第304話 貴族、追放します
ジョヴァンニの怒号を聞いた1時間後。
俺たちは王都内にある大聖堂へと移動し、洗礼の準備を始めた。
本来は父親で神官のジョヴァンニにより洗礼される予定であったが、急遽変更となり同大聖堂の司教が代わりに執り行うこととなった。
イーデ獣王国の貴族たちが大聖堂内部を固める中、洗礼式が挙行された。
洗礼盤に満たされているのは、聖水と呼ばれている、ハインリヒ聖王国裏の泉で汲んだ水であった。
それに王太子は頭から下をつけられ、洗礼が完了する。
洗礼が完了したあとは身体の水分を純白のタオルで吸い取り、彼を綺麗な布でくるんだ。
次に行われるのが、代父母の証人と洗礼名、彼の名前の決定であった。
俺とグレース、ベアトリーチェは女神像の前で代父母になるという宣誓を行った。
「では、女神様に変わってこの子に名前を付けてください」
「この子の名は……アキレスだ」
「アキレス……女神よ、アキレスをどうぞお守りください」
司祭がそう祈ったところで洗礼式は終了し、王太子アキレスの姿が大聖堂のバルコニーから国民にお披露目された。
父親と同じく狼の獣人であり、王太子、次代の王にふさわしい見た目をしていた。
そのため、王太子の見物に来た国民にも評判は上々のようだ。
そんな民衆の後ろで、この前の自警団の兵士がじっとバルコニーを眺めている。
しばらく眺めたあと、彼らはその姿をすっと建物の影に隠した。
大多数の人間はその事に気づかず、ただアキレスに最大限の祝意を向けていた。
◇
「陛下、イーデ獣王国の王太子の名が決定したそうです。名はアキレスと言うとのことです」
「そうか。ではアキレスの無病息災を祈って祝電を送ってくれ」
「承知しました。それと、ようやくですが貴族たちを王都イリオスに集め終えました。今であれば各貴族の領邦はもぬけの殻です」
「……分かった。では予定通りの場所へと配置させろ」
ルイの手元に置かれている資料。
そこにはゼーブリックの地で元フライコーアから訓練を受けている機甲部隊の情報が記されていた。
現在創設されている規模は5000人程度と少数ながらも、大陸では最新鋭の兵装だけで構成されていた。
……その日の夜
領邦をもぬけの殻にして王都へと馳せ参じてきた貴族たちは、あらかじめ建てさせられていた館に一家全員で宿泊している。
これもルイの計画のうちであり、軍事力を持ってして一気に権力の掌握を行おうとしていた。
何も知らない貴族たちは、ルイに用意されたパーティー会場で呑気に酒や饗宴に興じていた……が、ひとりだけは違った。
「お父様。せっかく色々な地域の貴族の方々が集まっていると言いますのに、こんなところでゆっくりしていてもよろしいのですか?」
「ん、フアナか。父さんは今少し疲れているからな、フアナは適当に他の貴族の子どもたちと遊んでいて構わないぞ」
「ふーん……じゃあ私は学校の級友と話してきますわね」
「あぁ。行ってらっしゃい」
部屋の端っこで椅子にゆったりと腰掛けながら考える。
特に何ら用事がないにも関わらず、こうして王都に呼び出された理由に見当がつかなかった。
ゆっくり思考に耽っていると、彼の真向かいに立派なヒゲを蓄えた老人が座った。
「サイトカイン子爵殿。何をそう悩んでおられるのですかな?」
「モーリス辺境伯殿。実は少し不思議なことがありましてな」
「不思議なこと? 何でしょうか?」
「いえ、大したことではないのですが。私には陛下が我々をイリオスに集めた理由がわからないのです」
そう言うサイトカインの顔を、モーリスはじっと見つめる。
そんなモーリスの顔を、サイトカインもまたじっと見つめる。
しばらく見つめ合ったあと、モーリスはゆっくりと立ち上がった。
「陛下が何を考えているのかは分かりません。ですがあの聡明な陛下のことです、なにか考えがお有りなのでしょう……我々は陛下に従うのみです」
「それは……」
「もはや軍は陛下が掌握しています。そして陛下はどうも貴族がお嫌いのようです。我々は嵌められましたね」
「……!!」
モーリスの言葉を聞いたサイトカインは、ルイの目的が何であるかを悟った。
一方モーリスは名推理を果たしたように見えているが、実際は事前にルイから話を聞かされていた。
彼以外の辺境伯もまた、待遇の向上を条件にゼーブリックにいる機甲大隊を無条件で国境を通らせることを約束していた。
「くそっ! 今から領邦に戻ろうにも1日はかかる、しかも今は夜だ!……してやられたな」
サイトカインの落胆ぶりを見た他の貴族が、何があったのかと聞きに来る。
そこで彼は自分の考えをほかの貴族に伝えると、それを聞いた彼らは顔を真っ青にする。
会場内の全員がその事を知った頃には、もう既に遅かった。
◇
『合図が出た。全軍、進撃を開始せよ』
貴族たちが騒然としているところ、国境沿いに展開していた5000人の5個機甲大隊が領内へとなだれ込んできた。
辺境伯たちの手引きにより彼らは難なく国境線を越え、自国内を疾走する。
その後5方面に分かれた各部隊は、その快速を活かして次の領邦へ、次の領邦へと侵入していく。
各領邦の主要な町と町を点と点を線でつなぐように進軍する彼らは、尋常ではないスピードで行く先々の領邦を支配下に治めた。
朝が明けるころには半分以上の領邦が占領されており、部隊は進路を王都へと一直線に取る。
朝になったことで貴族たちは脱出しようと試みたが、館の前には警備兵が立っていて抜け出すことは困難であった。
3日目の晩までには王都を包囲、そのままの勢いでイリオスへとなだれ込んできた。
そんな彼らをルイは出迎え、機甲大隊の兵士たちは彼に敬礼を行う。
一瞬で自分の領邦を、広大な土地を失ったことを悟った貴族たちは、その部隊を見ながら涙を流した。
こうしてルクスタント全土はルイの支配下に置かれることとなり、貴族たちは領主としての土地を失った。
完全に力を失った彼らに残された道は、ルイからお金を受け取り、官僚として働くことしかなかった。
ここに常備軍と官僚制の2つが揃ったルイは、絶対王政への道のりを更に進めた。
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