11 婚約についての話し合い①
学園の新学期が始まる前に、全て終わらせようと、王都のパートランド伯爵家にゴールトン子爵とロジャーを呼び出した。彼らには婚約についての話し合いがしたいということだけ伝えてある。
「ご無沙汰してします、パートランド伯爵……おっと失礼、先客ですかな?」
応接室で父とルシールが待ち構えていると、侍従に案内されて、ゴールトン子爵が入ってきた。父とルシールの傍らに、古代魔道具研究室の教授とヘクターが控えているのを見て、驚いているようだ。
「いいえ、今日の婚約についての話し合いの重要なアドバイザーでして、どうしてもとお願いして同席してもらうのですよ。さぁ、席に着いてください」
きっと、今日の話し合いも結婚式や新居の話を雑談のようにするのだろうという軽い気持ちで来ているのだろう。父とルシールのただならぬ様子に、いつも陽気なゴールトン子爵もそれに続いて入ってきたロジャーの顔も強張った。
「さて、単刀直入に申し上げましょう。ルシールとロジャーの間で結ばれている婚約の解消をお願いしたい」
「は? パートランド伯爵、急に呼び出したと思ったら、なぜ、突然そんなことを……ルシールちゃんとロジャーも仲良くやっているのでしょう。この婚約になにか横槍でも入ったのですか?」
ロジャーから、何も聞いていないのであろう、ゴールトン子爵は真っ青になりながらも首を横に振っている。
「こちらが婚約の解消をお願いしたい理由をそちらのロジャー君はよーくわかっていると思うが?」
ルシールは迷ったあげく、最近、撮影した水晶も父に見せていた。例の男爵令嬢と裸で睦み合っている姿がバッチリ映っている。それを見たため、父のロジャーへの評価は地に落ちた。ロジャーは手を固く握りしめて、頑なに口を開かない。
「私から理由を説明しましょう。婚約を解消したい理由は二つ。一つ目はロジャーに次期パートランド伯爵になる意思がないこと。学園の領地運営科に進むのを拒否し、伯爵家での当主教育も受けない。最低限の伯爵家相当の貴族としてのマナーや所作を身につける努力もしない」
だんまりを決め込むロジャーに代わって、ルシールが話し出す。
「いや、ルシールちゃん、でも騎士になるのはロジャーの幼い頃からの夢で……」
「確かに、ロジャーの夢を尊重して、騎士科に進むことを良しとしました。そして、その代わりに私が領地運営科に進みました。でも、婚約の条件の一つにロジャーがパートランド伯爵家に婿入りすることがあります。努力すれば騎士と伯爵家当主の両立は可能でしょう。でも、ロジャーに伯爵家当主になる覚悟はあるのですか? 今の所、伯爵家の娘と結婚はするけど、伯爵家のことは全て私に背負わす気ではないですか?」
本当の所は、ロジャーが伯爵家に婿入りする条件もロジャーの祖父がつけた条件だ。だが、そこを逆手に取ってルシールは詰め寄った。実際にルシールは一人娘なので、ルシールと結婚するなら婿入りして、伯爵家当主になるしかないのだが。
「それは……」
言葉に詰まるゴールトン子爵を無視して、ルシールは言葉を続ける。
「婚約を解消したい二つ目の理由はロジャーの不貞行為です。不貞行為については婚約の条件になにも記されていませんが、伯爵家に婿入りする者が結婚前から貞操観念がないのは困ります」
「えっ? ロジャーが不貞行為? なにかの間違いじゃないのか? ロジャーはモテるから学園で女の子に絡まれただけじゃないのかい?」
「ミア・スウィニー男爵令嬢」
その名前を告げると下を向いてずっと押し黙っていたロジャーがぴくりと反応した。
「私達と同学年の男爵令嬢です。ちなみに彼女にも婚約者がいます。結婚するまでのひと時の恋人なのか、本気なのかは知りません。不貞行為がどこからを指すのかもわかりません。でも、体の関係があったら、それは不貞行為なのではありませんか?」
「えっ? ロジャーが……? ルシールちゃんがいながら……。そんな……。嘘だろう……」
ゴールトン子爵が興奮して立ち上がる。
「度重なるロジャー君の不誠実な態度。本当なら婚約破棄したいところだ。しかし、先代のゴールトン子爵には恩がある。無償でパートランド伯爵家の河川に川の氾濫を抑える古代魔道具を設置してくれた。その恩に報いて、設置してくれた古代魔道具を返却し、設置した古代魔道具代をお支払いしよう。……と言いたい所だが、こちらの王宮の古代魔道具師であり、かつ古代魔道具研究室でもある教授と取り外しと解読に協力してくれた研究室の学生が算出してくれた代金は、一般的な婚約破棄の慰謝料と同額ぐらいだ。古代魔道具代と慰謝料を相殺して、慰謝料は請求しない。この婚約を白紙撤回してくれ」
ルシールの後を継いで、父が補足してくれる。
「証拠は? 証拠はあるのか!」
ゴールトン子爵がすがるようにして言う。
「見たいですか? では、まずは刺激の弱い方からお見せしましょう」
白い壁に、ロジャーとミアが学園の中庭でキスしているシーンが映し出される。ご丁寧に音声付きだ。これも、プロジェクターの話をしたところ、水晶に記録したものを投影できる古代魔道具をヘクターが作ってくれたのだ。
「ロジャー……」
ゴールトン子爵が、ソファに崩れ落ちた。息子を信じていたゴールトン子爵の心が折れたのがわかった。
「まだ、反論されるようでしたら、体の関係がある、という証拠もあります。あまり人前で見せるようなものではないですが。ここに映し出されたものが本物であるというのはロジャーが一番よく分かっていると思いますが、そちらにいらっしゃる王宮の古代魔道具師かつ古代魔道具研究室の教授のお墨付きですので。これで、婚約の白紙撤回に同意していただけますよね?」
ルシールはそのままの勢いで畳みかけた。そこにはもう、婚約者への情はひとかけらも残っていなかった。