6足目 部長と靴下
フゥ~と息を吐く音が響く。
やがて息を吐ききった青水が、思いっきり息を吸い込んだ。
「すぅうううう...っぐ!!!!」
「ひなちゃん!大丈夫でスか!?」
膝から崩れ落ちた青水をみて心配そうにクララがかけ寄る。
「モモ、お前の靴下...いや足...?」
甘太郎が可哀想な目で見てくるが口元は今にも笑いそうだ。
「い、いや、そんなはずは!」
自分の足を持ち上げ臭いを嗅ぐ。
「別に臭くない、けど。」
「自分の体臭ってのはな、自分じゃ気づきにくいものなんだぞ...」
「お前も失礼だな!じゃあ甘太郎も嗅いでみろ!!」
体の向きを変え、ずいっと甘太郎の方へ向ける。
「やめろ!俺はまだ死にたくない!」
「カンちゃん、大丈夫よ。ミスターモモの足及び靴下は臭くなかったわ」
「ほれみろ!」
クララに支えてもらい立ち上がった青水。なんだか顔が赤い気がするが気のせいだろうか。
「と、嗅がせておいて何だが大丈夫か?青水」
「ええ、問題ないわ。クララちゃんもありがと」
肩を貸していたクララが離れようとする。
「あっもうちょっと肩は貸していて。なんなら保健室に連れて行って」
そういって自分より身長の低いクララにしなだれ、腕を絡ませる。なんでそんなに甘えてるんだよ。
「おバカなことするからでスよ、まっタく。ではモモくん甘太郎くん、今日はここらでお開きというこトで...」
「なんかごめんなクララ、青水も」
「気にしないで、私は私で調べたいことが増えたから」
「えへへ、気にしないでくだサい!今日は楽しそうなひなちゃんが見れてよかったデす。ではまた明日!」
ニコニコしながら青水を引きずっていくクララ。
「また明日な〜!」
そう言いつつ鞄を持ち、席を立つ甘太郎。
「さ、モモは部活だろ。途中まで一緒に行こうぜ。」
「なぁ、滅茶苦茶消化不良なんだが」
「モモが臭いわけじゃないってのが分かっただけでも収穫だろ!」
そういってガハハと笑う。
「臭くなかったのに何で崩れ落ちたんだよ。それに変なUMAについて少し喋っただけで何も解決してないし。」
「また次があるさ!ほらさっさと行こうぜ!」
「こんな調子なら次はお断りなんだが...」
校舎前で甘太郎と別れ、部室棟へ向かう。
と、植え込みにすっぽりと入り込んで作業をする間木さんを発見する。
「あ、間木さん!お疲れ様です!」
「モモくんお疲れさま〜、今日はもう来ないと思ったよ!」
「すみません、すぐ着替えてきます!」
は〜い、と返事をする間木さんを背に更衣室へ飛び込む。
さっと着替えを済ませて更衣室を出る。が、なにか忘れているような気がする...。
あ、靴下か。
「危ない危ない、今日はポケットに入れようとしてたんだった。」
身を翻し再び更衣室の扉を開ける。
すると、ロッカーの前にくしゃくしゃになった靴下が片方落ちている。
「あれ?畳んで入れた気がするんだけど」
サッと拾い上げ、ポケットにねじこむ。
ロッカーの中に入ったもう片方もしっかりポケットへ入れて更衣室を出た。
「遅れてすみませんでした、今日はどこ担当ですか?」
「今日は肥田さんのところに行ってもらおうかな、多分散らかってると思うから...」
あはは、と頬をかきながら困り気味に答える間木さん。
「散らかる?」
「今日は校内樹木の剪定してるの。一人でやってるし、片付けまで手が回ってないと思うから。」
「そういうことですか。ならほうきとちりとり、あと袋持っていけば大丈夫ですかね。」
「袋より一輪車のほうがいいかな!」
「わかりました、とりあえず行ってみます。」
「旧焼却炉のあたりから始めるって言ってたからお願いねー!」
更衣室横の倉庫から一輪車を引っ張り出し、竹箒とちりとりを乗せて出発する。
旧焼却炉は校門の真反対、学校でも一番奥まった場所にある。
平日で生徒が多いため、恐らく人がいない場所から始めているのかな?
焼却炉前まで行くと既に綺麗に剪定された庭木たち。そして辺りに散らばる葉と枝。
一輪車を押してその跡を辿っていくと、凄まじい速度で樹木の形を整えていく部長の姿をみつけた。
「おおおおおお!!!!」
雄叫びをあげながら、剪定ばしごを生き物のように乗りこなしているさまはもはや美しい。が、普通に危険だ。
「肥田さーん!お疲れ様で〜す!」
荒れ狂う肥田さんへ無闇に近づくと危険なので、少し遠めの位置からでも聞こえるよう大きな声で呼びかける。
「あらぁ?モモちゃんじゃない!なんだか久しぶりねぇ!」
顔だけこちらに向けて、そのままの動きで剪定を続ける肥田さん。凄いけど少しこわい。
「部活でも顔合わせませんでしたからね!今日は肥田さんのサポートです!!」
「あらぁ、ありがとう!じゃあ焼却炉の横辺りに穴が開いてるから、片っ端からそこに運んじゃって〜!」
「穴?ゴミ捨て場じゃないんですね!」
「ゴミ捨て場に持っていくと捨てられちゃうのよ〜!うちは堆肥とかにリサイクルしてるからねぇ!」
なるほど。エコだ。
「わかりました!よろしくお願いしまーす!」
「頼んだわねぇん!」
肥田さんのウインクが飛んできたので半身をずらしてそっと避ける。さぁ頑張ろう。
少し離れた場所で枝葉を一輪車へ積み始める。肥田さんの声以外は静かなもので、人も全然通らない。
かき集めた枝葉を一輪車へと山盛りに乗せ、ポロポロこぼしながらも焼却炉横へ向かう。
「このでかい穴はうちの部で使ってたのか...」
焼却炉の横には広くて深めの穴があった。まさか園芸部で使ってるとは思わなかったな。
肥田さんが叫びながら穴を掘るビジョンが頭をよぎったが、おそらくもっと以前からあるものだろう。
「ぼーっとしてる場合じゃなかった、早くしないと日が暮れちゃうな」
一輪車を傾けてザーッと穴へ枝葉を入れる。さぁ、ひたすら往復だ。
始めてからしばらくしたところで雄叫びが止んだことに気づく。
先ほどまで先輩が剪定していた場所あたりまでは片付いたのだが、あれからどれくらいの位置まで進んだのだろうか。
「とりあえずまた先輩のところまで行ってみるか」
再び枝葉の道標を追って行くと、校門の手前あたりで一輪車に切った枝葉を積みこむ肥田さんをみつけた。
「肥田さん、今日はもうおしまいですか?」
「あらお疲れ様。剪定は放課後一日じゃ終わらないから数日に分けてるのよ〜。」
「ま、今日は生徒が捌けるの早かったから、ついつい校門前まで来ちゃったんだけど。」
「流石ですね...」
気配りを忘れず、作業も丁寧でとにかく早い。庭師の息子は違うなぁ...。
「さぁ、モモちゃん。さっさと片付けて今日はもう帰りましょ!」
「ウッス!」
二人で並んで一輪車を押し、焼却炉へと向かう。
「そういえばモモちゃん、一昨日部室の話してたけど何か落とし物でもしたのかしら?」
「ええ、まぁそんな感じですね...」
何人かに話したとはいえ、まだ誰かに話すことに抵抗があったので歯切れが悪くなってしまった。
「あらあら、つっつかないほうがよかったかしら。もし困ってたらいつでも相談していいからねぇ」
そういって話を切り上げる肥田さん。
...いや、この際だから相談してしまおうか。
「肥田さん、実は...」
この数日で起きた経緯を簡単に話しながら作業を進めた。
「というわけです」
そういいながら最後の山を穴へと流し入れる。
「そんなことがあったのね...辛かったわね...」
シュンと肩を落とす肥田さん。俺以上に悲しんでくれているように見える。
「許せないわ、ワタシのカワイイ後輩に嫌がらせだなんて...!」
「肥田さん?」
うなだれていて表情は見えないが俺の代わりに怒ってくれているのだろうか。
というか、嫌がらせと決まったわけでもないんですが。
「見つけ次第血祭りじゃ...」
「え?」
なんか物騒な単語が聞こえた気がするんですが。
バッと顔を上げてこちらの手を握る肥田さん。
「モモちゃん、安心してね。犯人を見つけたらワタシがブチこ...怒ってあげるから!」
やはり物騒な単語が聞こえたが気づかなかったことにしよう。
「ありがとうございます、また少し楽になりました!」
うんうんと嬉しそうに大きく頷く肥田さん。
「さぁ、今日の部活は終わりよ。なずなちゃん達は帰っちゃったかしら...」
その後、二人で片付けを終えて更衣室に入ろうとしたタイミングで後ろから声がかかった。
「百束くーん!部長もお疲れ様〜!」
「あ、間木さんお疲れ様です!番長もありがとな!」
「おう!」
振り返ると、少し離れた位置から着替えた間木さんと番長が歩いてくるところだった。
「あらぁお疲れ様!今日はモモちゃん派遣してくれて助かっちゃったわぁ」
「そうかとおもってましたよ!」
ふふ、と笑って返す間木さん。
部活の作業報告を4人で簡単に済ませると、
「じゃあそろそろ帰りますね!」
「お先に失礼します!」
そういって2人は一足先に帰っていった。
更衣室へ入り、両ポケットからそれぞれ靴下を出す。
だが、出てきたのは片靴下と1枚のハンカチだった。
「俺の靴下が片方...ない...?」