10 星祭り②
「ヘクター先輩のお家は家族仲、いいんですか?」
ランタンを流す家族連れを見て、なんとなく家族のことを聞いてみた。ヘクターの実家のウォルターズ侯爵家は家族仲が良いという噂だから、無難な話題のはずだ。
「そうだな、高位貴族の割にはいいんじゃないか? 家族には恵まれた。この外見に生まれて苦労しかないが、この家に生まれた事を後悔したことはない。外見による苦労も、理解してもらえている。おかげで婚約者を据えられることもないし、家の力で山のような婚約の申し出も断ってくれている。古代魔道具師になることも応援してもらえているし、かなり恵まれているよな」
「そうですね。先輩の外見と能力で婚約者がいないって奇跡ですよね。ご兄弟も多いんですよね?」
「そうだな。六人兄妹で、俺は末っ子だし、とくに可愛がってもらっていると思う。時にうっとうしいぐらいかまわれるしな。家族はみんなどこか変わってるし、癖も強いけど、才能があって、話していておもしろいよ」
頬を緩ませて楽しそうに家族について語るヘクターを見て、ルシールはうらやましくなった。
「いいなー……。私、前世から家族運がないんですよね。前世では両親も早くに亡くなってるし、唯一好きって言ってくれた顔だけいい男と結婚しちゃって、その後は浮気されるし、お金だけ求められるし。暴力がなかったのは良かったけど。今世でも……お父様には恵まれてるけど、婚約者には浮気されるし、次期伯爵になる気もないし……あ、ごめんなさい。うざいですね、暗い自分語り。ちょっと喉が渇きませんか? 飲み物とかちょっとつまめるものとかも売ってるんですよ。買いに行きましょう」
「そうだな」
ヘクターといるとつい弱音や愚痴が出てしまう。特に、自分の不安を受け止めてくれた夜から、気を抜くとヘクターに全てを委ねたくなる。そんな気持ちを誤魔化すように、川から少し離れた商店の連なる一角を指さして、足を踏み出した。
足を進めたルシールの手を掴むようにして、ヘクターの手が重なった。
「人が多いから、手を繋いでおこう」
「先輩、でも、こういうの苦手でしょう? 大丈夫? 私気をつけるから、手を繋がなくても大丈夫ですよ」
「ルシールとなら大丈夫だ」
「えっ?」
「だって、ルシールは俺の事、男だって思ってないだろう?」
一瞬はねた鼓動が、今度はずんと重くなる。
「うん……」
でも、しっかりと手をつなぎなおしてくれたヘクターの手を離したくなくて、本音とは逆の返事をしてしまう。
ヘクターと空いたベンチに座り、レモン水で喉を潤しながら、ぼーっと人の往来を見る。やはり恋人同士や家族連れがほとんどだ。
「パートランド領では、愛の告白をする時に花を差し出すのか? それとも一般的なものなのか?」
「ごほごほっ。……愛?」
ヘクターから愛なんて単語が飛び込んできて、ルシールは思わずせき込む。
「大丈夫か? ホラ、今夜はあちこちで男女が求婚なのか、告白なのかしているだろ。みんな花を一輪差し出しているから……」
ヘクターの好奇心はこんな所でも発揮されているらしい。確かに今夜は、川べりでも、賑やかな道の往来でも、男性が女性に花を一輪差し出す光景があちこちで見られる。
「一般的な話はわからないんですけど、パートランド領では、この星祭りの夜にゲンレの花を一輪渡して、求婚すると末永く二人で幸せに暮らせるって言い伝えがあるんです。ゲンレの花はパートランドの至る所に咲いている花で、星祭りの時期に咲くんですよ」
「なるほど。ロマンチックだな。パートランド領はいい領地だな」
ヘクターからロマンチックなんて、言葉が出てきて、またしてもヘクターをまじまじと見つめてしまう。
「なんだ? 俺の顔になんか付いているか?」
ルシールは、ふるふると顔を横に振った。
「ルシールの前世の世界では、どうやって求婚するんだ?」
「え? うーん、みんながみんなではないけど、男の人が女の人に跪いて、指輪の入ったケースをパカッと開けて、『結婚してください』って言ったりするのかな? それから、左の薬指に指輪をはめてもらう、というかんじなのかな……私は経験なくて」
「ルシールも結婚していたんだろ?」
「えーと、私の夫は顔だけがいいだけのお金使いの荒い人で、自分のことにしかお金を使わないし、指輪もちゃんとした求婚もなかったんですよ」
「ルシールは本当に幸薄いな。それはランタンに願いも託したくなるな」
「そうですよ。今世だって、これからクズな婚約者と婚約破棄の話し合いがんばんないといけないし……」
河川の古代魔道具の製作がひと段落した後に、ダメ押しの証拠を取ろうと、ヘクターの動画を撮れる水晶を改良して、飛ばせるようにした。要はドローンにビデオカメラを設置するイメージだ。それを伝えて、作成できてしまうのがヘクターのすごい所だけど。その改良型水晶カメラを片手にロジャーを尾行したところ、とんでもないものが撮れた。その時もなぜかヘクターがつきあってくれた。ロジャーはルシールが伯爵領と婚約破棄のために奔走している間に男爵令嬢と体の関係を持っていたのだ。もう情も残っていない婚約者だけど、さすがにルシールには堪えた。
「もういっそ、自分が女伯爵になっちゃうかなー。できるかなー? 怖いなー」
でも、女伯爵になったら、自分が矢面に立って魑魅魍魎みたいな古狸と戦わないといけないのかな? 腹に本音を隠して、おほほ、うふふと自分の要求を通して、情報収集する。前世が善良な日本人である自分にできるだろうか?
窮屈で責任は膨大で。
更に、自分が女伯爵になるとはいえ、伴侶は必要だし。伯爵になれないのに、婿に入ってくれる人なんているのかしら? 支えてくれるどころか紐になって、自分は子育てもして王宮の古代魔道具師としても働いて、過労死するかもしれない。
いっそのこと契約結婚ならワンチャンいけるかしら?
契約結婚でも、伯爵家の仕事はせめて協力してほしい。でも、そうなったら、恋愛は諦めないといけないかな? お互い愛のない生活……夫の愛人は認めるべき? でも、そうすると前世のWeb小説みたいに愛人とその子どもとごちゃごちゃ揉めてお家騒動になるのかしら……
でも、王宮魔道具師として働けば、ヘクターと少しは接点があるだろうし、推しからパワーをもらうように、それを励みにしてすべてを乗り越えていけるかもしれない……
隣にヘクターがいることも忘れて、ルシールはあーでもないこーでもないと未来の妄想を膨らませた。
「ルシールは……」
「……?」
「かっこいいな」
「女子に対する形容詞ではないような……。ま、いっか。褒め言葉としてとっておきます」
やっぱり推せるわ。一生推せる。いつも的外れで、噛み合ってないヘクターとの会話にルシールはなごんだ。