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001 突然のお誘い

 美少女に釣り合うのは、イケメン。そう取り決めがなされている世の中は、何とも残酷だ。夢物語がアニメや小説で流れていくが、現実とのギャップは大きい。


 告白は、気軽に行使できる権力ではない。社会的死をも受け入れる覚悟で臨まなければ、あえなく討ち死にして仰向けにひれ伏すことになる。


「……須藤くん、時間あいてるかな?」


 クラス一のモテ女と噂されている佐田さた 結莉ゆり隆仁たかひとに声をかけてきたのは、これが最初だった。


 縁がないと断言していた、アニメに出てきそうなショートヘアの女子。話しかけられるだけでも、自然と心のメトロノームが重りを下げていく。


 河口付近の流れだった血流は、険しい渓谷でうねりを上げる川に変わっていた。コミュニケーション能力が欠如していようがいまいが、野生の本能が叫んでいるのである。


 砂利道から蹴り出された石ころという扱いをされていたところから人間に昇格したのだ、話し合いの出来る体制ではなかった。誰かが油を差してくれなければ、ものの数秒で部品が疲労で折れてしまいそうであった。


「……空いてるけど……?」


 恋愛ごっこに慣れっこなイケメンどもは即座にデートプランまで構築してしまうのだろうが、初恋相手は届かぬ雲の先にいた隆仁には返答で精一杯だった。


 男子の体裁は保とうと背筋は伸ばしたつもりだ。なにせ、着席しているとは言え下から視点なのでは威厳が無い。


 結莉は見栄っ張りなどお構いなしと、誰にも触られたことのないバリケードを朝飯前に真っ二つにしてしまった。細かい動作に気を配っていないだけかもしれない。


 遠慮という人への気遣いは遠い記憶に置いてけぼりにしてきたのだろう。彼女はそのまま数学の課題が広げてあった隆仁の机を補助台替わりにした。


「……誰もいない下駄箱のところに、放課後来てくれないかな?」


 女子の燃えるような吐息が耳たぶに降りかかったのは、伝言ゲーム以来である。


 幸いにも、熱血漢で教師陣も抑えられない野郎たちは運動場で青春をしている。女子のネットワークは未知数だが、同性から白い目で見られて同志を失うことに比べれば何でも耐えられる気がする。


 雰囲気が揺れ動くなどという非科学的現象は迷信ではなかったのか。軍団のトップを率いている結莉が立ったことで、一斉に視線がこちらに向けられる。スーパースターになるための修行だと言われても、こんな試練を受けたくはない。


 不用意に隆仁が手を掴もうものなら、薙刀が全身を貫きそうだ。時代としては一世紀ほどズレているが、殺傷能力は十分だ。五臓六腑を破壊され、出血とストレスで血反吐を吐いてしまうだろう。


「……もしかして、こんなこと初めて?」

「……そうなるかな」


 恋愛経験不足を露呈して、顔面蒼白になってしまった。揚げ足取りにも、素直に従うしか術がない。


 彼女から話を切り出してきたのが何の用事かは不明である。勉強の悩み事ではないだろうから、残された選択肢は有限個の中からになる。


「……その様子は、何か期待してる顔だね!?」


 うろたえてあっちこっちに目が泳ぐ隆仁が、餌に釣られて食いつこうとする池のコイにでも映っているのだろうか。長年培ってきた仲でもない他人同士ということを自席に置いてきた結莉に、頬を人差し指で突っつかれた。


 それは、取り巻きの軍団からしても想定外だったに違いない。興味津々で上半身を乗り出し気味にしていたのが、唇を引き攣らせて顔面を指揮する筋肉が凍ってしまっていた。


 目と鼻の先にまで迫って来た得体の知れない小ぶりなクラスメートは、天使か悪魔か。どちらにせよ、クラスから血祭に挙げられるのはやめていただきたいものだ。


 人を小馬鹿にした振る舞いが目立つが、核心に狙いを定めて銃弾を撃ってこられている。無言を貫けば気迫に押されてすごすごと退散する……訳も無く、むしろ今日のスクープとして一面に取り上げられてしまう。


「……それは、自分じゃなくたって、いきなり近づいてこられたら……!」

「授業の班で討論の打ち合わせをしに来た、ってことだったら?」


 意地の一撃をお見舞いしてやりたかったが、脳天が頭蓋骨にへばりつくカウンターパンチを顎下に食らわされた。


 やれ結莉のことを『面識がない』だの『赤の他人』だのアピールしてきたが、厳密に言うと誤りである。彼女の言う通り、討論の班でたまたま居合わせているのだ。


 紙媒体で一度黒板に掲示されていたもので、隆仁も確認するにはした。『佐田 結莉』という頂点に君臨する権力者の名前も入っていたのを覚えている。


 反応を愉しむにやけた顔からして、軽く探りを入れられているだけだろう。毅然とした態度で酔っぱらった人を受け流すようにすれば、何も問題は発生しない。


 周辺からの圧力は、時が経過するごとに増していく。大気圧に加えて、邪魔者を追い出すプレッシャーが教室の外へ外へと働いている。


「……それは……」


 言葉を引っ張り出そうとしたが、生成途中で崩壊して消えてしまう。形になっていないものを空気に触れさすと、具現化せずに消失してしまうのだ。


 垂らされた糸にしがみついた隆仁は、もう嘲笑の的である。


 虚勢を引っ込めて降伏しようと両手を万歳しかけたところで、返しに引っかかって取れなかった違和感がストップをかけた。


 ……それでも、下駄箱に呼ぶかな……?


 人狼ゲームは、相手の発言に矛盾を探して敵を当てるゲームだ。一言一句に細心の注意を払わなければ勝者になれず、不用意な失言は自陣営に致命的なダメージを与えかねない。


 議論は、机があってこそだ。立ち話で濃淡の区別を付けられるはずがない。


「……下駄箱に呼ばれてる時点で、その話はない……はず……」


 腹をくくって我武者羅に前進できないのが、隆仁の弱みだ。そよ風で信念が大きく揺らぎ、幼稚園児のキックで根本を折られる。ウドの大木は自立しているからマシな方で、誰かのサポート無しでは生きていける見込みがない。


 方針が決まらずに考えあぐねているのを見飽きてか、机の金属棒から乾いた衝突音が響くようになった。金属靴を履いてくるのは校則でもちろん禁止なのだが、芯の無い人間はお嫌いなようである。


「……もっと、意志をきちんと……」


 不甲斐なさにもどかしくなって机をたたき割られそうになったその時、重厚なチャイムが二人の間を疾走していった。圧迫面接を受けて全面的に言い分を認めそうだったところに現れた救世主だ。


 人間は間合いを詰められると、パーソナルスペースが発動してひとりでに距離を取る設計がされている。刀を持っていると斬り殺してしまう範囲でもある。


 チャイムが鳴ったということは、元至福のひとときがタイムリミットまで五分であることを示している。今となっては砂が落ち切って欲しいのだが、こういう時に限って時計の針は忖度してくれない。


 腹に収まった昼飯も、逆流して戻してしまいそうだ。史上最大の危機は、まだ去っていない。何せ、全女子の視線が注がれているのだから。


「……人に何か頼み事をするなら、要件を始めに言ってくれないと……」


 防戦一方では面白くも無いし、良くて引き分けにしか持ち込めない。希薄な望みを賭けて、盤面をひっくり返しに行くまでだ。


 一分もあれば言いくるめられそうな男子からの報復ミサイルが飛んでくると思っていなかったのか。結莉が、上の空でうなずいた。


「……それは、ここで言えないことだから」


 一般公開されたその受け答えは、大々的に私的な要件だと宣伝しているようなものである。


 彼女の指と指が折り重なって、瞳は生気のない灰色のタイルを捉えていた。網膜に映し出されるスクリーンに、隆仁はサブリナミルで投影されていることだろう。


「……さっきまでさんざんこっちが言われてきたんだから、今度は俺の方から……」


 主導権を、何とか握りたい。爆撃する目標が容易には見つけられないのがネックだが、アイデアを捻りだせばなるようにはなる。


「……それじゃあ、今日の話はな・し・ね? ……せっかく、一歩踏み出してみたんだけどなぁ……」

「……放課後、下駄箱でいいんだよな?」


 男のプライドも闘争本能も投げ出して、傘下に編入される他なかった。ご都合展開でも中々見られない、急転直下の幕引きになった。


 ピラミッドの頂点に君臨している結莉は、権力も絶大だ。本人は能天気に男子とおしゃべりをしているつもりでも、側近と部下が黙ってはいない。必ずお灸を据えられる。


 彼女は、他クラスの男子をよく呼び寄せる。十人評論家がいれば八人は俺の嫁だと結婚を申し込みに来る美少女に、フェロモンのにおいを嗅ぎつけない勇者はいないのだ。


 そして、その勇敢で無謀な挑戦者は見るも無残に敗退していく。振られたのも一定数は存在するだろうが、大部分はバックについているお姉さまたちの無言威力によるものだと分析している。


 困ったことに、結莉にその意図は無い。自覚しないまま台風を従えているのも同然なので、被害がより甚大になっていく、治安の悪い学校の窓ガラスが全て割られているのは、彼女が通った跡だからではないだろうか。


 ここまでは、隆仁にとって知ったことではない。玉砕するなら勝手にしておけばいい。身の程をわきまえている賢明な人は、成就する確率が宝くじの高額当選より低いことにすぐ気づく。


 ……振られるなら、まだいいんだけどさ……。


 告白してお断りされるのは個人の恋愛感情であり、他人にとやかく言われる筋合いは皆無だ。


 しかし、その美少女からの誘いを断ったとなれば、どうだろう。女子陣を敵に回しているというのに、男子にまで怪奇の目で見られては不登校になるしかない。人生お先真っ暗だ。


 雀の涙しか持ち合わせていない隆仁のちっぽけなプライドなど、利害という大きな壁を前にしては粉々に砕けるのである。口論では、感情的になった方が負けるのだ。


「……須藤くんは、コミュ障ってやつかな?」

「そんなことないと思うけどなぁ……」


 太ってもいなければ運動不足でもなく、女子を目にしただけで欲望がにじみ出すようなこともしない。美少女に舞い上がるのは人の常、仕方のない事なのである。


 この期に及んでも、学年一のハイスペック女子と言葉を交わしていることに満足感が溢れ出てくる。事態が深刻でも可愛ければ全て良しとなる理由がよく理解できる。


 廊下の奥から、ざわめきが反響してきた。スポーツで汗を流したフレッシュな面々が、昼寝の準備をしに遠征から帰還しようとしているのだ。


 教室には、女子のほとんどと隆仁。目と鼻の先に居るのは、結莉。状況証拠だけで、有罪判決を食らいそうだ。


「……流石にこうやっているのはマズいよね。また、放課後にね?」


 愛想笑いでもいい、緩くカーブした目と共に手を振る姿は、逆光も重なって恋愛の神様になっている。キューピッドになってくれるかどうかは神のみぞ知るところだが。


 いそいそと、平静を装って彼女は自席へと戻っていく、目で追いかけたくなったが、野郎どもも続々とバラバラにリスポーンしている。たくましい体格の陰に隠れて、見えなくなってしまった。


「……おい、須藤。女子に囲まれて、何かいいことでもあったか?」

「むしろ、その逆。この空間、気まずすぎるんだよ……」

「だよなー」


 ……全く隠し通せる自信がないな……。

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