第351話 嗚呼教皇よ、安らかに
話に入る前に……
本作に登場する「ヨーゼフ13世」は、第266代教皇・フランシスコ猊下の精神とお姿に深く影響を受けた人物として描いています。
世界に平和と希望を語り続けたその御生涯に、心からの敬意と感謝を捧げます。
どうか、永遠の安らぎのうちにお眠りください。
R.I.P.
地雷を踏んで撃破されてしまったT−90M。
その後続の戦車たちは勿論それ以上進むことなど出来ず、一旦全車後退という選択を取った。
その際に敵による残骸の鹵獲を防ぐため、それもまた全て回収されていった。
「……で、ロンメル。M1 ABVはいつ頃にこっちに展開できるのだ?」
『今はこちらにはいないから、本島から輸送してきて展開するとして……1週間ぐらいだろうか?』
「それまでは攻勢を止めねばならんのか。……まあ仕方がないな」
『それまでには我が部隊もそちらに追いつけるだろう。今はとりあえず体制の立て直しと作戦の立案だ。それが終わり次第再び攻勢に入れば良い』
目の前に目標の都市があるというのに攻撃に移れず、グデーリアンは歯がゆい思いをする。
だが無闇矢鱈に地雷原に突っ込むわけにもいかないので、彼は大人しく軍の退却を指揮する。
M1 ABV……エイブラムスを改造した突撃啓開車両が到着するまでの間に、彼らはこのあたりに拠点を築くことにした。
「どうだ、いい感じの場所はあるか?」
「ああ。ここの村なんかはどうだろうか? エルフの集落ということもあり大して大きくはないが……それでも陣地を築くには十分だろう」
「分かった、ではそちらに行こうか。そこでロンメルらイレーネ=アメリカ軍団とも合流すれば良い」
グデーリアンは陣地を築く場所を選定し、そちらへと部隊を移動させる。
だがこのままでは気がすまないと、所属している榴弾砲により数発の砲弾がシュリーフェンに向けて放たれた。
数発撃ったところでグデーリアンの静止が入り、彼らも大人しく撤収して移動を開始した。
雪道をかき分けてしばらく進んでいくと、目標の集落が見えてきた。
どうやら煙突から煙もあがっており、人はきちんと住んでいるようであった。
彼らは集落の木の門を戦車でぶち破って侵入し、中の広場で停車させた。
「……少々手荒な入り方であったが……む、誰か出てきたようだな」
グデーリアンは載っていたT-80Uから下車し、近寄ってくる年老いたエルフの方へと近づいていった。
その周りを屈強なソビエトの兵士が囲み、グデーリアンに危害を加えることが出来ないように見張る。
その様子に怯えたのか、老エルフは震えた声でグデーリアンに話しかけた。
「私はこの集落の長のファイツと申します。あの……その……何を差し出せば我々は許していただけるのでしょうか?」
「差し出す? 何をだ?」
「例えば、その……金や食べ物、人質……女、女でしょうか!? 何を差し出したら許していただけますか?」
「ちょっと、少しは落ち着き給え。別に我々は何かを強奪しに来たわけではないし、そのような行為を我らが皇帝陛下は望んでいない。ただ少し場所を借りに来ただけだ」
グデーリアンの返答に、老エルフは信じられないと目を丸くする。
だがグデーリアンも嘘をついているわけではなく本心からの発言であるため、どれほど老エルフが疑おうとその言葉に嘘を見つけることは出来なかった。
そしてその言葉を信じた彼は、嬉しそうに集落の仲間に向かって叫んだ。
「おーい、皆のものー! 我々に攻撃を加える意思はないらしいぞー! 出てきても大丈夫だー!」
その声を聞いた集落のエルフたちは、次々と家の中から出てきた。
彼らは初めて見る戦車には興味津々なようで、先程まで隠れていたにも関わらず今はすっかり安心しきっていた。
グデーリアンはその変化に驚きつつも、とりあえず自分たちが受け入れられたようで安心した。
グデーリアンはあたりを見回すが、次々と出てきたとは言え人数は大したことはないなと感じた。
特に子供の割合が異様に少なく、長生きするが故の特殊な生態なのかと感じた。
そんな彼であったが、自分の軍服の裾が引かれていることに気がついた。
「……ん?」
「ねーねーおじさん、あそぼー!」
「……やれやれ、困った子どもだな」
「ああ、すみません。こら、ライツ! 失礼でしょう!」
「いや、私は別に構わないぞ。子どもは元気であることこそが仕事ではないか」
グデーリアンはそう言い、ライツを持ち上げる。
彼はグデーリアンの肩にストンと乗ると、嬉しそうに彼の軍帽を自分の頭に被せた。
それを見た周りの兵士は、指揮官が遊ばれていると大笑いした。
「……オホン。皆のもの、集落の周囲を警戒しつつ、偵察を行ってきたまえ。できるのであれば防衛戦を築いてくること。それが終わり次第、手すきの人間は子どもたちと遊んでやるが良い」
「「「「了解」」」」
「おじさーん、うちに遊びに来てよー!」
「あぁはいはい。少し待っていなさい……お前たち、笑うんじゃない!」
グデーリアンがいくら命令しようと、兵たちは笑いながら自分の戦車に乗り込み、周囲の警戒をしに移動していった。
彼らを見送ったグデーリアンは、ライツに導かれるがままに彼の家へと入っていった。
それは集落の端っこにある、小さなボロ小屋であった。
「ここが僕の家だよ! ささ、入って!」
「あ、ああ。ではお邪魔しよう」
「……ライツ? 誰かお客様でも連れてきたの?」
「うん! 身長の高い、金属の魔物に乗ってきたおじさんだよ!」
奥から若い女性の声が聞こえてき、足音が近づいてきた。
そしてグデーリアンの前に、ボロボロのエプロンを付けたエルフの女性が姿を見せた。
彼女はグデーリアンの格好を見るなり、急に頭を下げた。
「う、うちのライツが飛んだご無礼を! どうかお許しください!」
「いや、別に怒ってはいないから何の問題もない。むしろ元気があって良いお子さんじゃないか」
「違うよおじさーん。これは僕の叔母さん、お母さんはもう死んじゃったんだよ?」
「……そうか、辛かったのだな……」
グデーリアンはライツの頭をワシャワシャと撫で、女性を立ち上がらせる。
そしてライツはグデーリアンを部屋の中へと引っ張ったため、彼は急いで靴を脱いで室内へと入った。
そんな彼に女性は恥ずかしそうに言った。
「すみません、こんなに汚い家で……あ、私はジェーナス。ライツの母親の妹にあたります」
「私はグデーリアン。ハインツ=グデーリアンだ」
「グデーリアンさんですか。因みにやはりイレーネの軍隊の方なのですか……?」
「ああ。一応階級は上級大将、イレーネ帝国陸軍の参謀総長兼陸軍大臣をやっている」
ジェーナスにはいまいちピンとこなかったが、とにかくすごい人なんだろうと思った。
グデーリアンがしばらく室内を見回していると、小さな祭壇のようなものがあることに気がついた。
彼はそこに近づいてみると、意外な人物の絵が飾られていた。
「これは……前教皇のヨーゼフ13世の肖像画、か?」
「はい。昔に一度前教皇猊下がこの集落を訪れられたことがありまして、その時にいただいたものです」
「そんな事があったのか。だが今の教皇はジョヴァンニだが、そちらの肖像画に変えなくてもいいのか?」
「ジョヴァンニ猊下は……個人的にあまりいい印象がありませんので。ですので私は今でもヨーゼフ13世猊下に祈りを捧げているのです」
ジェーナスの言葉を聞き、グデーリアンは小さく頷いた。
彼はやはりこのフリーデン連立王朝内にあっても、完全にジョヴァンニを指示しているわけではないのだと思った。
彼はジェーナスがお茶を差し出したため、少しこの家に留まることを決意したのであった。
安らかに。




