【番外編】古代魔道具より魅力的なもの side ヘクター
「な、見所ありそうじゃないか? どう思うヘクター?」
古代魔道具研究室の教授に連れられて初めてルシールを見た時に、苦手なタイプだと思った。苺の香りでもしそうなくらい甘い外見。ストロベリーブロンドの滑らかな髪に、鮮やかで大きな赤い瞳。華奢で小柄なのに、ちゃんと出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる男好きのする体形。
「魔力があって、成績が良くても、人柄が問題じゃないですか? それにわざわざ魔道具科以外の科から引き抜く必要がありますか?」
少しコツを掴めば、人や物が宿す魔力量は目視で測れるようになる。確かにルシールはヘクターに並ぶくらいの魔力量を持っているようだ。こうして、教授がヘクターにルシールの勧誘を託すということは成績や素行も問題ないのだろう。でも、どうしてもかつてヘクターにまとわりついてきた女達にルシールを重ねてしまう。
「これがなかなか面白い子なんだよ。可能なら、古代魔道具師になってほしいな。まぁ、自分でしばらく観察してみるといいよ。彼女に関する資料はこれだ。よろしくな」
奇才天才揃いの古代魔道具研究室の者は、残念ながらコミュニケーション能力が乏しい。よって、新人勧誘は、女性以外と一応の会話はできるヘクターの仕事になっていた。教授はヘクターの女性嫌いもそうなった経緯も知っている。教授や研究室の連中に巡り合わなかったら女性不信どころか人間が嫌いになってただろうな……。もしかしたら、ルシールは媚びを売るような女性ではないのかもしれない。
確かにルシールは見た目を裏切る人間だった。いい意味で。
見目が良く優秀な男子生徒が揃っている領地運営科で男に媚びを売る事もなく、静かに淡々と勉学をこなしていた。
成績優秀なのに、周りに悟られないように手を抜いている。恐らくプライドの高い高位貴族の嫡男に花をもたすためだろう、学年トップを取れる実力を持っているのに、順位はいつも二十位くらいをうろうろしているようだ。
ルシールの特徴的で、甘い外見に吸い寄せられるように婚約者持ちの高位貴族の男子生徒から声を掛けられている。一時の恋人だとか、愛人にしようという魂胆が見えている。その誘いも、するりと笑顔で躱している。
領地運営科に在籍する女生徒は少なく、ほとんどが婚約者が領地運営科に在籍していて、親交を深めるのが目的であり、真剣に勉学に励んでいるのはルシールしかいない。でも、周りの女生徒に上手く馴染んでいた。
婿入り予定の婚約者が騎士志望で、自分が代わりに領地運営科に進学し、伯爵家の当主教育も受け、伯爵家の仕事もしているようだ。確かに、教授のお眼鏡に適うくらいに優秀でおもしろくて、骨のある人間のようだ。
ルシールが変装をして、婚約者の不貞の現場を探っているのを見たときは思わず自分の目を疑った。自分の婚約者の不貞現場を見て、泣かれるか、ヘクターに縋るかと少し警戒したが、冷静さは失われることはなかった。ほとんどの女子生徒がつけている甘い香水の香りはルシールからしないことに、ほっとした。
自分で異性に受ける容姿を把握しているのも好感が持てた。甘い容姿に見合う甘い人生がよかったと宣う。確かに、本人の言うように、婚約者や伴侶に大事にされるのが似合う外見をしていると思う。
だが、甘い外見に似合わずに、中身は豪胆だった。ルシールはその外見を裏切る、貴族令嬢にあるまじき面白さと発想、そして行動力があった。
時折、落ち込むことはあってもぐいぐい前に進んでいく。
ルシールは前世が庶民で、前世の夫が顔だけはいい浮気して経済的にルシールに頼るクズだったせいだという。理由がなんであれ、強烈に惹かれてしまう。
一緒に、伯爵領の河川の古代魔道具の取り外しや解読や設置をしたのは、もちろん隣国の古い古代魔道具に興味があったからだ。だけど、それ以上にルシールの隣にいたかった。ルシールといる時間は楽しくて心地良い。女だからとか男だからとか関係なく、話をしていて楽しい。こんな感覚は家族以外の人間とは初めてだった。
責任感の強さと頑固さもある。青白い顔をしながらも、助けを求めない彼女に時にイライラした。その苛立ちを隠して手を差し出してしまう。
自分が女嫌いなのを理解して、気を遣ってなにかと距離を取ろうとする。その分の距離を詰めたくなる。
ヘクターは婚約者でも恋人でもないから、そんなことを主張する権利はないのはわかってる。それでも、説明のつかない行動を取ってしまう。
ルシールと一緒に作った髪をまとめる魔道具に浮かれて、ルシールの髪の色を思わせるピンク色の石を連ねた。ルシールには自分の髪の色である空色の石を選んだ。もちろんわざとだ。そんなことをしても、ルシールは涼しい顔をして動揺しない。ヘクターがなにをしても、ルシールの気持ちを揺らすことはできなかった。
古代魔道具研究室にいる連中のことはよくわかっている。人の美醜になんて、皆、興味はない。ただ古代魔道具を愛し、研究に心血を注ぐ。
それでも、魅力的なものがあったら、ふとした瞬間に見惚れてしまうのが人間の性なんだろう。ルシールが時に顔をしかめて真剣に古代魔道具に向き合う横顔は凛としていて美しい。その横顔に見惚れているのは俺だけではなかった。そのことに胸の奥がジリジリした。
この気持ちは不毛で、何も生まないし、論理的じゃない。研究室にはヘクターの他にも手が空いている者がいるし、公式に研究室に協力要請がきているのだから、皆で分担して手伝えばいい。わかっていても、ルシールの隣を誰にも譲りたくなくて、つい声をかけてしまう。研究室の他の連中も、鈍いなりに察して黙ってその役目をヘクターに譲ってくれた。
隣にいても、可愛い。面白い。可愛いという言葉で頭の中が埋め尽くされる。
彼女には婚約者がいる。婚約が破棄されても、彼女に相応しい伴侶が選ばれるだろう。領地運営科には文官志望の爵位の見合う次男、三男の婚約者のいない男がいる。古代魔道具しか知らない、貴族社会が苦手な自分が伯爵家当主など務まらないだろう。自分がルシールの隣に立つのにはふさわしくない。
そんな自分の葛藤を吹き飛ばしたのも彼女だ。
「こんな素敵な人、一緒にいて好きにならないわけない!」
ルシールも俺を好き?
本人の申告通り、ルシールは俺の前で頬を赤らめることも、見惚れることもなかった。砕けた口調で楽しそうに笑ってはいても。研究室の仲のいい先輩、後輩を見事装っていた。
何度目かわからない、ルシールに与えられた衝撃に、思わず笑いがこみ上げてくる。すごいな、彼女はいつでも力技でなんでも吹き飛ばしていく。
それなら話はシンプルだ。俺はルシールを好きで、ルシールも俺を好き。俺には婚約者がいないし、一応、侯爵家の息子だ。そして、ルシールの婚約は白紙撤回されて、新しい婚約者が必要になる。貴族社会もルシールと一緒なら泳いでいけるし、ルシールの愛する伯爵家と伯爵領をきっと俺も愛せる。そのための勉強や仕事もきっと苦にならない。
ルシールに前世の求婚方法を聞いたときには、そんな日がくることを夢見ていたのかもしれない。その話を聞いた後に、髪ゴムの原理で指輪が指のサイズに合わせて伸縮する古代魔道具を作ったのだ。魔術式を刻み込んだのは、自分の瞳に似た青色の宝石だった。
婚約の白紙撤回の話の後に、伯爵に婚約の申し込みをすると、今までの経緯から信頼はあったのか、ルシールの許可がもらえればよいと二つ返事で許可をもらった。
慌ただしく話をまとめて、先に退出したルシールと、それを追って行った元婚約者の後を追う。
ルシールは元婚約者の幼稚な思惑もすべてお見通しだった。すがる元婚約者に引導を渡すのを静かに見守る。元婚約者との決着も自分で済ませ、俺の出番はなかった。
二階から馬車を見守るルシールから婚約者への心残りは感じられないことに胸を撫で下ろす。ルシールに告白の再現を強請ると、真っ赤になって涙目になっていて混乱している。端的に言って可愛い。
跪いて求婚すると、さらに混乱をきわめて泣き出したのであせったが、嬉しさからだという。
俺への想いを上手く淑女の仮面に隠していたのに、それ以来、俺の一挙一動に頬を赤らめる。淑女の仮面をかぶれないくらいに、俺が衝撃を与えられているなら、光栄だ。
婚約してからも、結婚してからも、彼女の気持ちを揺らすのが楽しい。
さて、今日は何を仕掛けようかな?
とりあえず、行列のできる菓子店のクッキーでもお土産に買っていこうか?
元婚約者との騒動でクッキーがちょっぴり苦手になったのは知っている。でも、思い出は上書きするって約束したからな。どんな顔をするのか想像してにやけながら、長蛇の列についた。
ずっと自分の興味を一番惹くのは古代魔道具だった。でも、ルシールに会ってから、いつの間にか一番はルシールになった。そのことは彼女には内緒だ。
ヒーロー視点までお読みいただきありがとうございました。
これにて完結です。