第313話 使徒座空位での葬式
ハインリヒ聖王国の大聖堂へと運ばれたヨーゼフ13世の棺。
翌日に葬式を控えた参列者たちは、雪の降り積もる聖王国へと到着する。
俺たちも無事にたどり着き、聖王国内にある建物で一夜を過ごした。
その頃、各国の省庁などでは、半旗を掲げて哀悼の意を示していた。
店も軒並み臨時休業を行い、教皇の死を悲しんだ。
各地の聖堂には信徒たちが集まり、天に旅立つ教皇に最後の祈りを捧げていた。
一方のハインリヒ聖王国では、急ピッチで準備が進められていた。
大聖堂前の広場に、天蓋付きの棺が設置され、そのまわりを通常の何倍もの大きさのろうそくを立てた燭台が雪に光を反射しながら灯っていた。
俺は黒の軍服を着用し、略綬の他には翼天勲章の星章だけを着用して葬式の臨む。
正喪服のモーニングで臨むべきではないかと尋ねたが、軍人は軍服で参列してくれとの返答が返ってきたため軍服を着用することになったのだ。
一方、グレースとベアトリーチェは、シンプルな黒の喪服に黒のヴェールを身に着けていた。
俺は2人を伴って、大聖堂広場の右側に用意されている来賓用の席に着席する。
その反対側では、白色の長い帽子と赤色の礼服に身を包んだ各国の神官などの聖職者たちが整列していた。
俺は彼らが整列し終えたのを確認し、帽子を外して棺に一礼した後、中心に設置された演台に立つ。
これは彼の遺書にて、俺が葬式で一言話をするよう求められていたからであった。
再び一礼した後、俺は演台の上に置かれた銀の表紙の付いた本を開く。
「……親愛なる教皇ヨーゼフ13世、神に愛されし教皇ヨーゼフ13世。私は貴方の死を心から痛みます。貴方はこの乱世において教会を一つにまとめあげ、世界中の信徒たちに希望を与え続けました。若者も老人も、男性も女性も、この世に生きる全てのイズン教の信徒はその慈悲に溢れた貴方の手の中で守られ続けていました。あぁ、どうか女神様よ。我らが良き教皇ヨーゼフ13世に、快楽で満ち溢れた楽園をお与えください。そして彼をその優しき御手にてお包みください。私たちの心のなかで貴方は常に生き続けています。教皇猊下、今までお疲れ様でした。安らかにお眠りください」
俺は本を閉じ、胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
それに合わせ、参列していた全員が祈りを捧げた。
祈りを捧げ終えると、俺は演台を離れて棺の前に立つ。
棺の前に立った俺に、聖水の入った銀の盆を持った女がやってきた。
誰かと思って見てみると、それはなんとイズンであった。
あぁ教皇、貴方はしっかりと神に見守られていますよ。
俺はイズンから銀のスプーンのようなものを受け取り、それで聖水をすくう。
すくった聖水を俺は棺にふりかけながら、その周りをぐるりと一周した。
最後に俺は彼女から聖書を受け取り、その中の一節、『神の楽園』の節を朗読する。
「汝、神のもとへ旅立つ者よ、歓喜せよ。汝の旅路は幸福に満ち、女神は祝福とともに汝を楽園へと迎え入れるであろう。原罪の穢れなきその地にて、汝は永遠の命を得るであろう。汝、その目を開き、見渡すがよい。そこには、汝が真に求めしものが待っている。旅立つ者を見送る者たちよ、悲しむなかれ。旅立ちし者は楽園にて汝らを永遠に待つ。汝、旅立つ者を忘れることなかれ。彼らは約束の地にて、汝らを守護するであろう」
聖書の一節を読み終えると、俺はそのページを開いたまま棺の上に置く。
再び一礼したあと、俺は元いた自分の席へと戻った。
俺が席に戻ると、次に聖女エルシェリアが棺の前に立って一礼する。
「これまでの教会に対する多大なる貢献を鑑み、故ヨーゼフ13世を教会における聖人として列聖することをここに宣言します。聖ヨーゼフ13世。私たちをいつまでもお守りください」
エルシェリアはそう宣言し、棺の上に聖人の象徴とされる月桂樹で編んだ冠を供える。
それと同時に、各国から追贈される栄典などが棺の上に置かれた。
我が国からは、テンプル騎士団勲章が授与されている。
その後、その場に参列している全員での聖歌の大合唱が行われた。
雪のちらつく空にその歌声は天高く響いていた。
聖歌はその場にいたものだけでなく、各地の広場や家々でも歌われていた。
最後に、聖ヨーゼフ13世の遺体を収めた棺が聖堂内へと運び込まれる。
棺を複数人で持ち上げたとき、大聖堂の横に付随した建物で鐘が鳴らされた。
その音を合図に、棺は聖堂の中へとゆっくりと移動していった。
これにより葬式は終了となり、俺たちは大聖堂に一礼した後にその場を後にした。
各国または教会の要人がいなくなった大聖堂前の広場には、多くの人が詰めかけてきた。
彼らは棺が置かれていた場所あたりに、持ってきた花束を備えて彼の死を悼んだ。
ヨーゼフ13世の棺は1日大聖堂内に安置された後、歴代教皇が眠る墓所へと入っていく。
普段は絶対に開かない大聖堂の扉があり、その奥が歴代教皇たちの墓所であった。
こちらでも簡易ではあるが式典が執り行われ、聖歌隊が聖歌を唱和するなどして彼を見送った。
棺が安置された後、その部屋の扉は再び固く閉ざされた。
その後、ここに眠っている歴代教皇たちの肖像画の中に、ヨーゼフ13世も加えられた。
これにて、彼の葬儀が完了した。
……さて、ここからが大変なのである。
俺は生前にヨーゼフ13世から渡されていた、教皇の任命書を指でなぞる。
誰の名前が書いてあるのかは誰も知らない、何なら誰の名前も描いておらず教皇選挙に委ねることになるかもしれないからな。
まぁどう転ぼうと、俺はヨーゼフ13世の言っていた通り、教会と国家の協力関係の構築に努めるとしよう。
たとえ教会側が拒絶してきたとしても、こちら側は挫けることなく根気よく意識を変えることができるよう努力すれば良い。
俺はそう思い、眠りについた。
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