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005 すれ違い

 胸にポッカリと開いた大穴を持って、午後の授業に身が入るはずもなかった。左耳から言葉が入り、脳を経由することなく右耳へと流れていった。


 結莉が関係性を知られたくないのは、嫌と言うほど身に分からされる。初対面でため口を叩くな、と討論で笑いものにされたのは心が折れそうになったものだ。


 高校には皆志願して通っているわけなのだが、都合と言う名目でずる休みを敢行するナマケモノは、何をしに受験料と学費を払っているのだろうか。反抗期でもそうでなくても、親に感謝の弁を述べるべきだろう。


 そのような異端児は除くとしても、『学校』という二字熟語が神経に伝達されただけで体が重くなり、地べたに倒れ込んでしまう人も見かける。かく言う隆仁も、同類だ。


 放課を告げるチャイムは、囚人となっている生徒を解放する貴重な天からの助けである。放送のシステムで鳴らしているとネタバラシしてはいけない。


 ……結莉と付き合ってる感覚は、ずっとないな……。


 一時期恋愛漫画を読み漁り過ぎたのだろうか、テンプレを無視した彼女の行動を絵にしても売れなさそうと思ってしまう。表紙のイラストは二次好きホイホイを果たしてくれそうだが、中身が薄っぺらすぎてリピーターはつかないだろう。


 一目惚れ自体、希少な事象だ。化けの皮を被った結莉に射抜かれることはあっても、彼女が他人に夢中になることなど、起こるとは到底考えにくい。最愛の人にまでおんぶ抱っこしてもらうのは、対戦車地雷系女子くらいしかいない。


 カップル成立において最大の要因になる告白も、並みの人が一朝一夕で成し遂げられるようなものではない。結莉くらいの理性が半壊している暴走AIなら思考が即行動に結びつくかもしれないが、当日中に思い立つのは困難だろう。


 厳しい太陽光線が肌に刺さる。ショーウィンドウよりスポットライトの当たる日向ぼっこ日和の大空は、抜けた跡に霧が補充される隆仁とコントラストを構成していた。気持ちと連動してくれていないためなのか、孤立がより深まる気分だ。


 ……でも、別れは切り出せなかったな……。


 異性へ憧れを持つことはあれど、自分には関係ないと扉を閉ざしていた。積極的に関係性を持つ気がない男に、女子が近づいてくるはずがない。着信拒否設定にしていると、飛んできた紙飛行機もUターンすることになる。


 隆仁にとっての初めての異性が、結莉だった。


 ……まさか、話が弾むと思ってなかったから……。


 からかいに来たか、それとも荷物を背負ってもらおうとしたのか。目的が何であれ、彼女とのネタで不覚にもクスリと笑いが抑えきれなくなった。


 付き合っていても、損得勘定ならマイナスに針が振り切って故障するだろう。が、


 ……美少女と気軽に接するチャンスなんて、今生来ないかもしれないよな……。


 我ながら、不純極まりない動機だ。最も、相手も同レベルなのだが。


「……付き合いが続くとは思えないよな……」

「……何の話かな?」

「今日の昼間に奢らせようとした……」


 隆仁の肩から顔をのぞかせたのは、その結莉だった。陰口をすると本人が登場するのは、あながち迷信ではなかったらしい。


 心まで透視されていれば、一巻の終わりである。効力の無い離婚届を額に叩きつけられて、赤道でも凍える笑顔が飛んできてしまう。『ごめんね』と。


 こちらに振る権利があると思っていて振られたのでは、何をしていたか分からない。


「……須藤くんが、おごってくれたんだよね。感謝してないわけじゃないよ?」

「そういう事なら、お礼の仕草一つでも見せてくれないかな……」


 オゾン層の破壊に待ったがかかったのはつい最近の出来事であるが、彼女の面は蚊でも突破できそうだ。自身の特徴を把握している美少女という人は、なんと手ごわい敵として立ちはだかるのであろう。


 城主の殿がご乱心を起こした時、家来は諫めるのにさぞかし苦労を被ったのだろう。一歩踏み外すと断罪される城内に、鳴子が一センチメートル四方に張り巡らされたような緊張感が漂っていたのは想像に難くない。


 また一本タガが外れて、結莉がへらべったい石になった。反射神経に優れていなければ、彼女はひっくり返されていた。


「……なにやってるの、佐田さーん……」

「これが、日本で最上級の感謝だったよね。アイ、サンク、ユー」

「Oh……」


 低頭でへこへこする日本人が、すぐそこに出現していた。ご丁寧におでこと掌をアスファルトにぺったりとつけ、口はにやけている。


 ノリが良いのが結莉の長所なのだが、短所もまたそこに集約されている。


 ……考え無し過ぎないかな……。


 炎天下で、直射日光が照りつける道路は裸足で走れない。某金メダルマラソンランナーも火傷をしてしまう。


 その炎を上げそうな灼熱鉄板に、土下座などすれば。


「……熱い熱い熱いあづいいいいいい!!!」


 垂直跳びのスコアは、恐らく自己ベストを更新している。結莉は、一直線に飛び上がった。赤く焼けた痛ましい痕が、白かった額にスタンプされていた。


 ……そんなこと、するから……。


 失笑を零しかけて、隆仁は気負っていた積み荷が流されて軽くなっていることに気付いた。ぐったり降ろしていた肩が、カイロを貼られているみたいだ。


 天才とバカは紙一重で存在している。コンピュータの開発者も、フェルマーの最終定理に貢献した男たちも、発明の天才も……。人間を辞めているのが見られる一面が時折露出しているのだ。


 結莉と付きっきりの家庭教師がいたとすれば、きっと彼女を稀代の逸材と評する。実際、計算能力はずば抜けて高く、複雑怪奇な方程式もお手の物にしてしまっている。


 ……数学とか理科とか、勉強では雲の上だよな……。


「……コンクリートって、白線なら全部反射するんじゃないの!?」

「……高校一年生からやり直す?」

「……テストの点なら負けないのに……」


 他方で、彼女はポンコツだ。世間のことなど、何も分かってはいない。


「……とにかく、土下座は禁止。……気持ちも籠ってなかったし」

「バレちゃったか」


 まだ、デコピンされたような傷跡を手でさすっている。


 ……何でだろうな。性格を切り取ったら、ゲスだといじめられそうなほどなのに……。


 『結莉』という人格で蓋をされている向こう側に、未知の世界が広がっているような気がしてならない。


 決して、彼女の行いを肯定はしない。刑務所で反省して当然であるし、残忍な犯行性で再犯率も高い。


 ……もっと、知ってみたい。


 多大な代償を受け入れる覚悟がある者だけが、次のステージに進めるのだろう。いばらの道など、鉄条網を生身で破っていかなくてはならない修羅に比べれば鍛錬が足りない。


「……学校で話しかけられなくて……ごめんね? 周りの人がどう行動するか、なんとなく想像がついちゃって……」

「……それでよかったんじゃないかな」


 周りに与える影響を考慮して活動自粛が出来るのなら、ニセの告白が男子の精神を疑心暗鬼にさせることも理解して欲しい。


 ゆっくりと、結莉の歩みに合わせて進んでいく。後ろ姿だけだと、初々しいバカップルである。人気の無い道で助かった。


 ……佐田さんには、何が見えて俺の側にいるんだろう……。


 結莉が事前調査を怠った罪は大きい。隆仁は大金持ちのお坊ちゃんではないし、家でも贅沢は出来ない。


 医者は儲かるという固定概念を彼女が持っていたのなら申し訳ないが、この世に医者は飽和状態なのだ。職業だけで大金が転がり込んでくる時代は、遥か昔に終焉している。事実、両親の医院はプラスマイナスゼロ付近を推移していて、一般に言う年収からは大きく下振れている。


 ありのままの真実を説明したとすれば、どのようなリアクションが舞っているのだろう。


 ……『それでもいいよ』と流してくれるか? ……いや、そんなに甘くはないだろうな……。


 昼食代でさえ厚かましく奢らせた女子が、穏便に済ませてくれる保障はどこにもない。


 ……つまり、この関係を保とうとしたら……。


 とどのつまり、隆仁は寄生目的だと分かっている美少女と仮デートを続けていくしかないということだ。


「……おでこ、熱あるかも……。明日、休むかも……」

「もう一回土下座してみたら、本当に休めるかもよ」

「……鬼だね」


 そのセリフを、そっくりそのまま結莉にお返しする。美貌を盾に財布からお金を引っ張ってこようとする極悪非道は、鬼と表現するのもしっくりこない。金棒で殴られても完治するが、心を貪りつくされた後に残るのは、欠片もない思い出と空っぽになった全財産だけなのだ。


 ……彼女と、何処までも行くしかないってことか……。


 『結莉と離れたくない』と隆仁が望む限り、いつ未来が絶たれるかも分からないいびつな結びつきは解消されない。山あり谷ありの四駆でも進むことを躊躇う道を、彼女に従って追いかけて行かなくてはならないのだ。


 漫画の主人公は、腹をくくって心中できる。バッドエンドに突入しないことを知っているからこそできる芸当であり、現実には実現不可能である。


 ……俺は……。


 隆仁は、まだ立場を決められずにいた。


「……今日、暑いよね?」

「それは、そうだな……」

「だよね! それじゃあ……」


 何かを見つけて、結莉が息を吹き返した。ゴールテープを切ろうと、一目散にゴールへ駆け抜けていく。体格相応の紺色ミニスカートが鯉のぼりのごとく舞い上がるが、全く振り返る様子はなかった。


 スカートめくりは昔のイタズラと化し、今日においては誰もめくろうとしない。体操ズボンを見るために己の死を賭けるバカは自然淘汰されただけの話だ。


「……何か、買っていこうよ!」


 彼女が相棒だと寄りかかっていたそれは、夏にドル箱となるボックスだった。

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