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8 古代魔道具の解読

 パートランド領の河川から外してきた古代魔道具を前に、ルシールからため息が零れる。魔術式が刻まれた石はフリスビーのような形をしていて、そこそこ大きいので、文字は読める大きさで書かれている。ただ、その刻まれた魔術式が隣国の言葉で書かれている上、経年劣化によって、欠けていたり薄れたりしていて読みづらいのだ。


 ルシールは書かれていると思われる魔術式を一旦ノートに書きだして、辞書とにらめっこしている。だが、なかなか意味のある魔術式にならない。


 そもそもルシールには魔術式の基礎知識がない上に、馴染みのない隣国の言葉だ。ルシールは解読と平行して、古代魔道具や魔術式の勉強を独学でしなければならなかった。


 ヘクターは最終学年で、今年度で卒業なので、卒業発表用の古代魔道具を作り、論文を書かないといけない。初めはヘクターが解読してくれると申し出てくれたのだが、さすがにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと固辞した。それでも、忙しい合間を縫って、ルシールに魔道具科で学ぶ基礎の部分を教えてくれている。


 「さすがに無謀だったのかな……」

 自分のような古代魔道具はおろか、普通の魔道具についての基礎も知らないのに、隣国の古代魔道具の魔術式を解読するのなんて。魔術式について勉強した方がいいのか、取り外した古代魔道具の魔術式の部分だけを当りをつけて調べて行ったほうがいいのか試行錯誤して、日々ルシールには焦りと苛立ちが募っていった。自分で解読するとヘクターに啖呵を切ったのに、全然作業が進まないし、魔道具の事を教えてもらうのに結局ヘクターに時間を削ってもらっている。


 「ルシール、調子はどう? おぉ、ひどい顔色だな」

 いつものように気配もなくふらりとヘクターが現れた。


 「ヘクター先輩、ごめんなさい。卒業発表用の古代魔道具とか論文とか仕上げなければいけないんでしょ? 自分で解読するって言っておいて、結局迷惑かけてる……」

 そんな口先ばかりの謝罪なんて意味はないとわかっている。ヘクターに甘えているだけだ。そんなことないよって言って欲しいだけなんだろう。自分の浅ましさにルシールは顔を上げられない。


 「終わったから大丈夫だ」

 「えっ?」

 なんの事なのかわからずに、ルシールは俯いていた顔を上げると、ヘクターが真剣な表情で、古代魔道具とルシールの書いた魔術式を見比べている。


 「なんの知識もないのに、ここまでよくがんばったな。卒業発表用の古代魔道具は出来上がっていたし、論文も仕上げだけだったんだ。そうじゃなきゃ、現地まで一緒に行かないよ。ここからの解読は俺がするよ」


 「……ありがとうございます」

 あれだけロジャーに偉そうなことを言っておいて、ルシールもヘクターの前では淑女の仮面を被れた試しがない。今も涙が一筋頬を伝っている。


 「ルシール、君のしたことは無駄じゃない。これは、取り外した全ての古代魔道具の魔術式を全て書き写したものか?」

 初めは、全ての物に同じ魔術式が書かれていると思い込んでいた。前世、日本人だった意識が強いのかもしれない。家電製品のように、均一で同じものが量産されていると思ったのだ。しかし、よくよく見てみると、一つずつ微妙に書かれている魔術式が違っている。一つ一つ手作りで作られていたのだ。そのこともまた、ルシールを悩ませた。悩んだ結果、まずは全ての物の魔術式を一覧にして、共通項を探そうと思ったのだ。


 「なるほど。なんとなく見えてきた。辞書を見せてもらっていい?」

 ルシールは無言で隣国の辞書を差し出した。ヘクターも無言で受け取り、ルシールの書いた魔術式の紙にどんどん書き込みをしていく。


 「ルシール、しばらく時間が欲しい。ちょっと、休憩してな」

 「はい」

 ルシールは涙をぬぐうと、大人しくヘクターから離れた視界に入らない位置の椅子に腰かけた。お茶を飲む気にもなれなくて、作業するヘクターの姿を見つめた。髪ゴム君一号で髪をまとめるようになってから、ヘクターの髪はピシッとまとまるようになって、綺麗な横顔がよく見える。辞書を引いては、さらさらと紙に書き込みをして、時折、古代魔道具を確認して、真剣に作業している様子をただ見守ることしかできなかった。


 「ルシール、だいたい解読できたと思う。やっぱりパートランド伯爵のおっしゃっていたように、この古代魔道具に触れた水を吸収するという単純な仕組みみたいだ。水の収納先は仮想空間だ。そして、水に触れなくなると、今度は水を少しずつ放出する。水の吸収量に上限はあるみたいだが、かなりの個数を設置してあったから、上限を超えることはなかったんだろう。単純だけど、よくできている。あと、これを作成した人は向上心が強いのか、遊び心があったのか、同じ効果のある微妙に違う魔術式を使っている。これはなかなか難易度が高かっただろう」


 こと古代魔道具に関しては、前世と今世とどちらの文明が進んでいるのか、わからなくなる。前世の日本は文明は進んでいたが物の収納や、物を運ぶということに関しては画期的な手法はなかった。古代魔道具では、仮想空間を使う魔術式があり、魔法のようにその点をクリアしてしまうのだ。その魔術式を刻んだ袋を用いて、かさばるパートランド伯爵領の古代魔道具も小さな袋一つで難なく回収、運搬することができた。本当なら大型の馬車を引いて回収しなければならなかっただろう。

 

 「ヘクター先輩、お疲れ様でした。私にはさっぱりわかりませんでした。こんな短時間で解読してしまうなんて、本当にヘクター先輩ってすごいんですね」

 「そうそう、俺ってすごいんだよ。学年ではトップの成績だったしね。王宮の古代魔道具師からスカウトが来るぐらいだしね。ルシール、魔術式の意味を書き込んだけど、読めるかな?」

 「ええっと、うーん……なんとか」

 走り書きされたヘクターの文字はみみずがのたくったような読みにくい文字だが、なんとか読むことができた。ルシールが書いた隣国の言葉の魔術式も所々、訂正されている。ヘクターが説明してくれた通り、この古代魔道具が水に触れたら、水を仮想空間に収納する。そして、水に触れなくなったら、少しずつ放出する。収納する水の上限と、水を放出する速度も指定できるのだが、それは物によって数字がまちまちだった。


 「古代魔道具の価値をお金に換算するってなかなか難しいんだよな……元手がかからないといえばかからないし、古代魔道具師の人件費くらいか……。そっちの算出は教授としてみるよ。問題はここからだ。この古代魔道具に魔力を充填して戻せば、使用はできる。でも、婚約破棄したいなら、使うことはできない。どうしたい、ルシール?」


 ここまで、ヘクターに協力してもらって、時間を費やしてきたのは、ルシールがロジャーと婚約破棄することが目的だった。でも、婚約を破棄したら、この便利な古代魔道具はもう使えない。河川の問題はまだ解決していないのだ。ルシールの気持ちがぐらりと揺れる。


 ――ルシールが我慢してロジャーと結婚したら、この古代魔道具を使い続ける事ができる。そうすれば、領地の河川が氾濫することはない。その結婚が例え不幸なものになろうとも。


 「言い方を変えよう。ルシールが取れる選択肢は二つだ。一つは婚約を継続して、この古代魔道具に魔力を充填して、設置しなおして使い続ける。もう一つは婚約を破棄して、この古代魔道具も婚約者の家に返却する。そして、新たな古代魔道具を作成して、設置する」


 「えっ? 新たな古代魔道具?」

 ルシールの頭には、もう婚約を継続するしかないという考えで占められていて、ヘクターの言葉が頭に入ってこない。


 「シンプルな術式だから、このロジックを流用して作成することは可能だ。どうしたい、ルシール?」


 「私、可能なら婚約は、破棄したいです。でも、伯爵領の川の氾濫も防ぎたいから、新たな古代魔道具を作って設置したいけど……」

 「なら、決まりだな。一緒に作ろう。大丈夫、上限値の計算とかルシールのできる雑用もたくさんあるから。まぁ、災害とはいえ、自然を古代魔道具で操作することの是非とかは、おいおい考えて行かないといけないだろうけどな……」


 これから更にヘクターに負担がかかる状況に、ルシールが言葉を濁すと、ヘクターがかぶせるように作成を請け負ってくれた。更には、ルシールが気になっていた点も意識してくれている。


 「……よろしくお願いします」

 「じゃ、今日はここまでにして、明日から早速作っていこう。楽しみだな。今日はしっかり眠れよ」

 

  ヘクターのいい笑顔に、古代魔道具の作成が本当に好きなんだな、とルシールは自分を納得させた。数日間ルシールを悩ませていた河川の古代魔道具の解読問題はヘクターのおかげであっさりと解決して、方向性も決まったことにほっとした。

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