第367話 地獄のゼーロウ
占領した丘の上に陣地を形成したイレーネ=アメリカ、ソビエト軍団。
無人機を用いた偵察により敵が多いことを察知していた彼らは、平押しで攻略することはできないと考えた。
そのためテントではあるが仮の司令部を設置し、攻略に向けて準備を進めていた。
「こうして腰を据えて作戦を立てるのも久しぶりだな、グデーリアン」
「そうだな。だが今までがおかしかったのだ。戦争とは本来こういうもののはずだ」
「そうでなければ我々高級将校が存在する意味がないからな。さあ、では作戦会議を始めようか」
「そうだな。では皆のもの、まずはこれを見てくれ」
グデーリアンは、ミットフリート王国の周辺の地図を開いた。
ミットフリートは都市ほどの大きさしかないにも関わらず、そこには赤いペンで手書きで多くの線が描き込まれていた。
これらは最近の偵察の結果を反映した、敵の防衛線を表したものであった。
「今までの王国は貧弱であったが、流石フリーデン連立王朝の中心というべきか、このミットフリート王国には様々な防衛のための施設が設けられているようだ」
「それに地政学上の優位はあちらにある。それもこれほどの雪であればなおさらだ」
「さらに、敵の部隊はほとんどがここの防衛に集中していると考えられている。何か隠したいものでもあるのであろうか? 真相は分からないが、とにかく攻略は容易ではないということだ。それは頭に入れておくように」
グデーリアンは鋭い目つきで、アメリカ軍団とソビエト軍団の将校たちを見つめた。
その目は、フリーデンの雪をも溶かしてしまいそうなほどの熱を帯びていた。
見つめられた将校たちはゴクリとつばを飲み込み、姿勢を正した。
「まずは大まかな攻略に向けた流れを説明する。ここに示している通り、敵の部隊は概ね6つの隊に分かれているようだ。これらにまず第一〜六軍の名を付する」
「我々は南方の部隊との挟撃を行うため、実質撃破しなけれはならない敵は第一、二、六軍の3部隊だ。これらには戦車の配備も確認されているので、注意するように」
「そして厄介なことに、敵軍を撃破するためにはまずは周囲の川を突破、そのうえで敵の引きこもる要塞線を制圧しなければならない。そしてこの要塞線はかつてのミトフェーラのような容易に突破できるものではなく、攻略には困難を極めるだろう」
「だが我々はその攻略に制限時間を設けることにした。タイムリミットは作戦開始から一週間、その間に攻略できなければ本作戦は失敗とする」
突然のロンメルのタイムリミット宣言に、将校たちは動揺した。
防衛線は堅牢にして長大、一週間で攻略するのは少し無理があると言わざるを得なかった。
だがなおロンメルは、この信念を曲げようとはしなかった。
「……ソビエト軍団の諸君。君たちはこういう都市包囲戦の時、どうすればいいかを知っているはずだ」
「といいますと?」
「君たちがかつてベルリン、ゼーロウ高地で行ったこと、それと同じことを一週間以内に遂行してほしい。君たちであればその勝手は私たちよりもよく知っているはずだからな」
「……了解いたしました。では作戦開始までに準備を整えさせていただきます」
ゼーロウ高地……それはかつてのベルリン包囲戦において、もっとも戦闘が苛烈であった高地の名だ。
その攻略には20日近くの日数を要し、数多くの死傷者を両軍に生み出すこととなった。
そのゼーロウ高地でソ連軍が行ったことを今、再演しようとしているのであった。
「先程、西海における海戦は我が国の勝利に終わったとの報が入った。残るは我々のみ、ここさえ勝利することができれば我々の勝利である! 気を引き締めてかかるように。では解散!」
グデーリアンは解散の号令を出し、各将校は各々の部隊の準備に入った。
しばらくしていると陣地の外には軍団が持っているだけの榴弾砲やロケット砲が集まりだし、横一列に並べられていった。
これらの方はミットフリートに向けられ、砲弾を放つ時を待っていた。
一方の敵もまた、郊外にイレーネ軍が集結しつつあることは把握していた。
そのため要塞線の一部から前線に兵士が駆り出され、防衛の配置についた。
まるで戦争末期のベルリンのように、各地からかき集めた部隊でミットフリート王国は防衛線を築いたのであった。
「まさか自国が受けたことを、こうして今度は指揮する側になるとはな」
「敗戦間近のベルリンの外からの風景はこうであったのか……いかに絶望的であったかがよく分かるな」
「ああ……では、攻撃を始めるとしようか。グデーリアン、合図を出してくれ」
「分かった。『全軍、攻撃始め!』」
グデーリアンの合図とともに、用意された砲が一斉に火を吹いた。
放たれた砲弾は弾幕を形成し、次々に敵の陣地へと着弾していった。
もしくはロケット弾が着弾、辺り一面を吹き飛ばした。
雪で覆われていた地面は爆発によって雪が吹き飛ばされ、地肌が露出していた。
その後も砲撃は止む気配もなく、ようやく砲声が鳴り止んだのは砲撃開始から4時間後のことであった。
砲撃により雪が剥がされた地面には、倒れたエルフの死骸が無惨にも転がっていた。
準備攻撃を終えた部隊は、いよいよミットフリートへの侵攻を始めるかと思われた。
だが予想外よりも雪が強く降ってきたため攻撃は延期、明日以降とされた。
その間にエルフの兵たちは自分の仲間の死体を回収、イレーネ軍はそれを見逃した。
翌日の攻撃に向けて部隊は3つに分裂、中央軍集団と東部軍集団、及び西部軍集団へと分かれて配備された。
榴弾砲等の再配置も行われ、明日以降は進撃する味方部隊への支援砲撃に専念する。
その動きは南部でも起きており、ロンメルの臨む一週間以内での占領に向けて舞台は整いつつあった。
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