第286話 身代わり捜査
「カール……あなたって意外とお金持ちなのね……」
「え? いや、そんなことはないと思うよ、アハハ……」
ルイは、一瞬金を出したことを軽率だったかと考えたが、しかし、民を救うという彼の理念からすれば、出さないという選択肢はなかった。
お礼に店主からもう1本ずつ串焼きを追加でもらえたので、それを頬張りながら彼らは通りを練り歩く。
しばらく歩いていると、ルイたちは町の中央で浮浪者がたまっているのを見つけた。
彼は行きに来た時には見ていなかった浮浪者がこれほどはびこっていることに驚いた。
そのうちのひとりに彼は近づき、声をかけてみる。
「こんにちは。ちょっとお話良いですか?」
「ん? なんだボウズ。俺なんて浮浪者の話を聞きたいのか?」
「えぇ。少し気になりまして。良いですか?」
「まぁ良いが……代わりにそれをよこせ」
浮浪者はそう言ってルイの持っている串焼きを指さした。
食べかけの串焼きでいいのかとルイは思うが、そのまま串を渡した。
それを受け取った浮浪者はすぐに肉を口へと放り込み、食べ終わると串を地面に放り投げた。
「あぁ、久しぶりにまともな食事にありつけた。例を言うぞボウズ」
「いえ、そんなものでいいのであれば……」
浮浪者は立ち上がり、ルイに握手を求めた。
ルイはその求めに応えて手を差し出し、がっちりと握手を交わす。
そんな浮浪者の手は大きく、豆だらけでゴツゴツしていた。
「……っと、動くな。変なお友達がやってきたようだ」
「変なお友達?」
「あぁ。ボウズが金を持っているのを見て集って来た金の亡者だ。だが安心していろ」
「? う、うん……」
ルイは最初から尾行には気がついていたが、あえて手を下していなかった。
もしも襲ってきた場合は連れのものに合図をおくればと思って放置していたが、どうやらその必要はなかったようだ。
浮浪者はルイをかばうように前に立つと、キッと尾行してきた人間たちを見つめる。
「なんだあのオッサン……ってまさかあれ!」
「うぉっ、不死身のコッホじゃねえか! あんなの相手にはしたくねぇ! 逃げるぞ!」
「おうっ!」
「はぁ……逃げるのであれば最初からこなければ良いものを」
浮浪者はため息を付いて男たちに愚痴を言う。
腕を振るわずして制圧した彼を、ルイは驚いた目で見ていた。
そんな彼らであったが、浮浪者は再び手を差し出して言った。
「さて、挨拶が遅くなったな。俺はコッホだ。ボウズの名は?」
「カールです。よろしく」
「あぁ。そっちの嬢ちゃんは?」
「マリーよ。よろしくね〜」
コッホはルイの手を離し、再び地面に座り込んだ。
彼ははぁーっと息を吐くと、細々と話し始めた。
その内容は、彼が浮浪者となった経緯についてであった。
「俺は先のスタンピードに即してギルド連合軍に招集されたんだが、そこで怪我を負っちまってな。左手が動かなくなっちまったんだ。これでもAランクの強い冒険者だったんだぞ?」
コッホはそう言いながら、彼の左腕をまくりあげて傷跡を見せる。
「戦闘力を失った俺は後方に退くことになってな、ここサイトカイン伯爵領に戻ってきたんだ。戻る時に戦傷者はギルドから見舞金が出ると聞いていたんだが、いざ戻ってきたら支払いは不可能だと言われてな。それ以降まともに仕事もできなくなっているから貯金は早々に底をつき……」
「まて、朕は戦傷者にあまねく見舞金を与えるよう諸侯に命じたぞ?」
「お前……何を言っているんだ?」
「はっ! い、いや、なんでもないよ。うん、なんでも……」
コッホとマリーは訝しげな目でルイを見る。
ルイは何とか笑って場を誤魔化そうとして、彼の発言はどうにか子どもゆえの妄想と捉えさせることに成功した。
その後コッホは再び話を続ける。
「で、行く当もない戦傷者たちが集まっているのがここってわけさ。領主様はなんの対策も取ってくださらないし、やはり我々のような下級民には厳しいんだな……」
ルイはコッホの言う通りあたりを見回す。
確かに彼らはただの浮浪者ではなく、スタンピード戦線にて負傷した戦傷者たちであった。
一部の者は体が欠損しており、もう二度と仕事はできないような体のものも多かった。
「まぁ俺が浮浪者になった理由なんてそれぐらい――カール、マリー、少し隠れろ」
「えっ?」
「良いから路地裏深くに隠れるんだ、早く!」
コッホはルイとマリーを路地裏に隠れるように急かす。
他の浮浪者たちも急いで路地裏の方へと逃げており、ルイは何が起こっているのか分からずそれに従う。
彼はそぉーっと路地裏から表を覗いていると、騎馬の音が近づいてきた。
「国王陛下のお通りだ! 穢らわしい浮浪者共はすぐに隠れろ!」
大きな声をあげてやってくるのは、サイトカイン伯爵お抱えの騎士たちであった。
彼らは町中にいた浮浪者たちを路地裏へと追いやりながら先に先にと進んでいく。
だから浮浪者を行きには見なかったのか……とルイは実態を知りがっかりして肩を落とした。
「おい! すぐに隠れろと言っているだろう!」
「申し訳ございません! でも、その、足が動かなくて……!」
「うるさいっ! 言い訳をしている暇があれば早く失せろ!」
「そうは言ったって……あぁっ!」
足を痛めて動けない女に対し、騎士は槍の石突で腹をどつく。
あまりの痛みに彼女は打たれた腹を抑えた状態でうずくまった。
それを見た騎士は軽く舌打ちをし、槍の向きを変えて女に刃の方を向けた。
「そもそも貴様ら障害者は領土内から抹消されるべきなのだ! 自らの身の不幸を恨みながら死ね!」
「あぁ……そんな……」
『待てっ!』
ルイはとっさに声を張り上げて路地裏から飛び出す。
騎士は槍を振り下ろす手を止め、ゆっくりとルイの方を向いた。
彼は眉間にシワを寄せながらルイに向けて吐き捨てるように言う。
「なんだ浮浪者のガキ。貴様らのような身分の人間が騎士である私に口出しをするとでも言うのか?」
騎士はそう言って槍の刃先をルイの喉元に近づける。
だがルイは動揺することなく、にやりと口角を上げて言った。
「それは朕の言葉だ。貴様のような身分の人間が太陽王たる朕を愚弄するとは笑止千万。だがそれはまだ良い。だが貴様、今このおなごを殺そうとしていたな? 障害者であろうが浮浪者であろうがこれらは国という組織を構成する細胞たる国民、つまり国家たる朕の息子娘である。それに手を付けるということはどういうことか、分かるな?」
「何を言って――」
「もう遅い。また黄泉の国で会おう」
ルイはポシェットを思いっきり叩いて兵士に合図を送る。
それと同時に影に隠れていた兵士がKar98kを発砲、騎士は頭を撃ち抜かれて落馬した。
死人となった騎士の亡骸を、ルイは冷たい目で見下ろす。
「あ、あの……」
「貴女も朕の娘だ。貴女が努力するのであれば神の恵みは必ず与えられよう。足が悪かろうと精進するんだぞ」
「は、はい……」
「ルイ1世陛下! お怪我はありませんか!」
兵士は物陰からでてきてすぐにルイの無事を確認する。
彼らはルイの無事を確認すると安堵し、彼の周りを囲うようにしてその場を立ち去った。
あとに残されたものには何が起こったのかさっぱり分からず、首をかしげるばかりであった。
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