第283話 共同統治者として
「グレース様。本国のカール様より書簡が届いております」
「書簡が? 見せて頂戴」
グレースはフランハイムの宮殿のメイドからもたらされた手紙を受け取り、中身を読む。
その手紙を読むにつれて彼女の顔はどんどんと青くなっていく。
最後まで読み切った頃には、彼女はひどい衝撃で言葉も出なかった。
グレースは立ち上がるとよろよろとあるき出し、自身の部屋を出ていった。
手紙を持ってきたメイドは驚き、すぐにベアトリーチェを呼びに走っていった。
彼女自身は廊下を歩いて中庭へと歩き、中央においてあるガゼボの椅子に座り込んだ。
メイドに呼ばれたベアトリーチェはすぐさま仕事を切り上げてグレースの元へと向かう。
彼女はまずグレースの部屋に行ったが誰もおらず、廊下を歩いているとガゼボにいるグレースを見つけた。
ベアトリーチェはガゼボへと向かい、グレースの隣に座る。
「急にどうしたんじゃグレースよ。何かあったのか?」
「その、手紙の内容があまりにも衝撃的で……」
「手紙、あぁ、これか。少し読んでも良いか?」
「えぇ……」
ベアトリーチェはグレースの許可を取って手紙を読む。
何がそんなに衝撃的なのかと思って読み始めていたベアトリーチェであったが、すぐにその意味がわかった。
彼女もグレースと同様、手紙を読み終わる頃にはひどい衝撃を受けていた。
カールのしたためた手紙の内容、それはグレースの退位要求であった。
彼はグレースの男性恐怖症に伴って彼女が政治能力を失っていることを理由に、彼へと王権を譲ることを望んでいた。
だがグレースの王権は、彼女の父親を蹴落としてまでして得たものでありそう安々と渡せるものではなかった。
それに加えて一番の衝撃であったのは、自分では理解しつつもこうして実弟から文書ではっきりと『公務の遂行が不可能』と書かれたことであった。
自分の中で抑えていた何かが決壊したような、そんな感情をグレースは今感じていた。
「グレース……一旦この手紙のことは忘れるのじゃ。今すぐに決断せずとも良い」
だがグレースも理解していた、このままではいけないと。
彼女は何度か男性との接触を試みてきたが、可能であったのはウェルニッケとロンメルだけであった。
そのため、公務復帰にはまだまだ長い時間が必要であると推測された。
「……ベアトリーチェ、申し訳ないけれど男の人を誰でもいいから呼んでくれるかしら?」
「グレース、あまり無理はしないほうがよいぞ?」
「分かっているわ。でも、お願い……」
「……分かった。誰か呼んでこよう。少し待っておれ」
ベアトリーチェは椅子から立ち上がり、誰か男を呼びに行った。
少し待っているとベアトリーチェは男の使用人を連れて戻ってきた。
彼らは頭を下げた状態でグレースの下へとやってきて、ベアトリーチェの合図で顔を上げる。
「……」
「……グレースよ、そんなに顔をしかめては……」
「……はっ、ご、ごめんなさい」
「大丈夫です。陛下のためであれば私共はどんな顔をされようと構いません」
その後グレースは会話を試みたものの、あまりうまく話は続かなかった。
ただし男性がいても前のように極度に嫌がることはなく、多少の会話を行うことは出来た。
その様子を見たベアトリーチェと使用人たちは少し安堵した。
「グレース、これ以上は身に堪えるじゃろう。今日はこのぐらいにしておれ」
「……そうね。付き合ってくれてありがとうね」
「とんでもございません。また御用でしたらいくらでもお付き合いいたしますよ」
使用人たちは一礼すると、自分の持ち場へと帰っていった。
彼らが中庭を出ていくのを見たグレースはどっと疲れたように背もたれにもたれかかる。
その横にベアトリーチェは腰掛け、グレースにねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れ様じゃ。前よりは改善しておるではないか。その調子じゃぞ」
「そうね……でも随分と疲れたわ。またあんな事があるかもしれないと思うと怖くって……」
グレースはそう言うと自身の腕をぎゅっと掴む。
そんな彼女の背中にベアトリーチェはゆっくりと手を回し、グレースを守るように優しく包んだ。
しばらくそうした後、グレースはすっと立ち上がってベアトリーチェに言った。
「私、心を決めたわ。カールに返事を書くことにするわ」
「……そうか。どうするかはグレース次第じゃ。妾はお主の考えを尊重する」
「……ありがとう。では失礼するわ」
その後グレースは自身の部屋に帰り、それから1日ほどじっくりと文面を考えて返事をしたためた。
その返事は厳重に封を施され、ちょうど休暇でミトフェーラのロンメルに会いに来ていたルーデルの乗るJu-87 G-2にてルクスタントへと届けられた。
◇
「カール陛下、フランハイムのグレース陛下より返事が届きました」
「ありがとう軍務卿」
カールは軍務卿から手紙を受け取り、封蝋を外して中身を読む。
彼は一通り読み終えた後、嬉しそうに小さく笑いながら手紙を机の上に置いた。
カールは立ち上がると、軍務卿に笑いながら言った。
「姉さまは退位しない意向だ。だが私は代わりに姉さまの共同統治者に選ばれた。つまり私は、いや朕はこれよりこの王国の国王となる」
「なんと! ではすぐにでも戴冠式を執り行いましょう」
「戴冠式は派手に行うぞ。貴族たちに見せつけねばならんからな」
「分かっております。早速教皇にも打診しましょう」
そう言う軍務卿を、カールは静かな目で見る。
軍務卿はその瞳の奥に隠された気持ちがよくわからず、じっと彼の顔を見つめた。
カールは口角を少しだけ上げると、軍務卿に小さく囁いた。
「『ルクスタントでの政治は、国民が苦しまず、各国と仲良くできるのであれば好きなように執り行って良い』と姉さまからの手紙に書いてあった。よって朕は自らの信頼できる忠臣だけを従えて政治を行うことにする。王の直接行う政治、親政だ。卿、貴殿にはその片翼を担って欲しい」
「……はっ、命をかけてお仕えいたします」
その後、事情を聞いた各地の貴族たちはカールに祝意を込めた手紙を送った。
だがその心のなかでは、カールの見せる絶対王政的な考え方に危機感を抱いているものも少なくはなかった。
色々な思いが交差する中、カールの戴冠式の準備は着々と進んでいく。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




