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003 悪ノリ美少女

 誰かに吹き込まれたとしか思えない急転直下の告白劇から、一夜が明けた。未だにあの男子からの人気ナンバーワンが恋人になったことが信じられない。確率の低い事柄が発生しているのだから、クジで二等くらいは当たってもいいのではないだろうか。


 天文単位もの距離から一気にゼロ距離となったが、登校しても結莉から積極的に声かけしてくることは無かった。その場にいた女子陣は揃い踏んで黙秘を実行してくれているおかげで、社会的死が脳天に降りかかってはいない。誰の指示かは、尋ねなくとも賢ければ推測が付く。


 ドッキリ企画の最中で泳がされていることを考えれば、まだにやけた姿を出すわけにはいかない。全国に生中継されても恥をかかないようにしなくてはならない。


 人をからかっていた美少女は、今日になっても変わらなかった。女友達と輪になってつるみ、勘違いした愚かな男子が封筒でも渡そうものならその場で読みもせずに突き返す。あれだけ頬を赤らめさせていた甘酸っぱい表情は、どこかへ失踪してしまったのだろう。


 ……結局、結莉から何も連絡来なかったな……。


 しかし、こうも何の進展も無く半日が経過してしまうと、昨日は幻の中に佇んでいたのではなかろうか、記憶の正確さに疑いをかけてしまいそうになる。


「須藤、ボーっとつっ立たれると邪魔」


 顔は分かるクラスメートに押しのけられて、人流の外れへとはじき出された。手にはお盆が乗っていて、なるほど汁物をこぼしては大変だ。


 中学までは給食という自動栄養調節機能が備わっていたが、義務教育外の高校に甘ったれたシステムは存在しない。辞めるも自由、食べるも自由、飲むも自由だ。


 校舎一階部分に設置してある食堂は、今日も大盛況だ。デパートの開店駆け込みラッシュには届かないが、日本人らしからぬ受付へと我先に突っ込もうとする猛獣が多数生息している。


 満員電車でもないのに、この大混雑で痴漢が発生したことがあるらしい。犯人の生徒が罪を他人になすり付けようとしたが、お盆で両手が塞がっていてアリバイが崩れたとか。笑えない。


 食堂と言うからには、座席も用意されている。ここは規範意識が強く、所有物が置かれている机には誰も強奪しようとはしていない。


 隆仁は、生徒が完食した食器を持って立ち上がった一瞬の隙を逃さず、座席へと滑り込んだ。コンマ一秒の戦いは、毎日繰り広げられている。


「……何食べようかな……」


 近所のファミレスもビックリする、メニューの多さ。これのせいで注文してからチャイムが鳴ることもある。


 『早い、安い、うまい』の三拍子そろった強い味方で知られている牛丼も、厨房が全員亀では提供が遅い。カップヌードルが五個は完成してしまう。


「……お邪魔しまーす」


 向かい側の席も、どうやら虎視眈々と狙っていた肉食動物がいたようだ。相席に気を駆けていては、ストレス過多で倒れるのを促進しているようなものだ。


「どうぞー……」


 教師と対面するのはお断り願いたいが、生徒なら先輩後輩関係ない。食欲の前では、獅子も子猫に成り下がる。


「……おーい。聞こえてるかな?」


 今にも噛みつきそうな勢いでぶら下げられた牛丼の写真を凝視していたところに、慈悲の無いチョップが飛んできた。なんと暴力的な生徒なのだろうか。


 結莉のような全国でもトップクラスの成績をたたき出す生徒が在籍しているくらいだ、自称進学校であるこの高校の偏差値は一般的なテストの平均点より高い。妊娠する生徒も、暴力沙汰を起こす力イズパワーの脳筋も紛れ込んではいないはずなのだが。


「……聞こえてるよ。だいたい、初対面の人に……」


 いつ何時でも紳士たれ、という迷惑な格言で蚊を追い払おうとして、相手の手を離してしまった。


 重みの無いショートヘアーに、色気を出させない女子制服。人を猿の一種『ヒト』としか見ていない興味の目、コミュニケーションお化けの口調……。


「……佐田さんじゃないですか」

「違います! 彼氏彼女で苗字呼びなんてナンセンスだよ?」

「ほとんど話したことのない人を名前呼びする方が怖いだろ……」


 地雷候補生である、結莉だった。正式に地雷へ昇格しないことを祈る。


 他のテーブルは四人席でプライバシーなどのっけから保護するつもりが無いが、端に近いスペースだけは二人掛けなのだ。見知らぬ男女が相席になることは日常茶飯事、遠目でいちゃついているかどうかなど分かるわけが無い。


「……昨日のこと、本気なんだろうな?」

「もちろん! 嘘だと思ったなら、断っちゃえばよかったのに」

「あのな、仮にも人の好意を……」


 思っていた通り、彼女に常識は敗北する。不可能の文字が記載されていないのがナポレオンの辞書だが、結莉の辞書に配慮という項目は載っていないようだ。


 暴れ馬を制御するのには、手綱を振り落とされないように持っておくことが大事になる。疾風の脚を持ち、とびきり荒れ性のユリを乗りこなすには、訓練が必要だ。


 ……本当に、付き合って行けるのか……?


 騎手の安全など考えないカーストトップは、フルスピードで大地を駆け抜けていくに違いない。それに追従する覚悟がなくては、彼女の横にいられない。


 告白翌日に難題へぶち当たり、チャンスを逃すまいと冷や汗が染み出てくる。空調が故障していれば、言い訳に使えるのだが。


「……お化け屋敷なんて、あったっけ?」

「……さっきの時間体育だっただろ? まだ暑いんだよ」

「そうかな? さっさと日陰で誰かさんが休んでたはずだけど」


 切り返そうにも、強気の姿勢が崩れない。絶対的な自信は、膨大な資料から来ている。裁判で一番争いたくない相手だ。


 ……関心無さそうにしてたけど、どこかで見られてたんだな……。


 自分へ視線が向いていたことに心の中でほくそ笑みそうになって、また戦慄した。


 体育は、男子と女子で競技が分かれている。陸上は男女共同なのだが、屋外の炎天下で実施される以上女子の人数が少ない。


 その中に、結莉はいなかった。


「……佐田さんは……」

「名前呼びして!」

「……結莉は、体育陸上じゃないよな?」

「そうだよー。卓球だけど?」


 そう言ってストロークを真似する現状隆仁の恋人は、テレビでよく出てくる中国の選手そっくりだった。雄たけびなど、丸々コピーしている。


 この何気ない受け答えに、ホラー要素が詰まっている。これこそ、お化け屋敷だ。超小型の偵察機を学校全体に巡らせていそうで恐ろしい。


 恋愛の大部分はノーマルだが、時に一般から外れた愛を提示する人たちがいる。包丁を手に取るメンヘラは典型で、愛人の目線を自分だけに向けておきたいが故の異常行動を取るのだ。


 ……束縛系は、やめて欲しい。


 数か月後に河川敷でダルマになりたくない。


「……卓球って、知ってる? フルスイングしても、全然球が台に入らないんだよー」

「ひょっとして、前世はテニス部?」

「あったりー! ……もしかしてストーカー?」


 中学校の名前も聞き出したことが無いのに、どうすればストーカーが出来るのか説明してもらいたい。もちろん、情報から導き出された結論だ。


 テニスと卓球は、コートの大きさが異なる。ボールに当たればとりあえず返るテニスと違って、卓球は回転に合わせなければミスショットになってしまう。


 テニスのフルスイングは、面を地面と垂直にするもの。ピンポン玉相手にそのようなゴリ押しをしたら、場外ホームランで失点だ。


 数学の難問をひらめきで解けるだけの学力はあるのに、スイングを工夫する頭は無かったようである。


「……もしかして、生まれつきゴリ押しで生きてきた方ですか?」

「……フルスイングは裏切らないって、どこかの本で……」


 本の筆者もピンからキリまでいる。体の組織は筋肉一辺倒で構成されているとでも思い込んでいる理科の敗北者たちに乗り移られている気がする。


 ……努力は裏切らないなら聞いたことあるけどな……。


 努力でさえ方向が明後日では積み重ならないのだから、情報リテラシー力はもっと持つべきである。


 この調子では、結莉がダイエット本のまやかし講座に諭吉を注ぎ込んでいる姿が具現化しそうだ。


『ぐぅー』


 テスト会場で受験生を弛緩させそうな腹の虫が鳴ったのは、結莉だった。腹のへそに覆いかぶさっているが、音波は無情にも鼓膜を震えさせていた。


 無知を披露するのに羞恥心が無くとも、乙女心までを失ってはいなかった模様だ。ロボットで無かったことにほっと息をついている隆仁がいることは内緒にしておく。


「……そろそろ、何か食べようよ。私のお腹もそう言ってるみたいだし」

「ペットかよ……」


 生理的現象は、街頭アンケートを実施しても九割九分が知っている内容だ。胃酸に耐えられるコオロギがいたら、彼女をノーベル賞に推薦してもいい。


 ……タイミング、乱されるな……。


 元来、隆仁は場に合わせて和ませるのに苦労する人間である。テコでも動かない構えっぷりに、一部で

『奈良の大仏』という名誉なのか不名誉なのか分からない肩書を付けられたこともある。


 無口な人間でも、意見を持たない無能の民とイコールにはならない。指名された時は発言し、そうで無い時には無駄なエネルギーを使わない。エネルギー危機を迎える将来の日本を背負っていく重要な責務が、この両肩に乗っているのだ。


 一方の結莉は、プライベート空間に乗り込んでくるタイプだろう。一人時間を相手に許さず、自己の企画に巻き込んでいく。被害者は傍から迷惑だが、本人が気にする素振りを見せないからずるずる引き込まれる。


 この強酸と強塩基が混ざり合うと、水溶液はどのような化学反応を示すだろうか。中和するかと思いきや、結莉に大きく傾いたのである。口をこじ開けられている気分だ。


 ……いつもの自分と違うのは、よく分かるけど。


 それでも、胸がえぐり取られる不快感は覚えない。本来の力が余りなく出せているようで、なまっていた普段使わない筋肉に力が蘇っている。


 言葉として声に出すと言うことは、相手に伝えると言う事。鋭利な刃物となって刺してしまうことに恐怖し、萎縮し、無口になったのだと思う。


 むしゃくしゃを紙に書きだす習慣を始めてから、もう何年にもなる。彼女の真意はともかくとして、不気味なルーティンからは脱出できそうだ。


「……あらあら、そんなに私の事みつめて……。抑えきれないフェロモンにやられちゃったかな?」

「……アリの巣出身?」

「そうかもしれない」


 扱いづらいけども、隆仁の気持ちを前に押し出してくれる。心地よいぬるま湯に浸かっているようだった。


 ……アリが使うフェロモンって、俗に言う『フェロモン』じゃなような……。


 アリは実際に尻からフェロモンを出すのだが、異性を魅了するのではなく仲間に通り道を知らせるためである。結莉の苦手教科は生物で決定だ。


「……あんまり食べたこと無いし、日替わり定食とかどうかな!?」

「ぼったくりで警察に捕まっても弁解出来ない値段なのがなぁ……」


 色が豊富な千切りサラダに、粉が水面に浮いている砂漠のようなコーンスープ。ハッキリ言わせてもらうと、日替わりでコックを変えてもらいたいくらいだ。学生食堂の使命が腹を満たすことなのは重々承知の上で、もっと質を上げて欲しい。


 それだけでも生徒のヘイトが砂時計式で溜まっていくのだが、ぼったくりバーも忠告を入れる狂気の値段設定にも目が離せない。


 ステーキでも格安で提供しているチェーン店が価格競争で疲弊しているこの世の中に、刑務所飯まがいに数字が四つも並んでいる。カロリー表示ではないかと米印で注意書きを探してしまう。


「それだけ言うってことは、食べたことあるんだ……」

「一回だけ。食器を投げ返してシャッターを閉めさせようかと思った」


 素人が厨房に入るのが許されるのは、漫才のネタだけだ。現実社会で実験しようと思い立った輩は火口からぜひ紐無しバンジーを敢行してもらおう。


 ショックと苛立ちが昨日の事のように蘇って、瓶牛乳を飲みたくなってきた。あれは、人間にしていい仕打ちではない。専売の悪影響が、教科書を読まずとも体で感じられる。


「……うーん、ここの食堂って、そんなに評判悪い?」

「……校舎内にあるから人が集まってるだけ、そんな場所かな」


 遅くて高くて不味い。このような自転車操業待ったなしの火だるまでも、唯一の武器があった。教室との距離だ。近場だけをセールスポイントにして、腐敗した体制が維持され続けている。


 高校の学食というものが美化されて白馬の王子様だったところなら申し訳ないが、結莉の抱いていた夢風船は無数の穴か開いてしまっているようである。過度な物事への傾倒は、悪い方にばかり転がっていくものだ。


 それは、隆仁自身の戒めでもある。


 ……美少女は全員完璧な頭脳を持っているわけじゃない、と……。


 愛すべきポンコツと言うよりかは、赤錆で修復不可になったロボットだ。アニメは製作者の理想を映し出したものであり、現実世界を二次元に移設したわけでは無いのである。


「……隆仁は、何にするの?」

「三つの不協和音揃った牛丼。ちなみに、俺の一押し」

「随分ご不満ですわね……。庶民どもは食物のある幸せを感じた方がいいのよ!」

「お嬢様、セリフが反対でございます」


 蛙化現象は忌み嫌う男子も多そうだが、お嬢様化現象は好き好みが分かれそうだ。独断と偏見で、ツッコミ気質のある関西なら籠で扇子を扇ぎながら結婚相手を探せるだろう。


 厨房が大忙しで提供時間がアトラクションになっている原因の一つに、牛丼への極端な需要がある。選挙を行った結果、まだマシな肉の丼が選ばれているに過ぎない。


「……とにかく……。牛丼って、そんなに人気」

「佐田さんは、食堂使ったことないんだなぁ……。見回してみたら分かると思うけど」

「……みんな、見事に食器がシンクロしてるね……って、佐田さんじゃなくて結莉!」


 ツッコミ精度が落ちてきた佐田家のお嬢さんは放っておいて、どこのテーブルを覗いても肉汁を滴らせた牛が一面を覆っている。


 ……あの子も、あいつも、あの後輩も……これは豚丼か。


 牛丼シェア率は脅威の九十五パーセント超え(自社調べ)。モノカルチャー経済であるが、業者の懐はほくほくだ。


 肉ばかりが目に入って、どうしようもなくテーブルにへたり込んでしまった結莉。両腕を降伏させて、珍味でも残飯でも喜んで食べそうである。


「……ひもじい……」


 腹の奥から声を出す元気もなく、アリ地獄で蠢く食糧のごとくもがいている。ここには希望を叶えてくれるランプも、異空間へ繋がるポケットも存在しない。


 これ以上不機嫌になっては側近に讒言で更迭されそうだ。隆仁も牛丼が待ちきれないが、手元に届くのはまだ先のお話だ。


「ほらいくよ、佐田さん。その肩掛けバッグでも座席に置いておいたら、取られないから」

「……」


 ボケが飽きられたか、その力も出ないのか。結莉は押しても動かぬ銅像となって、返事がない。


 これは不可抗力だ、と見えない敵に弁明しつつ、彼女の未使用絹ハンカチのような腕を優しく掴んだ。……のだが、吸盤で貼り付いていて引きはがすことが出来ない。


「……がない」


 ポツリと一言、結莉の口から落下していった。地面で砕けてしまって、文字を読み取ることが出来なかった。


「……もっとはっきりとした大きい声で」


 隆仁の諭しは響いてくれたようで、ショートヘアーがふわりと浮き上がった。


 唇を動かすのがやっとで、彼女の言葉が一音ずつ形になっていく。


『さ・い・ふ・わ・す・れ・て・き・た』

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