7 古代魔道具研究室、再び
「ルシール殿、ルシール殿、この髪紐についているのは古代魔道具ではありませんか?」
「パルム先輩。おはようございます。そうですよ。『髪ゴム君二号』です」
「ほーぉ。見せていただいても?」
「どうぞ」
ルシールは、自分の髪から『髪ゴム君二号』を外して、パルムに手渡した。古代魔道具研究室で、『髪ゴム君二号』について聞いて来たのは三人目なので、慣れたものである。挨拶もなしに自分の興味のあることを捲し立てられることにも慣れた。
まだ長期休暇中だが、ルシールは伯爵領から王都へ帰ってから、学園の古代魔道具研究室に毎日通っている。伯爵領の河川から回収した古代魔道具の解読をするためだ。ルシールは魔道具科にまだ編入していないし、古代魔道具研究室にも所属していない。
父である伯爵から、王宮と古代魔道具研究室へ領の緊急事態であると要望を提出し、それが認められて、ルシールは古代魔道具研究室で、協力を仰ぎながら河川の古代魔道具の解読をすることになったのだ。古代魔道具研究室では、ヘクターが霞むくらいの天才奇才が揃っていて、ルシールが美少女であることも、伯爵令嬢であることも、誰も気にしないので、案外居心地がいい。この研究室にはルシール以外の女性がいないからという理由だけでなく、ずば抜けた才能も、美しい外見も気にしない、古代魔道具のことしか考えていない人ばかりだから、ヘクターも居心地がいいのだろうなと思った。
「おおー、これは!! 単純かつ簡単な魔術式だが……ふむふむ、伸縮する? それになんの利点があるのだ?」
「髪をまとめるのって、普通、リボンや皮紐じゃないですか? まぁ、貴族は侍女とかついているからいいと思うんですけど、くるくる巻いて、最後結ばなきゃいけないでしょ? 皮紐やリボンを初めに結んで伸縮するようにすると、自分で簡単に髪をまとめられるんですよ」
「なーるほど?」
「実際に使ってみたらわかりますよ。ほら、パルム先輩のそのモジャモジャでうっとうしい前髪を結んでみてください」
「うーむ、こうか? ……ほう。おおーールシール殿! わかりましたぞ! これは便利だ!」
パルムは見た目に似合わず器用な手つきで前髪を結んだ。そして、結んだ『髪ゴム君二号』を再び外して、ミョンミョン両手で引っ張っている。
「これは! この伸縮する紐というのは、他にも用途がありそうですな! すごい! すばらしいですぞ! ルシール殿が女子だからこその発想なのか? この研究室は天才ばかりですから、ついつい小難しい物ばかり作ってしまう者ばかりですが、なんというかルシール殿のような凡庸かつ平凡な者だからこその発想の勝利ですな!」
「ほんと、この研究室の先輩って、素直っていうか……普通に失礼ですよねー」
「いやいや、本当に! ルシール殿のごくごく普通の発想が心底うらやましいですぞ!」
パルムは興奮して、ルシールの両手を握りしめてぶんぶん振っている。確かにそこにはルシールを女性として見る思いは一かけらも感じない。
「おい、ルシールも貴族令嬢なんだ。過度な接触はするなと言っているだろう」
突然現れたヘクターがパルムをルシールから引きはがした。『髪ゴム君二号』も無事、ルシールの手元に戻ってきた。
「おお、すまない。ルシール殿はそういえば、女性でしたな、失敬失敬。では、新しい構想が湧いたので、私は失礼します!」
「すまない、ルシール。みんな古代魔道具と研究の事しか頭にないんだ」
「いいんですよ。女性だと思われていないんでしょうし、若干ナチュラルに貶されてた気がしないでもないけど、『髪ゴム君二号』を褒めてもらえましたし」
「うん、俺ももう手放せないよ。その調子で、どんどん新しい物を開発してくれよ」
ヘクターは自分の髪をまとめている小石にピンクの石が連なった皮紐を指さして、自分の机へと向かって行った。伯爵領の河原でルシールの発案で、ヘクターが即席で作った髪ゴム式の古代魔道具だ。ヘクターが気に入ったので、進呈したのだが、後日、小石の横にピンクの石が連なっていた。さらに、お礼にとルシールに新しく作ってくれた『髪ゴム君二号』は皮紐に水色の石がついているものだった。その色はヘクターの髪色を思わせる。
「たまたまなんだよね……? 心をかき乱すことは止めてほしい……」
お互いの髪色の石をつけた髪ゴムとか、なんて強力なアイテムなんだ! 前世のチョロい自分だったら、とっくにフォールインラブだ。戒めのように前世のイケメン紐クズ夫のことを思い出す。ヘクター先輩は中身もイケメンだけど。……嫌々ダメダメ。ヘクターにふらふらしたら、ロジャーと一緒になってしまう。
「ただでさえ、問題が山済みなんだから、集中しないと!」
ルシールは自分の頬をはたくと、気合を入れて、目の前の古代魔道具に向き合った。