、中央に権力が集まりすぎることを防ぐことができるのだ。
そして領邦同士で競争をすれば、俺たちが手を加えずとも他の国に対して戦の矛先が向くことはなくなるだろう。
「この場合、国家の元首制度はどうなるのでしょうか?」
「まずはヴェストフリート王国だが、ここは変わらずシュトラスブルガーが元首の座に、称号も王号を保持するものとする。次に他の王国だが、これらはそれぞれ領邦、帝国軍管区、帝国自由都市などの行政単位に分かれる。それぞれの元首はその領土に即した称号が与えられるものとするつもりだ」
「帝国軍管区に帝国自由都市……我々はイレーネ帝国に組み込まれるということでしょうか?」
「今はそうなるな。特に先の戦争によりエルフの人口が激減している以上、もはや単独で国家を運営していくことは困難であろう。だから国家としての再出発の目処がつくまでは、我が国に組み込もうと思う」
フリーデンの土地を支配下に置かないと、おそらく政治、経済ともに立ち行かないであろう。
特に寒冷で食物の育ちが悪く、また戦争で畑が荒らされた今年では、主要な金銭獲得手段の農作物の輸出も困難だ。
だから再び経済の破綻により崩壊する前に、保護しなければならない。
「……分かっています。我が国が一国では立ち行かないことは良く。ならば軍事などに金を割くよりも、イレーネ帝国に軍事面などは任せて経済の再興に力を入れるべきなのでしょうね」
「もちろん軍事的な支援は行う。経済支援も潤沢に行おう。シュトラスブルガー、君はこの案に対してどう思う?」
「そうですね。イレーネ帝国に組み込まれた場合、王号を保有している我々の自治権はどうなるのでしょうか。もしかして名前だけのお飾り国王なのでしょうか」
「いや、王国内では本国からの一定の指示のもとではあるが、その中で統治をしてもらって構わない。それは王号を保有しているヴェストフリートだけでなく、他の領邦や帝国軍管区、帝国自由都市でも同様だ。領邦、帝国自由都市ではイレーネ帝国から任命されたエルフが統治を行い、軍管区はイレーネ軍が統治を行うという違いはあるが……」
ある程度の自治は認めておかないと、きっといつか不満が爆発するであろう。
婚姻政策による統合という、ミトフェーラのときと同様な手法が使えないのだから仕方がない。
ただ領主や帝国自由都市代表、軍管区の人間の任命権はイレーネ帝国皇帝、俺が保有しているためある程度の手綱は握ることができると思うが。
「一応、シュワンには存在する帝国自由都市の一つ、帝国自由都市ヴィンターホーフの首長になってもらおうと思っている。君であればあの土地には詳しいと思ってのことだが……どうだ、引き受けてくれるか?」
「勿論ですとも。私は生まれ故郷であるミットフリートに一度忠誠を誓った身、国家が変わろうとあらゆる手段で故郷の為に力を尽くしたいと思います」
「ありがとう。ミットフリートは帝国自由都市のなかでも最大規模で、それにフリーデンの中央に位置するから、きっと活発に経済が動くはずだ。シュワン、君の政治手腕を楽しみにしているよ」
「……」
フリーデンの地よりも寒い風が吹いた気がするが、まあ気にしてはいけない。
シュワンを帝国自由都市の首長にするのは良いのだが、他をどうするべきかはまだ決めていないな。
……ヴェストフリートから優秀な人材でも引っ張ってこようか。
ともかく、話しはフリーデンがイレーネ帝国に国歌統合されたうえである程度自治が認められるという方向で進んでいった。
フリーデンを含んだ神聖同盟は大陸全土に広がり、もはや教皇の付け入る隙はない。
今度こそ、この大陸においては平和が訪れるだろう。
「大変です! 陛下!」
「なんだ、どうしたのだそんなに慌てて」
「先程、ゼーブリック王国にて反乱が起き、複数の街が占領された模様です! 反乱軍は真の王位継承者であるとするマクシミリアンの救出のため、王都に向かって進撃を始めているとのこと!」
「このタイミングでなんと面倒なことを! まだ部隊はフリーデンからの引き上げが終わっていない……対処には時間がかかるな……」
戦争終わりという痛いところを突かれての反乱は、我が国にとっては厳しいものがあった。
一体ここから全軍引き上げてゼーブリックに回すまでにどれぐらいの時間がかかるだろうか……
いや、もはや新たに召喚するべきであろうかと、俺は頭を悩ませるのであった。
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