第280話 とある搭乗員の挙式
結婚の許可を出してから数日後。
遂にテイラーとクラウディアの結婚式の日がやってきた。
俺はいつもの軍服ではなく、できるだけ目立たないモーニングで結婚式に臨む。
オリビアの運転するグロッサー770で俺は大聖堂へと乗り入れ、所定の座席にて開式の時を待つ。
俺は新郎側の席に座っており、向かい側の新婦側の席には正装に身を包んだ、クラウディアの村の人々が座って同じく結婚式の始まりを待っていた。
大聖堂の裏の控室では、新郎テイラーと新婦クラウディアが同じく始まりの時を待っていた。
テイラーはポケットから受け取ったポーションを取り出し、クラウディアに差し出した。
彼女はそれがなにか分からず困惑した顔でテイラーを見つめる。
「大丈夫だ。それは司令から預かったプレゼントだ。結婚式の直前に飲むようにと言われている」
「陛下から……私が飲めば良いのかしら?」
「あぁ、そうだ。その液体は私たちの夢を叶えてくれるらしい」
「夢を叶えて……ではいただきます」
クラウディアは瓶の蓋を取り、少しためらった後中の液体を喉に流し込んだ。
それと同時に彼女は激しい痛みに襲われ、苦痛の声を上げる。
驚いたテイラーは彼女に駆け寄るが、その声は急にピタリと止んだ。
「テイラーさん……少し手を離していただけるかしら……」
「あ、あぁ……」
クラウディアはテイラーに手を離してもらうと、車椅子の肘置きをゆっくりと、しかし力強く手で押した。
彼女の体はゆっくりと持ち上がり、やがて彼女は車椅子をおりてまっすぐに立った。
彼女は少し震えながらも一歩足を前に進める。
「……私……歩ける……歩けるわ!」
「本当かクラウディア! すごいじゃないか!」
「すごいのはあの薬よ……本当に陛下には感謝しかないわね……」
「あぁっ、そんなに泣いては化粧が……いや、今はそんなことはどうでもいいか」
結局クラウディアの化粧直しに時間がかかることとなり、結婚式開式は少し後にズレた。
◇
化粧直しも終わり、仕切り直しで結婚式が始まるときを俺たちは待つ。
そうしていると大聖堂内にメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』より『結婚行進曲』が響き渡った。
いよいよ結婚式が開式するという合図であった。
ミラは今回は神父役として先に祭壇に登壇している。
まずは先に新郎であるテイラーが拍手とともに入場してきて、ミラのいる祭壇へと上がる。
彼は陸軍の礼服を身にまとい、胸には戦勝章を身に着けていた。
『それでは、新婦の入場です。拍手でお出迎えください』
そのアナウンスと同時に後方の扉が開き、真っ白なドレスを身にまとったクラウディアが姿を表した。
彼女は帰ってきた父親を伴ってゆっくりとバージンロードを歩む。
そんな彼女に対して俺たちは最大限の拍手を送った。
クラウディアは祝福の中を進み、祭壇へと上がる。
俺は彼女が狙い通り再び歩けるようになっていたことに安堵した。
2人はしばらく見つめ合い、その後ミラが問いかけを行う。
「テイラーさん。あなたはこれからもクラウディアが苦しい時には支え、悲しんでいる時にはなぐさめ、つねに尊敬と感謝を忘れず、永遠に愛し続けることを誓いますか?」
「はい」
「クラウディアさん。あなたはこれからもテイラーが心細い時には励まし、疲れている時には癒し、つねに尊敬と感謝を忘れず、永遠に愛し続けることを誓いますか?」
「はい」
「では誓いのキスを」
テイラーはクラウディアのベールをすっと上げる。
そして2人はお互いの唇に軽くキスをした。
その瞬間、会場中から大きな拍手が沸き起こった。
しばらく経ってようやく拍手が鳴り止み、式は次の段階に移る。
ミラは台の上においてあった指輪の載った盆を持ち上げ、恭しく捧げた。
テイラーとクラウディアは1つずつ指輪を持ち上げ、そしてお互いの左手薬指に指輪をはめる。
また再び拍手が起き、拍手の後は新郎新婦が結婚証明書にサインを行った。
これは実際に証明書として効力を有するものであり、これは後に役所に提出されることとなる。
またそれを保証するため、新郎側立会人のグデーリアン上級大将と、新婦側立会人の村長がそれぞれ証明としてサインを行った。
これにて挙式は終了し、2人は並んでバージンロードを歩いて退出する。
大きな拍手に包まれながら2人は扉の前でこちらを振り向き、深く頭を下げた。
そして扉が開かれ、2人は一旦姿を目の前から消した。
◇
挙式後には、披露宴が執り行われることとなっていた。
俺たちは場所を帝都郊外に造成された小さな集落へと移す。
ここには俺からテイラーたち2人への贈り物である家が用意されていた。
この家のお披露目会と同時にここが披露宴の会場となった。
集落の住民が協力してくれることになっており、彼らはこの家に様々な飾りつけを施していてくれた。
俺たちは先に会場に移動し、2人が到着するのを待つ。
「あ、来たぞ!」
誰かが遠くを指差してそう言う。
その指の先には、真っ白に染め上げられたグロッサー770に乗った新郎新婦の姿があった。
車の後方には空き缶が取り付けられており、カラカラと軽快な音を鳴らして近づいてくる。
彼らは再び祝福されながら披露宴の会場にやって来る。
そこで(本人はいるが)名目上皇帝代理という名で彼らに新居の鍵をプレゼントした。
彼らはまさか会場を貰えるとは思っていなかっったため驚愕するが、そんな彼らをさらに驚愕させるものが登場した。
ウォォォォォォン――
鈍い音を響かせてやってくるのは、はるばるノルン島から飛来したB-29の部隊であった。
各機ジュラルミンの翼にお祝いのメッセージを書き込み、披露宴会場上空をフライパスする。
その時に爆弾倉に詰められていた大量の紙吹雪が投下され、披露宴は早くも最高潮を迎えた。
その後も他の爆撃機や戦闘機、ヘリコプターによるフライパスが行われた。
ここから見える海上には、満艦飾を行った海軍科所属のプリンツ・オイゲンがおり、祝砲を発射した。
こうして結婚式は大成功のうちに幕を下ろし、その宴は深夜まで続いた。
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