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5 古代魔道具の調査②

 「ルシールおねーちゃーん」

 ルシールが『髪ゴム君』に刻んだ魔術式の説明をヘクターに聞いていると、母親に手を引かれた女の子に声を掛けられた。


 「おー大きくなったねー。ララ、お母さんとお買い物かな?」

 長期休暇などで、父と領地を回っているといつも声を掛けてくれる人懐こい少女だ。思わずふわふわの茶色の頭をなでる。


 「そうなのー。今日はシチューをママと作るんだよ!」

 「いいね。おいしく作れるといいね」

 ララは母親と手を繋ぎながら、興奮してぴょんぴょんと飛び跳ねている。


 「ルシールさん、お疲れ様。見回りですか?」

 「長期休暇なんで。そういえば、川って最近、氾濫したことってありますか?」

 「どうですかねぇ、十年前くらい前に大氾濫があって溢れて……そういえば、この子が生まれてから? いえ、大氾濫以降は溢れていないですね。ただ、ここ数年は大雨になったことがないから、そのせいかもしれないけど……ごめんなさいね、記憶が曖昧で。川になにか問題でもあったんですか?」

 「何も問題ないですよ。父から、この川が大氾濫した事があると聞いて。幼い頃の事で覚えていなくて。こんなに綺麗で穏やかな川が溢れたことがあるなんて信じられなくて……。それで、なんとなく聞いてみたんです」

 「そう。相変わらず、ルシールさんは領地の事に熱心ですね」

 

 「おねーちゃーん、このお兄ちゃんは恋人?」

 「違う違う、学園の先輩だよ! ちょっとお仕事のお手伝いしてもらっているだけだよ」

 「こらっ、ララ! ごめんなさいね、余計な事を。ほら、お姉ちゃんはお仕事があるから、行きますよ! ルシールさん、失礼しました。私達は行きますね」

 名残惜し気にこちらをチラチラ振り返りながら、母親に引きずられるように手を引かれていくララを手を振って見送る。


 「ヘクター先輩、ごめんなさい。こういう事言われるの苦手でしょう?」

 「大丈夫だ。領民との距離が近いんだな」

 「お父様と小さい頃から領地を回っていたから……」


 ふいに幼い頃にロジャーと父と領を回った記憶が蘇る。まさかロジャーとの婚約を破棄するために、領を駆け巡ることになるなんて……ルシールは苦い物を飲みこんだ気持ちになった。


 ロジャーが男爵令嬢からもらったクッキーをぼりぼりと食べて、ルシールが婚約破棄を決意して以来、ロジャーと会っていない。今頃、彼は何をしているんだろうか?


 ルシールの勉強や仕事が立て込んでいるので、という理由で週に一回のお茶会は中止している。そのことを手紙で伝えたところ、了解したというそっけない返事がきただけだった。ルシールの在籍する領地運営科とロジャーの在籍する騎士科の建物は離れているので、会おうと努力しないとまったく会えない。そして、そのまま長期休暇に突入した。


 「さぁ、行こうか」

 ヘクターの声かけに、ルシールは気持ちを切り替えた。


◇◇


 まず、川に取り付けられた古代魔道具が見つけられるのか?というのが一番の懸念であったが、父から聞いていた通りの形状であり、教えてもらった場所にあったので、簡単に見つけられた。


 橋のたもとの人から見えにくい位置に、ルシールの顔ぐらいの大きさの円盤状の古代魔道具が埋め込まれていた。


 「これは……」

 一目見て、ヘクターの表情が険しくなる。その表情を見て、ルシールの胸の鼓動が早くなる。

 「先輩、どうなんですか? 見ただけで何かわかるんですか? もしかして古代魔道具じゃないんですか?」


 「ルシール。落ち着いて聞いてほしい。これは正真正銘、古代魔道具だ。どんな仕組みかは外して術式を解読しないとわからない。ただ、一つわかることは、魔力が空だ」


 「え? ……それって?」

 「どんなにすばらしい古代魔道具であっても、込められた魔力が切れてたら動作しない。その原理は魔道具と共通だ。つまり、これは今はただのお飾りでなんの作用もしないってことだ……」


 「そんなっ!」

 「静かに。動揺を領民に悟られるな。落ち着け。すぐに伯爵に連絡を入れる。希望は持てないが全ての地点を見て回ろう。ついでに地図に正確な設置個所もマーキングしていこう」


 なんとか涙をこらえるが、怒りなのか不安なのか恐怖なのかわからない感情が自分の中に次々に湧いてくる。


 今日は雲一つない晴天で、山の緑も青々としている。そして、山あいにそって流れる川は、緑色に澄んでいて、岩に当たって砕ける水音も耳に心地よい。


 この川に設置された古代魔道具が作用していない、ということは……


 台風や大雨が来て、川が牙を剥いた時、この土地はどうなってしまうのだろう? ここで暮らす人達はどうなってしまうのだろう?


 先ほど会ったララ達親子の笑顔が脳裏をよぎる。あの笑顔を守る責任が自分にはあるのだ。


 音声通話できる古代魔道具で父に連絡をとる冷静なヘクターの横顔を見て、ルシールは深呼吸を繰り返した。ここで自分が取り乱すわけにはいかない。それでも、胸の奥のざわめきは消すことができなかった。

 

◇◇


 「全滅か……」


 伯爵領の伯爵邸で、ルシールはテーブルに突っ伏した。

 川沿いに下流から上流までを馬に乗って辿っていった、その疲労感。

 そして、一つ一つ見つける度に、魔力切れなのがわかり、積もる絶望感。


 更には、時折声を掛けてくれる領民に、疲労や絶望を隠して、普段通りの笑顔で接しないといけないことも辛かった。


 「すまない。刻まれている魔術式が隣国の言葉で、すぐには解読できない。だから、どんな動作をこの古代魔道具がしていたかはわからない。研究室にいけば隣国の辞書や資料があると思う。ただ、掠れていたり、途切れている部分があるから、なかなか難しいかもしれないが……ルシール、俺もできる限り手伝うから、あまり気を落すな。今日は何も考えず、風呂に入って、眠るんだ」


 「ヘクター先輩、今回は着いて来て下さってありがとうございます。私では、魔力切れになっていることもわからなかったでしょうし、もしわかったとしても取り乱して、その後、冷静に動けなかったと思います。先輩が父に音声通信の古代魔道具を渡しておいてくれたおかげで、数日中には父がこちらに来て、話し合えますし。本当にありがとうございました。先輩も今日はゆっくり休んで下さい」


 ルシールは重い体を持ち上げて立ち上がり、ヘクターに頭を下げる。


 「可愛い後輩のためだ。なんてことないよ。お休み、ルシール」

 ヘクターは疲れを感じさせない爽やかな笑みを浮かべると、退室した。


 ヘクターのいなくなった部屋はやけに広く感じて、ルシールも重い体を引きずるようにして、自分の部屋へと向かった。疲れてクタクタだけど、きっと今夜は眠れないだろうな、と思いながら。

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