9 星祭り①
「あっけないもんですねぇ」
パートランド伯爵領の川べりに吹く風も少し冷たい。
長期休暇ももうすぐ終わる頃、ルシールとヘクターは再び、領の川を上流から下っていた。今回は新たに作成した古代魔道具を設置しているのだ。
ヘクターが新たに作成してくれた川の余分な水分を吸収する古代魔道具は、ルシールとよく構想を練って、改良したものだ。サイズ感はそのままにして、簡単に持ち去れないように重量を重くした。給水能力を上げて、設置個数を減らした。おかげで前回は回収に丸二日かかったのに、今回は設置しはじめて、日の高いうちに作業が終わった。
「ルシール、顔に土がついているぞ。君も古代魔道具研究室に馴染み過ぎて、貴族令嬢だってこと忘れてるんじゃないか?」
ヘクターは笑いながら言うと、ルシールの頬の土を手でぬぐう。
「あの、もし、先輩が嫌じゃなかったら、今夜、お祭りに行きませんか? あの、伯爵領の夏の最後を祝う星祭りっていうお祭りで、川に願いをこめてランタンを流すんです。それを川の精霊が聞いてくれるっていう言い伝えがありまして……とっても綺麗で幻想的な風景だし、せっかく伯爵領のためにヘクター先輩も走り回ってくれたので、ぜひ見ていただきたいっていうか……あ、もちろんお疲れでしたら、断ってくれて全然かまわなくて……」
ヘクターのその気安くて自然な態度に自信をもらって、ルシールは思い切ってヘクターを星祭りに誘ってみた。
「行こう」
「えっ?」
「自分で誘っておいて、なんで驚いているんだ? いいじゃないか、俺もルシールもこの夏がんばったんだ。打ち上げして自分たちを労ったっていいだろ?」
◇◇
夜だから、目立つヘクターやルシールの外見も紛れるかもしれないが、念のため、二人とも魔道具科のローブを羽織って、フードをかぶって星祭りに出かけた。
大きな川なのだが、ルシール達が川に着くころには、たくさんのランタンが川を流れていた。幼い頃から何度も見ている光景だけど、何度見ても心が揺さぶられる。
川をいくつもの灯りがぷかぷかと流れていく様は、幻想的で美しい。
「確かに一見の価値はあるな」
「ヘクター先輩が古代魔道具以外に感心することもあるんですね……」
「なんだ、ルシールは俺の心が魔道具でできてるとでも思ってたのか?」
「そんな事ないですよ。その優秀な脳みそは魔道具でできてるのでは?って疑ってますけど」
「じゃ、その真偽を計る古代魔道具を作ってくれ。この優秀な脳みそが自前だと証明しないとな」
「私の平凡な脳みそでは、そんな古代魔道具作れませんよ」
「それもそうか」
「ハイハイ。先輩、ランタン流しますよ。ランタン流したら、自分の願いを心で唱えるんですよ」
川の浅瀬で、ランタンを流して、目を閉じてそっと手を合わせる。
目を開けると、思っていたより近い位置にヘクターの顔があって、慌てて後ろに下がる。
「なにを熱心に祈ってたんだ?」
「……全ての領民が幸せでありますように。この地に暮らす人々が豊かで幸せでありますように、と」
「ルシールは偉いな」
「ふふっ、次期伯爵夫人の鑑でしょ? でも、ちゃーんと自分の事だって祈ってますよ。ロジャーと無事婚約破棄できて、今度は伯爵家や伯爵家の領地のことをきちんと考えてくれる誠実な婚約者が見つかりますようにって」
「そっちを熱心に祈ってたんじゃないか?」
「バレましたか。ヘクター先輩は何を祈ったんです」
「内緒だ。こういうことは人に言ったら叶わなくなる」
「ひどーい、人に言わせといてそういうこと言います?」
頬を膨らませてヘクターを見ると、楽しそうに笑っている。美形はずるい。そんな砕けた笑顔を見せるだけで、失礼な発言だって許されてしまう。
「俺の願いもルシールの願いも叶うといいな……」
川にはランタンの光がぽつぽつと灯っていて、それがゆらゆらと流れている。ヘクターが空を見上げているので、ルシールも目線を上げると満点の星空が広がっている。王都では見られないくらい、小さな星まで煌めくのが見える。
この綺麗な風景を忘れたくない。ヘクターと過ごしたこの夏のことも。いやきっと、ずっと忘れられないだろう。ルシールはふいにそんなことを思った。