エピローグ後半 成就(完)
「……真剣な話をしようと思って、今日ここに来たんだ。須藤くん、聞いてくれるかな?」
結莉のバルブが緩んだ口は、ロックが欠けられた。わざと陣地に薄い場所を作って誘導しようとする気配も消えた。
お茶を濁して良さそうな雰囲気が、音を立てて崩れていく。
別れの危機が訪れているのではなく、正対している寄生系少女がかしこまって話を始めようとしているだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
何を切り出されるか、隆仁に分かったものではない。カラオケ代を改めて請求されたのなら、遡及処罰の禁止を軸に争っていく。
……昨日のつづき、だよな……。
トラックを頭に乗せていたような、金星にも劣らない重力。昨日結莉がすんでのところで放流を撤回した話は、そのような条件下でのものであった。ヘリウムガスが装填された風船と同じにはならないだろう。
彼女が瞬間沸騰した理由も、今日明かされるに違いない、非公開とされてきたブラックボックスの全容が、一般公開されるのである。
隆仁は、アイコンタクトを結莉に送った。瞳を逃さないように、集中し続ける。
彼女の目は、実質付き合ってなどいない異性の強烈な眼圧にも屈しなかった。光同士が接触しても跳ね返らないのは周知の事実であるが、見たもの全てを串刺しにする結莉の目が突き刺さって痛い。
ネタという非常口には、鍵がかけられた。背水の陣と言うよりも、そうせざるを得なかっただけのことである。
「……昨日のアレだよな。いつでもどうぞ」
結莉の策略に引っ掛かっている可能性も捨てきれないわけだが、その時はまたその時だ。匂わせで金を釣ろうとするのも、彼女の素行からは導き出せるのだから。
隆仁に頷きで返された結莉は、小刻みに顎を上下させた。手持ちの参考資料の確認でもしていたのだろう。
「……実はね、須藤くん。私、お金をやたらめったら催促してたんだ」
「……知ってたよ」
ど真ん中にストレートが決まって、ワンストライク。球威に押されて、バットを出すことが出来なかった。
二日目から薄々感じ取っていた、金クレの症状。結果的に、隆仁の本能が正しい事が証明された。個人的な感想とすると、叶ってほしい事実ではなかった。
二、三週間ほど塗り固めてきた嘘を内部から壊すのだ、声が震えてもおかしくない。一人でバイトを任されて、ストレスからトイレに籠りっぱなしになるのも理解できる。
結莉の肝っ玉は、鋼など生ぬるい素材で作られている。ダイヤモンドカッターを回転させても、一年かけて一ミリ削れる程度に落ち着きそうな代物だ。
……それくらいの度胸じゃないと、見ず知らずの男子に告白してこないか……。
告白というものは、青春の一大イベントである。長期休暇で疎遠になることも少なくないが、一生のパートナーと出会ったという体験談も相応に出てくる。故に、勘違い野郎の大量発生が定期的に発生するのだ。
愛の宣告をされたからと言って、相手が自分に一切を委ねているわけではない。常識をわきまえていないと、独占欲からデートDVに繋がりかねないのである。
結莉のリスクヘッジは、高性能CPUにも引けを取らない。負けは最小限に抑えて、賭ける時は一気呵成に大金をつぎ込んでくる。
「……なんとなく、察してたけど。それなら、なんで私を振らなかった……、やっぱりそれは後で聞くね」
深淵を覗き込む時、深淵もまた覗き込んでいる。直近は映像で比較して分かる程に演技が劣化していた結莉は、隆仁の行動に気付いていた。
……それに気づいてたなら、もっと早く尻尾切り出来ていたのでは……?
結莉の目的であるお金稼ぎは、相手が無知で愚かという条件を成立させて初めて実行できるのだ。隆仁が防衛線を張ってしまってからでは、多くを望めなくなる。
知性が人間離れしている彼女なら、きっと一つの結論に行きついたはずだ。『別の男子に乗り換えよう』と。東京の路線網のごとく乗り捨てられるのは気に食わないが、結莉からすると当然の判断になる。
「……えーっと、どこから話したらいいかな……。……まず、幼い時までタイムスリップしてもらうかな」
四次元空間の裂け目が出現することは無かった。結莉が語る舞台が時間遡行するということのようだ。小学生でも文脈で事実を読み取れる。
腕を組んで大股になっている現在の結莉は絶品の一品だが、幼少期はどのような日常を過ごしていたのだろうか。整形美人の家系だったのかもしれない。
……整形しようがしてなかろうが、今の佐田さんには見とれちゃうな……。
整形が絶対悪とされているのは、一部の集団がコンプレックスを押し付けただけである。人が持つ権利に横槍を入れる資格は無い。
「……私って、今でも可愛いでしょ? 幼稚園の頃からも、そうだったんだ……」
「……それは、おめでたいことで」
当時の写真を出してくれなければ、真偽が付かない。嘘をつく理由が特にないので、真実ではありそうだ。
……幼稚園とか、おままごとしてたのかな……?
頭脳の仕組みがある日突然組み変えられることは、人間に起こらない。力を育むはずの遊戯時間も、彼女にからしてみれば退屈で無駄な時間だったのもしれない。
生活習慣や具体的な施設の名前を一切口にしないまま、結莉の過去談は流れていく。
「普通の人なら、顔が整ってるのは良いことだって思うよね。私もそう思う。個人商店で割引してくれることもあるし、何かを間違っても笑顔でフォローしてくれるし……」
「……美人って、やっぱり所々で得するんだ……」
「そうじゃなきゃ、美人なんてやってられないよ……」
全国の高校生に謝罪会見を開くこと待ったなし。動画の炎上商法で生計を立てる投稿者へと変身だ。結莉の素を丸裸にして垂れ流すだけで、動画を十本は作れる。
彼女の言い草は、美人が辛いと主張せんとばかりだ。セクハラおじさんが纏わりついてくる年代でもない内から苦労していては、一寸先も闇だらけになってしまう。
……美人が辛いなら、俺はその何倍も負担してるよ……。
先天的な優劣で待遇を決められることは、あってはならないとされている。差別の無い世の中を作ろうと、政府や団体が躍起になって活動しているのを見た人もいることだろう。
現実は、非情である。美人がチヤホヤされて選び放題なのに対して、平凡な隆仁とやらは生殺与奪の権利を結莉に握られる。子孫を残す本能が働いているので差別だとは思わないが、それでも不利益を被る人間からすると、結莉の爆弾発言で暴徒になってもおかしくない。
からかっている様子なら頭突きでもかましてやろうと身構えていたものの、結莉の表情は浮かない。乗っている船が沈没しそうな深刻っぷりに牙を抜かれてしまった。
「須藤くんには分からないかもしれないけど、周りのみんなは気を遣ってた。女の子からは崇め称えられたし、男の子は目の色が変わってた。保護者も、誉め言葉しかくれなかった」
高級貴族に、一般庶民の心は汲み取れない。逆もまた同じだ。結莉の苦労を真正面から受け止めることは、物理的に不可能なのである。
「最初はいい気持ちになってたけど、人って怖いよね。慣れてくると、詰まらなくなってきちゃうんだから」
「作業ゲームみたいなもの、なのか……?」
「それでだいたいは合ってるかな」
贅沢なケーキを美味しく感じるのも、誕生日や記念日という特定の日時にしか食べられないからだ。一日三食ケーキが一年続いたのでは、脳がスポンジになってしまう。
好きだったゲームも、クリアしてしまうとマンネリ感が増していく。やりこみ要素が残っていたとしても、いつかは全て達成してしまう。後に残るのは、戻ってこない消費時間を哀しむ虚無のみである。
美貌が人生において総合マイナスに転落することはない。が、局所を切り取ってみると谷が出来る。
「私がなにかやりたくても、全部他の子が代わりにやってくれちゃう。直訴しても、言うことを聞いてくれない」
号令をかけなくとも、自ら志願して奴隷になった取り巻きが家事をこなしてくれる。多忙で飛び回る社長にはありがたい人達でも、幼少期の結莉にはさぞかし退屈だったのあろう。
この先の未来、仕事はどんどんAIに取って代わられる。事務作業やコンビニ定員はロボットに変身し、手に職を持たない流浪者が街中にあふれるのだ。
仮に援助金が支給されて不自由のない生活が送れたとしても、仕事をせずに生き続けるのは肩身が狭くなってくる。あれほど休みたくて仕方がなかった会社員時代を懐かしむようになるだろう。
……自分でしたいことも、あるか……。
範囲外の作業を押し付けられることの多かった隆仁には、到底吸収できない感性だ。
「恋愛だって、一緒だよ? 外側はみんな見るけど、それで満足しちゃう」
「外側すら見てもらえない俺はどうすればいいんだよ……」
「偏差値の高い大学に入れば、箔が付いてモテると思うよ」
中身も考慮に入れて恋人を選んでくれと懇願する男女には、余りにも厳しい詔であった。烏合の衆にも臆せず薙刀を振り払う結莉は、とても一等兵とは思えない勲章が胸に付いていた。
……佐田さんなら、誰からでも求愛されそうだしな……。
正常に戻る前の隆仁を含めて男子が結莉に近づいていくのは、他を凌駕する端整な顔へだ。知識量が多かったりノリに乗ってきやすいタイプだったりするのは、付加価値に過ぎない。本体が付いてきてこそ生まれる価値なのである。
低レベルの顔で生まれてきた方々が書類審査で切り捨てられるのは広く世に認知されているが、実はトップクラスの幸運な御尊顔を携えた彼女らも同じなのだ。
偉そうに考察している隆仁も、釣り針に引っ掛かって解剖されそうになった一人である。
「……たぶんね、みんなは私に似たロボットと電池があればいいと思ってるんじゃないかな。私のことを考えてくれるように見えて、自己の欲求を満たしたいだけ。人形としか見てくれてない」
結莉は、深いため息をついた。アイドルだって、クラス一の天才肌美少女だって、生理現象は避けられない。ロボットではなく、れっきとした人間だ。
佐田さんに告白同盟の面々がこれを耳にしたら、卒倒して赤色灯が点滅してしまうだろう。
自分でプログラミングしたロボットは、都合のいい語句しか喋らない。機械学習で不適切な言葉を覚えてしまったとしても、製作者が直々にそのデータを消滅させてしまえばいい。
自作プログラムと、二次元の美男美女アバター。恋愛ごっこがしたいなら、これだけでも十分だ。
ところがタチの悪いことに、空想と現実をごちゃ混ぜにしてやってくる救えない層がいる。彼らは、今の時代を一生懸命生きるいたいけな少女を、道具としてしか考えていない。自身の事しか頭が回らないと、心理的暴力や避妊の情報を調べようとはならないのだ。
結果として、それらはお昼のニュース番組に現れる。技術のレベルがいくら進歩しても、根本的に腐っている輩がいるのはどの時代も同様だ。
「……へへ、須藤くん。ここまで聞いて、どうして私がこうなったのか分かる?」
「自暴自棄になった……とか?」
「それだったら東京湾で心中してるよ……」
昔の戦隊ものは東京偏重だったが、結莉もその影響を受けている。風評被害を都市圏に集めたいアンチ東京の活動かもしれないが。
ニヤニヤと煌めく犬歯を見せる結莉からは、表世界の陰にカモをおびき寄せようという策略が見つからない。家宅捜索しても、証拠の一つ出て来やしないだろう。
……佐田さんのことだから、突発的になったとは思えないし……。
彼女は、良くも悪くも損得勘定と合理性で動いている。なりふり構わず怒鳴り散らすことはないだろうし、そのメリットもない。
ともかく、隆仁が持っていた旗は白しかなかった。
「……降参」
「よし、これでまた勝っちゃったね。次はどこのお店をおごってもらおうかな……なんてね」
首をかしげるその姿は、飼い主の命令が来るまで待機しているペットのようであった。こんな人形が一家に一台欲しいと言う不届き者がいるのも、分からなくはない。
「……向こうが人形としてしか見てくれないなら、私は道具として使っちゃおう! とまあ、こんな感じ」
「ノリの割に言ってることが鬼畜ですね……」
この美少女の口から出る一文だとは考えづらいが、現実に体験した彼女の動向が裏付けとなっている。
借金の利息は雪だるま式に膨れ上がって、貸出金の何倍にもなってやってくる。結莉というレンタル彼女を利用していたはずが、ぼったくりバーで大金をむしり取られているとは恐ろしい。
……どっちに非があるかと言われると……。
喧嘩両成敗で片付けてしまうのは、余りにも味気ない。詐欺は騙した方が悪くなるのだが、この事例は口をつぐんでしまう。
「……須藤くんも、最初はそんな感じで接したんだけど……」
「ちょっと待ってくれ。告白してきたの、佐田さんの方じゃなかったっけ?」
「あれは、テスト。不合格だったらお金だけ搾り取ろうかな、って」
人を目に付かない場所でふるいにかけていたとは、計画性があったことがうかがえる。ネタバラシをされているということは、隆仁は廃棄物として焼却されなかったようだ。
「今から、結果発表するね。須藤くんは、仮免許で合格! ……こんな話してるから想像はついてたと思うけど」
「本免許は?」
「それは危なっかしくて渡せないよ」
佐田試験官の目には、隆仁が不安定だと映ったのだろう。助手席に監督される条件付きでしか、公道を走れない。
……仮と普通の違いってなんだよ……?
この合格が何を指し示しているのかは、何となく掴んでいる。が、仮の付いた補欠合格だとは想像していなかった。後頭部の斜め上にドロップキックを受けた気分である。
隆仁の複雑に絡み合った紐を外そうと、結莉がナチュラルから微笑した。
「須藤くんは、私のことを襲おうとしなかった。お金の要求も、抗ってくれた。それだけで、不合格にはならないよ」
「……もし、機嫌を損なわないようにお金を貢いでたら?」
「道具として使いまわしてたと思う。……要求に応えても幸福にならないと分かってるのに改めない人は、嫌いなんだ」
面と向かって言いづらい事を躊躇いなくズバズバ切り込んでくる結莉は、一種の気持ちよさがある。自分からは物言いしてこない癖して思い通りにならないと怒られるよりは、清々しい気持ちでいっぱいになれる。
金クレに貢ぐ人の心境としては、お金さえ払えば結莉という美少女が手に入ると思い込んでいるのが一番多いだろう。本心を惹きつけられないと自覚していながらも、湯水のように金銭を注ぎ込む。
結莉は、一人の女子高生だ。他人の言いなりになってレールの上を走る客車ではない。動かない人形の代替として扱われるのが、癪でしょうがないのだ。
「……仮免許になった理由は?」
「牛丼を無理やり奢らせるまでは、目の色が今までの男の子と一緒だったこと。正直、諦めかけてたからね」
「……言い返せない……」
反論する余地は残されていなかった。結莉の美貌目当てで告白を許可したのは、隆仁の顔にでかでかと書いてあっただろう。
いきなり、結莉は深くお辞儀をした。腰から直角に折れて、頭が垂れ気味になった。
「……もし須藤くんが、隆仁が許してくれればだけど。改めて、付き合ってくれないかな……?」
それは、隆仁がずっと待ち望んでいたはずの告白文であった。
何を言われたか頭に入って来ずに、空が真っ白になった。メモリ容量が一杯で、描写されるのに時間がかかっている。
初回の告白時は、心臓の動悸が止まってくれなかった。手に汗が滲んで、理由を疑った。結莉に見とれて、彼女のことや経緯を知ろうともしなかった。
今回は、どうだろうか。レッテルを張りつけたまま無感情になっているわけでも、全く同じ反応を見せているわけでもなかった。
……佐田さんとの会話、まだ続けられるんだな……。
隆仁の奥深くから、緊張が解けてリラックスしていった。恋心としての落ち着かなさよりも、結莉との関係が途切れないことに安堵していた。
「……今度こそ、よろしくお願いします」
悪戯ばかりで、金を巻き上げる事しかしてこなかった彼女。我ながら、ひどい扱いを受けた。平凡な女の子だったならば、早々に見切りをつけていたはずである。
それは、頭を下げても同じこと。平謝りだと相手がみなしたのなら、いくら低頭しても印象は改善しない。
結莉は、取り返しが付かなくなりかねない問題行動をしていたのだ。
……こんな佐田さんと一緒に居たくなるなんて、俺もどうかしてるのか……?
それでも、結莉に付いてきたくなった。表裏なく指摘すべきことは当たり前のように口から出てくる素の彼女が、何とも相談しがいのある存在になっていた。
……俺が思い描いてた計画とは、全然違う形になったけど……。
隆仁が逆襲して惚れされる、という趣旨からは外れてしまった。最初から品定めされていただけで、隆仁が関与していないと言われればそうなのだろう。
しかし、結莉に近づきたい一心で金クレに対抗していなかったら。同意があると勘違いして襲おうとしていたら。
……この世界線を掴めてないよな……。
白旗を上げさせようと、結莉に真っ向から勝負しに行ったこと。直接彼女を動かす手段にはならなくとも、総合的な判断で揺るがす材料となったに違いない。
動機は不純、思考は単純、思いは真純。道中がいくら厳しくとも、最後の一手までどう転ぶか分からない。事実、隆仁の意志は彼女に伝わったのだから。
会心の笑みが、結莉に灯った。キャラ作りの苦悩が混じらない、彼女本来の笑顔だった。
「須藤くん……じゃなかった、隆仁。遅延損害金をいただこうかな?」
「集合時刻の十分前に来たんだけどな……」
……どうにでもなってやるよ、俺の青春。
結莉と隆仁の共同日記は、まだページが埋まりはじめたばかりである。
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隆仁と結莉のカップルはまだ前途多難ですが、ここは二人が成就(?)したとこで筆を置かせていただきます。(完結です)
最後まで読んで下さり、誠にありがとうございました!




