12 婚約についての話し合い②
「お前こそ、そこの魔道具師の男と浮気してたんだろう! 人の事を言えないじゃないか!!」
ずっと黙って話を聞いていたロジャーが立ち上がり、ルシールを睨みつけてまくし立てる。
「ヘクター先輩はロジャーの不貞の証拠集めや河川の古代魔道具の調査に協力してくれていただけよ。二人で作業したり、調査したりしたけど、周りには常に護衛や侍従がいて、二人きりだったことはないわ」
ルシールは、冷えた目線でロジャーを見つめて返事をする。
「僕だってな、幼い頃からお前と一緒に居るんだ。貴族令嬢ぶって取り繕っててもわかるんだよ。お前が僕に向ける視線とそいつに向ける視線は明らかに違う。本当に気持ちも何もなかったなんて言えるのかよ!」
「……だったら、どうだって言うの? 婚約者は伯爵家の事も領地の事も私の事もまるで考えてくれない。婚約者のいる男爵令嬢にクッキーをもらった挙句の果てに浮気した。こっちは伯爵領の河川の古代魔道具が作動していないことがわかって大変な時に力を貸してくれる事もなく、クッキーをくれた男爵令嬢と楽しんでいたんでしょう? そんな時に、真剣に話を聞いて考えてくれて手伝ってくれる、そんな人がいたら誰だって好きになるでしょう!」
穏便に、冷静に婚約を白紙にもっていかなければと思っていたのに、ロジャーの発言にルシールの中の何かが切れた。いつもより低い声で本音を告げてしまう。
「……だけど、曲がりなりにも婚約者がいるのに不誠実な事は私はしない。私的な感情は一切見せてもいないし、告げてもいないわよ。ヘクター先輩にも迷惑をかけたくないし、何もするわけないでしょ?」
拳を握りしめて、自分をなだめて、なんとか言葉を繋ぐ。自分の婚約が破棄できるかということより、こんな形で自分の気持がヘクターに伝わってしまった事に動揺して、目線を上げられない。
「……なんだよ、お前だって、結局、顔で選んでるんじゃないか!」
「バカじゃないの? ヘクター先輩の真価はこの世の誰より美しくて格好いい事じゃない! 何より信頼に値する人だっていう事だよ。私が私を信じられなくなった時も私を信じてくれた。そんな人を信頼せずにいられる? この世にこんなに信頼に値する人はいない。信頼って本当に得難いものなんだよ! ………そんな人を好きにならずにいられる?」
幼い頃から一緒にいるせいなのか、前世のクズ夫への恨みも重なっているのか、止めなければならないのに感情のままにルシールも叫んでしまう。ルシールの最後の絞り出すようなつぶやきを聞いて、なぜかロジャーは悔しそうな表情をして、その目に涙が光る。
「ロジャー君、まだわからないか? ルシールは誰よりも伯爵家や伯爵領の事を考えている。伯爵家にとってマイナスになるような行動はしない。ルシールの心のうちはさておきとして。君の事も最大限、考慮していたと思うがね。騎士科に進みたいという君の希望を叶え、当主教育をいつまで経っても拒否しつづける君の代わりに学び、私について少しずつ仕事も覚えていた。私も聞きたい。君はこの先、どうするつもりだったんだい? 伯爵家を継ぐのが嫌で、騎士になりたかったならば、君の父上か私かルシールに相談すべきだっただろう」
父がまだ荒い息を繰り返すルシールに助け舟を出してくれる。
「……それは……」
「まさか、伯爵家は継ぎたくない、騎士になりたい、でもルシールと結婚したいと思っていたわけじゃないよね?」
「っそれは!」
俯いて拳を握っていた、ロジャーがはっとしたように顔を上げる。ルシールはそれを冷めた目で見る。前世の知識もあるので、ロジャーがルシールに好意を抱いているのはわかっていた。男爵令嬢とのことも本気ではなく、ルシールにやきもちを焼かせたかったのもあるのだろう。ルシールが大事にする伯爵家より自分を取ってほしかったのだろう。でも、そんな幼稚な恋心はルシールには響かない。
「ロジャー君もゴールトン子爵も、パートランド伯爵家をなんだと思っているんですかね? 先代が強引に結んだ婚約で不本意なのはお互い様だ。だったら、もっと早くに話し合いの場を設けてほしかったですね」
「それは……でも、ロジャーもルシールちゃんが好きで……でも、うちは騎士の家系で……」
「だからなんです? ロジャーとルシールに子どもができて大きくなるまで私に馬車馬のように働けと? ルシールに騎士の妻と伯爵家の仕事、両方やらせればいいと? あなたとロジャーは無意識にそういう未来を望んでいたんでしょうね。でも、そんな生半可な気持ちでは伯爵家を継いでいく事はできない。婚約破棄にしたい所だが、婚約の白紙撤回にしましょうと恩情をかけているんです。もう二度とあなたたちとは関わりたくない。さぁ、書類にさっさとサインしてください」
父の言葉に、ゴールトン子爵もロジャーももう言葉を発することはなかった。
こうして、ルシールの念願の婚約破棄は婚約の白紙撤回という形で叶ったのだった。