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2 古代魔道具科研究室

 ヘクターは広い学園内を把握しているのか、ルシールの知らない経路をたどり、人に会うことなく魔道具科の棟に着いた。魔道具科の棟に入ってすぐのドアを開くと、そこは魔道具科の研究室だった。


 「お、ヘクター、パートランド君の勧誘にもう成功したのか?」

 「いや、まだ一言も話していないですよ。彼女は婚約者がいるので二人きりで話すのはよろしくないので、教授のいるここで話していいですか?」

 「かまわないよ。パートランド君、魔道具科の古代魔道具研究室へようこそ。ゆっくりしていってくれたまえ」

 「古代魔道具?」

 ルシールは、本やガラクタのように見える様々なものが山積している研究室を見渡した。物が雑然と積まれている研究室は思いのほか広く。教授以外にも研究に勤しんでいる学生が十人くらいいる。皆、目の前の研究に夢中なようで、突然現れたルシールとヘクターに目をくれることもない。


 「えーと、ここに掛けてくれ」

 来客用のソファーとローテーブルにも本が積まれていて、それを移動させてヘクターがルシールに座るように促した。


 「ルシール・パートランドで間違いないな」

 「はい。どういったご用件でしょう?」

 「君は魔道具についてはどのくらい知っている?」

 「えーと、生活に必要な道具で、石に魔素を蓄積させたものを動力として動くのでしょう?」

 前世でいう所の家電製品のようなものだ。動力が電気やガスなどではなく、石に魔素を蓄積させた物が用いられている。石はそこらへんにあるもので良くて、魔素も地面に埋めておけば溜まる。動力が誰でも手軽に作れるものなのは良いが、魔道具へ石を出し入れして、地面に埋めて掘ってという作業が地味に手間がかかる。あと、高い出力を出すには大量の石とそれの管理が必要になるので、自動車に該当するような大きな魔道具はない。


 「では、古代魔道具については?」

 「すみません。ほとんど知りません」

 「国もあまり公にしていないからな。古代と名が付くが、それは魔道具ができる前に作られた物で、魔道具と区別するためにその名称が付いただけで、古代の産物などではない。むしろ、魔道具より先を行く物で、最先端で高性能の魔道具だ。普通の魔道具は、単純で簡単な事しかできない。火を付けるとか、水を出すとか。しかし、古代魔道具は術式さえ組めればなんでも実現できる。この玉のようにな」

 ヘクターは先ほど、ロジャーとミアの不貞現場を写し取った球体を掲げる。


 「実際には術式を刻み込めるような自然物、劣化に耐えられるように石のような鉱物が多いが、それに魔力を持った人間が術式を刻み込む。それだけのことだが、古代魔道具を作ることができる人間には条件がある。まず魔力を持っていなければ作りだすことができない。更に刻み込む魔術式を勉強しなければならない。そして、柔軟な発想力が必要になる。最後に、信頼に値する人間でなければならない」


 「なんでもできてしまうからこそ、倫理観が必要ということですね」

 

 ルシールは前世の記憶を思い出した時に、人が魔力を持っているにも関わらず、それを活用することのない世界だということにがっかりしたことを思い出した。魔力があるのに魔術や魔法といったものが使えないのだ。それが、どうやら魔力を使って、魔法のような道具を作れるらしい。こんな時だけど、ルシールはその話に少しワクワクしてきた。


 「そこでだ、パートランド伯爵令嬢、魔道具科に編入して、古代魔道具研究室に所属し、ゆくゆくは王宮の古代魔道具師として働いてくれないか?」

 「え? ちょっと待って下さい。私は伯爵家の一人娘なので、今在籍している領地運営科から転科するのは無理です。王宮で働くことも」

 「ははっ、ヘクター、君は相変わらず話が真っすぐだね。話を端折りすぎてるんじゃないかい?」

 横から教授の茶々が入る。


 「最初から説明しよう。君には魔力がある。それも俺に匹敵するくらいの多くの魔力を持っている。そして、領地運営科で学年二十位に必ず入っているくらい成績優秀だ。君は本当なら一位になれる実力を持っているのに、わざと手を抜いているだろう? 高位貴族の嫡男を押しのけてまで、トップの成績を取ってもいいことはないとの判断だろう? そして、おもしろい発想力と行動力。婚約者の不貞の証拠を集めるために、貴族令嬢がそんな格好をするか? そして、君の素行を見る限り信頼に値する、と思う。君は古代魔道具を作るのにぴったりの人材なんだ」


 ヘクターに指さされて、自分の今の格好を思い出して、赤面する。ルシールは、薄いピンク色の髪に、ぱっちりとした赤に近い濃いピンク色の目をしている。まるで、前世のテレビアニメの美少女戦士の主人公のような見た目をしている。前世よりはカラフルな色彩であふれてはいるけど、ルシールの外見は人目につく。なので、学園の雑務をこなす侍女のような格好に着替えて、髪はモブキャップで隠し、眼鏡をかけて、ロジャーの授業後の行動を調査していたのだ。自分の成績や素行が全て知られていることに驚く。


 「自分の事を調査されていて、不愉快な気持ちになるのはわかる。それだけ古代魔道具を作れる人材は貴重なんだ。領地運営科と魔道具科の兼任で構わない。俺や教授を含めた研究室のメンバーで勉強や仕事が両立できるようにフォローする。だから、考えてくれないか?」


 「僕からも頼むよ。なかなか条件に当てはまる学生がいなくてね。古代魔道具は国が発展していくのに必要なものなんだ」


 確かに自分で不思議な道具を作りだせるということには惹かれる。でも、ルシールは伯爵家のことと両立できるか自信がなかった。ルシールは即答できずに、しばし思案した。


 「もちろん、ただで、とは言わない。君は婚約者の不貞の証拠を集めたいのだろう? 古代魔道具を使えば証拠集めはすぐに終わる」

 周りを気にしてか、幾分声のトーンを落としてヘクターが告げる。


 ルシールは、あまりの情報量に頭がパンクしそうだった。かぶっていたモブキャップをはぎとって、自分のピンク色の髪を眺める。

 「あーあ、このファンシーな髪の毛の色に見合ったピンクでふわふわな人生がよかった……。なんで十六歳にしてこんなハードモードなの?」

 なにもかもバレていて、取り繕っているのもばからしくなって、素で愚痴る。


 「それで、君はどうしたいんだ? 婚約者の不貞を飲みこんで、婚約を継続するか? それとも、婚約破棄して、新たな婚約者を探すのか?」


 「ううう………」

 ルシールに取れる選択肢は現時点で二つ。

 古代魔道具師になる件を断って、このままロジャーの浮気を見逃して、耐える。運が良かったら改心するかもしれない。でもこのまま婚姻してもあの男爵令嬢が愛人としてくっついてくる可能性もある。そうなったら、ルシールは一人で伯爵家を切り盛りし、子どもを生み、子育てをしなければいけないかもしれない。


 もう一つの選択肢は、この古代魔道具の証拠を元に婚約破棄をして、新たな婚約者を探す。こちらも次の婚約者次第でどんな事になるかはわからないが、ロジャーよりは希望が持てるかもしれない。でも、伯爵夫人と古代魔道具師を兼任しなければならない。


 「どっちの選択肢も地獄か……。腐ったミカンか腐ったリンゴか、どっちか選ぶしかないってやつね……」


 「そうだな、どっちを選んでも地獄だな。どこか辛かったり、不安な部分がある。受け身でいる地獄を選ぶか? 自分で動く地獄を選ぶか?の二択だな」


 「うぅ……他人事だと思って」


 「まぁ、他人事だからな。あと一つ可能性があるとしたら、そんな状況から救い出してくれる王子様を待つか、だな。まぁ、可能性は限りなくゼロに近いと思うけど」


 「却下。王子様もイケメンもクソくらえなんですよ! わかりましたよ。やってやろうじゃないですか! 古代魔道具師もどんとこいですよ! 伯爵家を担っていくのも、王宮の古代魔道具師になるのもやりますよ。信じられるのは己のみなんで。浮気の証拠をバチッと集めて、サクッと婚約破棄して、新たな婚約者を探してやりますよ!」


 天井にこぶしを突き上げるルシールの周りにいつの間にか研究室の人達が集まっていて、大きな拍手が送られた。こうして、浮気の証拠集めは簡単になったが、ルシールの人生はもっと複雑になってしまったのだった。

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