第329話 死線を越えて
「……さて、どうしたものかね……」
段々と近づいてくるHUD上の輝点。
EA-18Gグラウラーは自らを囮に、U-2を逃がすことに成功した。
だが彼は、電子戦機で空対空戦闘をすることを強いられる事となった。
グラウラーは増槽を胴体下部にぶら下げており、装備しているAMRAAMの本数は2本であった。
また電子戦機への改造の過程で機関砲も取り除かれているため、この2発を外したら終わりであった。
彼はロックオンこそするものの、発射桿は引かずに待機する。
「ここで勝手に撃ったら、我が国が不当にけんかを売ったことになる。相手がこちらを撃墜しに来ているのかどうかも分からないしな。一旦はヘッドオンで様子を見て……だな」
その間にもどんどんと輝点は近づいてきて、ついには目視可能な距離まで接近した。
パイロットの目に写った機体は……F-86セイバーと酷似した機体であった。
2機はお互いを避けるようにバンクを取り、キャノピー同士を向き合わせて離れていく。
「なんだあのセイバーもどきは……だがそんなものは良い。機体下部にミサイルはなし、ノーズにエアインテークがあったから、おそらくウェポンベイもないだろう。機関砲が搭載されているかは分からないが、先程は撃ってきていなかったな……」
彼らは上空で旋回軌道に入り、グラウラーはセイバーもどきの後ろを取ろうと躍起になる。
だがセイバーもどきの方が高機動であり、グラウラーの隣をセイバーもどきは飛行し始めた。
グラウラーのパイロットはキャノピーを見てみると、向こうのパイロットが手を振っているのが見えた。
「なんだ、攻撃するつもりはないのか……? 一体何をしているんだ……」
そうしていると、セイバーもどきは急に機首部の機関砲を発射した。
それと同時にセイバーもどきのパイロットは、親指を下に向けるジェスチャーを取った。
セイバーもどきは急角度で上昇を開始、戦闘開始の合図であった。
「くそっ、やっぱり落としに来たか! ええい、増槽を投棄して……アフターバーナー全開で脱出するぞ!」
AMRAAMは、これだけ接近した状態での戦闘には向かない。
それにこの状況では、機首に多数の機関砲を有するセイバーもどきのほうが有利であった。
そのため、グラウラーは速度に任せての脱出を試みる。
「セイバーであれば振り切れるはずだ……だがそれ以上のエンジンであれば追いつかれるかもな……」
加速を開始したグラウラーを、セイバーもどきもアフターバーナーを炊いて追従する。
グラウラーはアフターバーナーで赤い炎を吐き出すが、セイバーもどきは青い炎を吐き出していた。
その光は、XDWPシリーズに使用されていた『チェレンコフ1』シリーズエンジンのそれと類似していた。
グラウラーの加速により少しずつ距離は離れているものの、以前セイバーもどきは後ろについて離れなかった。
機関砲の射程外であるので当たることはないが、威嚇のためにセイバーもどきは機関砲を乱射していた。
幸い地上の迎撃ミサイルもどきはジャミングの影響で沈黙しており、対空ミサイルで撃ち落とされる心配はなかった。
そうこう飛んでいると、HUDの前方にさらなる輝点が出現した。
その輝点の数は次々に増えていき、最終的には5つの輝点がHUDに表示された。
だが色は敵を示す赤ではなく味方の青、助けに駆けつけたF/A18Eの中隊であった。
『これはまた可愛い子に追いかけ回されているじゃないか。モテモテで羨ましいぜ』
「……全く可愛くはないな。好きにするが良い」
『そうか。じゃあ遠慮なくいただいちゃうぞ?』
「ああ。いただいちゃってくれ。1発でな」
F/A18Eは翼下部に搭載されたAMRAAMを発射、ミサイルはセイバーもどきに向かって一直線に飛んでいった。
セイバーもどきはジャミングの影響でミサイルの接近に気づくことが出来ず、回避機動も取らずにグラウラーを追いかけ回す。
そんなセイバーもどきを、AMRAAMは見事に撃ち抜いた。
『……可愛い子ちゃんは満足して帰ってくれたようだな』
「地獄にな。助かったぞ、礼を言おう」
『ノープロブレム。さあ、一緒に帰ろうか、兄弟』
「ああ。U-2のパイロットはもと気に母艦に帰投できたであろうか……」
救援のF/A18Eに先導され、グラウラーは母艦への帰途につく。
途中、別のF/A18Eから増槽投棄分の空中給油をうけ、その後母艦に無事に着艦した。
甲板上では乗組員総出で彼の帰投を祝福した。
「すまないね。私を逃がすために君を危険にさらしてしまって」
「構わないさ。君の乗機は武装を積んでいないか弱き偵察機だ。一応もと戦闘機の俺の愛機が守るのは当然だ」
「そう言ってくれると助かるよ。さあ、無事に帰投出来たことを祝おうじゃないか。ビールも用意してあるぞ」
「それは良いな。では一緒に飲もうか」
2人のパイロットは仲良く肩を組み、酒保へと向かう。
だが道中に上官に見つかり、こっぴどく叱られた。
罰代わりに命じられた報告書を作成し、その報告書は本島の大本営へと転送された。
◇
「うーむ……セイバーもどきの敵機と接敵……フリーデン連立王朝がそんな機体を保持しているとでも言うのか?」
「報告書によると、キャノピーに座っていたのはエルフではなく普通の人間だったと。耳の形が明らかに違いますからね。となると、フリーデン連立王朝ではなく別のなにかの組織が運用しているということになります」
「うちの軍から抜け出すことはありえないし、そもそもセイバーは運用していない。となると、古代の遺物でも修復して動かしている奴らだというのか?」
「分かりません。ですが墜落した機体の場所が判明していますので、特殊部隊を派遣してさせるのもありかと。海岸にも近い地点のようですし、十分可能です」
確かに回収して解析を行うほうが早いかもしれないな。
そのためには軍を派遣しなければいけないが……どうするべきか。
だがあの機体が何であるかを突き止めておくことは、今後の大陸の安全保障の観点からも大事であろう。
「……分かった。墜落機回収用の特殊部隊を編成、機体の回収にあたらせることを許可する。ただ条件が一つ。全員安全に帰還できる計画をねってから出動すること。良いな?」
「分かりました。ではそのように組んでまいります」
その後、グデーリアン上級大将が作成した作戦計画をもとに特殊部隊が編成され、強襲揚陸艦ワスプで件の地点に向けて出港した。
俺は遠ざかっていく艦影を、鎮守府の窓からじっと眺めていた。
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