第345話 華の二水戦の矜持
日がすっかり落ちて海面を闇が支配する頃、連合艦隊は夜戦に向けた準備を進めていた。
敵艦隊とは触接を続けながらも合流した各艦は、夜戦に向けて2つの艦隊に分離した。
一つは敵を直接攻撃する水雷戦隊、もう一つは敵艦隊の注意を引き付けて水雷戦隊を援護する囮艦隊だ。
囮艦隊と分離した水雷戦隊は、単縦陣をなして敵艦隊へと肉薄していく。
彼らの最大の武器は、甲板上に積んだ魚雷発射管から放たれる酸素魚雷であった。
魚雷必中のために肉薄する彼らを援護するべく、囮艦隊は砲撃を開始した。
「主砲、一番、二番、三番。撃ちー方ー始めー!」
「了解! 主砲、一番、二番、三番。撃ちー方ー始め!」
ドォォンン……ドォォンン……!
夜空を艶やかに照らしあげる、主砲発射の爆炎。
その炎は、遠く離れた敵艦隊の認識するところとなった。
その砲撃に反応するように、敵艦隊もまた反撃の砲撃音を夜空に轟かせる。
「よし、敵艦隊は釣れたようだな。後は上手い具合に敵艦を引き付けて……っと、なんだこの振動は!」
「艦長、損害報告であります! 先程の敵艦の放った砲弾が右舷高角砲群あたりに命中、砲撃により高角砲の一部が沈黙いたしました!」
「火災は起きていないのか? 装甲板は? 抜かれたのか?」
「現時点で火災は作業員が消火にあたっています。また、装甲板については抜かれていないようですが、右舷甲板に歪みが発生しているようです」
その報告を聞き、山下大佐はそっと胸を撫で下ろした。
高角砲が数基やられたものの、継戦能力や航行能力に一切の問題は生じていなかった。
だが、この戦いが終わった後は大和は本島のドッグで長い修理に入ることが確定してしまった。
「……まあ司令が乗っていなかっただけ不幸中の幸いと言えよう。さて、こんな被害は気にせず戦闘を続けるぞ」
「了解しました。ですが火災が起きている以上、敵艦からの砲撃の格好の的になりますね」
「逆に更に敵の目をこちらに引くことができるとも言えるだろう。そうすればより水雷戦隊の突入に余裕を持たせることができる……だが鎮火は早くするんだぞ?」
「分かっております。まあ大和だったらたとえ高角砲の弾薬庫が誘爆したとしても沈むことはないでしょうが……被害はなるべく最小限に留めるべきですからね。これには今までの猛訓練が生かされそうですね」
その通りだ、と山下大佐は首を縦に振った。
このような場合の応急修理も練習項目に入っており、今回の火災もすぐに鎮火させることが出来た。
……これだけの練習時間と物資があれば坊ノ岬でも、と彼は少し考えてしまうのであった。
「……そろそろ時間ですね。華の二水戦の実力、拝見といこうじゃありませんか」
「そうだな。あの大戦の後半はレーダー技術の発展で、帝国海軍お得意の夜戦も廃れたが……レーダーを持っていない今回の敵艦相手ならば……」
「きっと、鬼神の如き活躍を見せてくれますよ。戦果報告を楽しみにしていましょう」
「そのためにも、我々はもう少し辛抱して敵の目を引き付けておかねばな」
その後も囮部隊と敵艦隊との間で、激しい砲撃の応酬が行われた。
気づけば、その隙をついて水雷戦隊は敵の懐深くまで潜り込んでいた。
◇
第二次世界大戦当時は最新鋭軽巡であった、阿賀野型軽巡の能代を旗艦とする第二水雷戦隊。
そこに第三水雷戦隊の艦も編入され、第二水雷戦隊は軽巡2、駆逐艦14隻を有する精鋭の水雷戦隊であった。
各艦は、日々積み重ねてきた演習の成果を発揮する時だと意気込んでいた。
「……小倉艦長。そろそろ雷撃が可能な距離に到達します」
「了解。味方艦隊からの照明弾の射撃はまだか?」
「もうすぐ行われるはずです。照明弾が炸裂次第雷撃、反転ですね」
「そうだ。……夜戦は帝国海軍の伝統だ。異世界とは言えど、このような形で再び行える日が来るとはな……」
彼は在りし日のルンガ沖を思い浮かべながら、艦橋で敵艦隊を睨む。
発砲炎でその姿を晒す敵艦隊は、彼ら水雷戦隊にとって格好の餌食であった。
そしてそこに、さらに照明弾が降り注ぐこととなった。
「! 武蔵、照明弾を発射しました! もうすぐで上空に到達します!」
「そうか。炸裂次第、魚雷を一斉射するように」
「了解! 絶対に当ててみせますよ、たとえ戦艦であろうと、酸素魚雷に沈められぬものはありません!」
「その意気だ。さあ、始まるぞ。華の二水戦、ここに推して参ろう!」
ピカッ!
照明弾が空中で炸裂し、敵艦隊の姿が夜闇にくっきりと映し出された。
敵艦隊は突如現れた光に焦り、陣形を崩して個艦行動を行い始めた。
陣形の崩れた敵艦隊など、最精鋭の二水戦にとって敵ではなかった。
単縦陣の状態で敵艦隊の横についた二水戦の各艦は、あらかじめ決められた敵艦に向けて酸素魚雷を放った。
魚雷を放った後彼らはすぐに反転、戦闘海域からの離脱を開始する。
そうしているうちに照明弾も燃え尽き、航跡を残さない酸素魚雷の発見は敵艦隊にとって不可能に近かった。
そうこうしているうちに魚雷は敵艦隊に到達、最初に被雷したのは先頭を航行していた敵戦艦であった。
もともと大破に近い損傷を受けていただけに、命中した魚雷により機関部が浸水、航行不能に陥った。
そうして速度を落としていたところにもう一本の魚雷が命中、艦首を水柱をあげて吹き飛ばした。
その後も航行していた艦は次々と被雷、損害を重ねていった。
ついに戦艦のうちの一隻が浸水過多により転覆、艦底をさらして海に沈んでいった。
その後ろを航行していた輸送艦部隊もまた、被雷や離脱していく駆逐艦による砲撃により損傷、艦の放棄を余儀なくされたり、撃沈されたりした。
こうしてなんとかこの海域での戦闘は、イレーネ帝国海軍の勝利のうちに幕を閉じた。
これによりこの海域の制海権において優位に立てるようになり、より上陸が容易になっていた。
勝利に歓喜して凱旋する艦隊であったが、別のところでは別の艦隊が窮地に立たされようとしていた。
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