第324話 思惑交錯する連立王朝
「うーむ……どうしたものか……」
腕を組んで悩むジョヴァンニ。
そんな彼が眺めていたのは、教会軍の幹部たちにまとめさせた財政に関する報告書であった。
聖王国といえど勿論運営には多額のお金がかかる。
「……ジョヴァンニ1世猊下。正直に申し上げますと、かなり財政状況は逼迫しております」
「お前は、その理由は何にあると考える?」
「端的に申し上げますと、他国からの経済的な援助がほとんど途切れたためです。普通の国であれば、その地の民から税金を集めれば済む話ですが、ハインリヒ聖王国に限ってはそういうわけには行きません。ですので他国からの教会への支援金で今まで回してきましたが、先のヴィッテンベルク宣言を受けてその金額が大幅に減らされ結果として財政を圧迫しています」
「そのとおりだ。今は歴代教皇が溜めた金があるからなんとかなるものの、これからはそういうわけにもいかない。何か金を稼ぐ手段を考えないとな……」
ジョヴァンニの教皇就任後、すぐに苦しくなってきたハインリヒ聖王国の経済状況。
彼らは気がついていないが、教会軍の残党兵士への給与もかなり財政を圧迫している原因であった。
だが、彼らが言う通り支援金が激減したことが一番の原因となっていた。
そんな彼らは、なんとか現状を打開するべく思考を巡らせる。
だが、聖職者である彼らが金儲けをするなどということは許されざる行為であった。
どれほど考えていただろうか、突然ジョヴァンニの頭に名案がおりてきたようだ。
「思いついたぞ!」
「何を思いついたのでしょうか?」
「天国への切符……つまり『昇天符』を売るんだよ。これを買えば罪は許されて天国に行ける……と偽ってな」
「なるほど、確かに天国に行けるという証文は需要がありそうです。しかもそれほどありがたいものであれば、きっと高値で売ろうともこぞって買い求めることでしょう」
ジョヴァンニは、「しめた」と嬉しそうな笑いをこぼす。
だが、彼は同時にこの作戦の大きな落とし穴を見つけた。
それは、犯してしまうと教会自体の信頼度が地の底まで落ちてしまうレベルの落とし穴であった。
その落とし穴とはズバリ、昇天符が何の意味もないと暴露されることであった。
特に教皇より権威の強い神の使徒がその事を宣言すれば、今度こそ教会は終わりである。
その事に気がついた彼は、自分で出した案だが破棄しようとした。
「ジョヴァンニ1世猊下。そうならない良い方法がございます」
「良い方法? 何だねそれは?」
「簡単な話です。神の使徒の……神聖同盟の影響外で売れば良いのです」
「そんな都合の良い国などどこにも……あっ、そうか! あるじゃないか、神聖同盟が関係のない国!」
彼らが目をつけた国。
その国は神聖同盟に関係なく、また神の使徒の息もかかっていない国であった。
その国とは……フリーデン連立王朝、エルフの国家であった。
「だが、最近のフリーデン連立王朝は国際的に孤立している……むしろそれを望んでいるように見える。そしてその理由は不明である。そんな国に『昇天符を買ってください』と頭を下げたところで受け入れてもらえるのだろうか?」
「そこは分かりません。ですが、国際的に孤立しているからこそヴィッテンベルク宣言にも署名していませんし、今も従来通りの金が振り込まれています。ここを利用しない手はないかと」
「そうだな……よし、では私が自ら出向こう。だがまずは様子見だ。それが終わってから本格的に昇天符を売り出す」
「まずは威力偵察と行くのですね。分かりました。ではこちらでコンタクトを取っておきましょう」
そう言って教会軍の幹部は部屋を出ていった。
出ていく彼らを見ながら、ジョヴァンニは思案にふける。
後日、無事にコンタクトが取れた彼らは、正式にフリーデン連立王朝を訪問することとなった。
◇
一方、その頃俺はミトフェーラの宮殿にグレースたちと泊まっていた。
たまにはこちらにも顔を出して、国民と交流せねばと思ってのことだ。
俺たちが宮殿に到着すると、グレースとベアトリーチェの師であるウェルニッケが出迎えてくれた。
「これはこれは。良くぞおいでくださいました」
「久しぶりじゃのう、ウェルニッケよ。ここに来るのはいつぶりじゃろうか?」
「結婚とともにイレーネ島に移住されましたので……1ヶ月ぶりぐらいかと。グレース様もお久しぶりでございます」
「ええ先生、お久しぶりね。サーシャは元気かしら?」
「はい。最近は私と一緒に新型魔法の練習をしております。なかなか筋がいい子ですよ、あの子は」
そうして少し俺たちは談笑したあと、宮殿の中に入った。
すると、廊下でメイドたちに車椅子を押されているサーシャに出会った。
俺たちを見つけるなり、彼女は嬉しそうに笑った。
「グレース様、ベアトリーチェ様、そしてルフレイ陛下、お久しぶりです!」
「あぁ。ウェルニッケから聞いたが、随分と魔法がうまくなったようね」
「そんなことないですよ。まだまだ先生には及びません……」
「先生と比べちゃダメよ。でも元気そうで何よりだわ」
グレースはメイドから車椅子を押す役目を引き継ぎ、談話室へと移動した。
そこで降り積もる話をしていると、チラチラと雪が降り始めた。
その雪を見て、サーシャは少し困ったような表情をして言う。
「また雪……最近雪が多いですね」
「そうね。でも雪って綺麗だから良いじゃない?」
「それはそうなにですが……私の祖国のフリーデン連立王朝は、冬になると大雪に見舞われて毎年のように被害が出るんです。例年でもひどいのに今年なんてどうでしょう、まだ10月にもかかわらず、雪が降っています。こうなっては故郷はどうなっていることやら……」
「そう言えばサーシャの故郷はフリーデン連立王朝だったな。……最近フリーデン連立王朝は他国との関わりを捨てて孤立する傾向にある。前まではそんなことはなかったのに、何かあったのだろうか……」
俺はそう言いながら、窓に向かって息を吐く。
ガラス面の温度と息の差で結露が生じ、俺はその結露をなぞって拭いた。
……確かに、もう数年この世界にいるが、これほど寒くなるのが早かった歳はないな。
「ルフレイ陛下、ひとつお願いがあります。どうか聞いていただけないでしょうか?」
「なんだい。できることであれば何でも聞こう」
「ありがとうございます。どうか……どうか私の故郷、祖国を一度視察してきてもらえないでしょうか。急に国際情勢から自ら孤立するなんて、おかしすぎます。きっとなにかがあったのでしょう。どうか、よろしくお願いします……」
「わ、分かった、分かったから。でも俺が訪問できるかどうかはあちら次第だ。向こうが良いと言ったら行くと約束しよう」
俺がそう言うと、サーシャは嬉しそうに目を輝かせた。
……そんな目を見せられては、こちらも断ることが出来ないじゃないか。
俺はダメ元で、フリーデン連立王朝に連絡を取ってみるのであった。
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