4足目 不審者と靴下
スマホのアラームで目が覚める。
カーテンを開けて、サッと制服に着替えると小春の部屋へ向かう。朝の弱い弟を起こすのは兄の仕事だ。
「小春、朝だぞ起きろ」
からだを揺するとウグゥ〜!とうめき声をあげるが、布団の中で丸まったまま動かない。
「朝飯つくって待ってるぞ」
キッチンへ向かい、簡単にパンのおかずをつくり始めた。
パンが焼き上がる頃には小春も起きてきたので、一緒に朝ごはんを食べながらニュースをみる。どうやら日本で新しい遺跡が見つかったらしく、専門家がわざわざ出演しているようだ。
「へー、また新しい遺跡が見つかったんだ」
「にいちゃん、遺跡ってなに?」
「うーん、にいちゃんも詳しく知らないけど昔の王様の墓とか、過去に人が住んでた街とか...かな?」
「へぇ〜。街ならなんで人がいなくなっちゃったの?」
「そうだなぁ、山が噴火して人が住めなくなったとか、人間同士が戦って滅びたとかよく聞くけどな」
「ふーーん??理由がいっぱいあるの?」
「色んな場所に遺跡があるんだよ。それぞれ違う理由も違うんだってさ。」
「そうなんだ!難しいね!」
「難しいよな。なんならこのテレビのおじさんも本当のことは知らないんだぞ...ごちそうさまでした。」
「なにそれ!ごちそうさまでした!」
小春はまだ話したそうだったが、朝食を食べ終えたので会話を切り上げた。
朝は小春の方が出る時間が早い。そのためこうして毎日見送っている。
「気をつけて行ってらっしゃい、不審者には近寄っちゃダメだぞ」
「にいちゃんもね!いってきます!」
そう言って外に出ようとドアを開け...すぐに閉める小春。
「にいちゃん。不審者がいた」
やけにカタコトな小春の声を聞いて、かばうように自分の後ろへと隠す。
「小春、静かにしててね」
口をおさえコクコクとうなずく小春。
そーっと覗き穴から外を見てみると、家の門のすぐ前に女性が佇んでいるのが見えた。
こちらをのぞき込んでいるように見えるが...なんだか見覚えのある顔だ。
「あれ?店長さん?」
「店長さんってだれ??」
「昨日行った喫茶店のだよ、なんでこんなところにいるのかはわからないけど」
ヒソヒソすることも忘れて話しながら再度覗いてみる。門の前から動こうとしない。
このまま玄関にいても埒が明かないので、店長さんに事情を尋ねてみることにしよう。
ドアを開け、門の手前まで行ったところでやっと店長さんがこちらに気づいた。
「あの、エナトスの店長さんですか?」
「はい、エナトスの店長さんです、おはようございます。」
「あぁおはようございます」
ニコリと笑顔で挨拶されたので、こちらもお辞儀をして返す。
「こんなところでどうかされましたか?」
「朝のお散歩中に懐かしい香りを感じまして〜。昨日お店に来ていただいた学生さんのお家だったんですね、失礼しました~。」
「それはいいんですが...香りですか?特に何も感じませんけど...」
我が家の庭には香りの出る植物が植えられているわけでもない。一体何の匂いがするんだろうか。
「何の――」
香りですか、と言い切る前に
「おはようございます!」
と小春が元気に挨拶した。
「あら、おはようございます。妹さんですか?」
「弟です、紛らわしくてすみません。」
「まぎらわしくないもーん!小春、好きな服着てるだけだもん。」
むーっとこっちを見て頬を膨らます。
「可愛らしくて似合ってますよ〜」
パッと一転、店長さんの方を向き笑顔になる小春。
「週末にいちゃんと『えなとす』にご飯を食べに行きます!」
「あらありがとう〜!お待ちしてますね〜」
にっこり笑いあう2人をみてついぼーっとしてしまったが、今は学校に行かなくては。
「店長さん、学校に行きたいので少し横にズレていただけると嬉しいんですが...」
「あら〜忙しい時間にごめんなさい。ではお店で待ってますね〜百束くん、小春ちゃん。」
そういうと店長さんはのんびりとした速度で喫茶店のある方向へと歩いていった。
名前を覚えられてしまった...まぁ悪い人じゃなさそうだし問題ないかな?
「キレイな人だったねにいちゃん!」
「そうだな。とりあえず知ってる人でよかったよ、通報もせずに済んだし」
そして今度こそ小春を送り出し、自らも足早に高校へと向かった。
あっという間に午前中の授業が終わり、昼休みになった。
みんなが昼食を食べ始めていたが、俺は授業が終わってからも消えた靴下に頭を悩ませていた。
「モモ!飯食おうぜ!」
昼食を誘いに来た甘太郎が肩を叩いてくる。
「んー、行くかぁ」
「なんだよパッとしないなぁ、昨日言ってた靴下のことか?」
げ、声がでかい!俺は甘太郎の腕を掴んで屈ませる。
「あんま大きい声で言うなよ、お前にしか言ってないんだから」
小声で言うが、甘太郎はすまんすまんと笑っている。悪いと思ってないなこいつ。
雨が降っていない日はいつも中庭で甘太郎と一緒に昼食をとっている。今日もこうして移動してきたわけだが、争奪戦のベンチは埋まっていたので芝の上確定だ。
例の話もしたかったので、他の生徒から少し離れた位置に座って食べ始める。
「にしてもなんで靴下が消えるかねぇ、しかも片方だけだっけ?怪奇現象でしかないぞ」
お弁当を食べながら甘太郎が言う。
「今日は部活中もポケットに入れておくつもり。これなら消えたりしないだろうし」
「ポケットから消えたらもうマジックの類だろ」
ハハハと笑う甘太郎だが、こちらとしては今日も消えるんじゃないかと嫌な予感がしてならないため押し黙ってしまう。
「モモ?」
「いや、なんとなくだけど今日も消えそうな気がする。」
「もし消えたら連絡くれよな、オカ研かお祓いにでも行ってみようぜ」
「マジで言ってるのか?確かに不可解だけどそんな――」
「オカルトやスピリチュアルは信用ならない...でしょウか?」
「うわぁ!...ってその声はクララ?」
後ろから急に言葉をかけられ驚く。甘太郎と一緒に振り返るとそこにいたのは1人のクラスメイトだった。
「オカ研と聞こえたのでつい口を挟んじゃいまシた。」
「クララちゃんじゃないの、珍しいねこんなところに来るなんて」
「はい、クララのアンテナが中庭から電波を受信したのデす。2人の姿が目に入ったので声をかけようと近づいたら、ちょうどオカ研と聞こえたではありませンか!なんとも運命的でスね!」
よりによってオカ研の代表に聞かれてしまった。どこまで聞かれたんだ?なんとか誤魔化せないか、言い訳を――。
「それがさ、モモの靴下が毎日片方消えちまうっていうオカルト的現象が起きてるんだってよ。」
「おい甘太郎...いうなよ...」
半ば諦めてはいたが、そんなアッサリと言うんじゃないよ。
「モモくん、いじめられてルの...?」
「違う違う!!」
こちらに悲しそうな顔を向けるクララにかくかくしかじか経緯を話す。
話を聞いている最中は静かにうなずいていたクララだったが、終わる頃には目を輝かせていた。
「モモくん、それはクリプティッド!すなわちUMAではないでしょウか!!」
「UMA?未確認生物ってこと?」
「イエス!私の専門ではありませんが恐らくそうでショう。詳しい人を知ってマす!」
笑顔が眩しいが、流石に突拍子もないしちょっとお断りしよう...。
「クララ、悪いんだけど――」
「早速話をつけてきマす、また後ホど!!」
こちらの話も聞かずブロンドの髪をなびかせて走り去っていくクララ。隣でゲラゲラ笑っている甘太郎。
「おい甘太郎、もうちょっと考えてくれよ」
「わり!でもやっぱり知ってる人が増えたほうがいいんじゃないか?それに見たろ?メチャメチャ協力的だ」
「それは確かにそうだけど、流石にUMAに取られるみたいなのはあり得ないだろ。」
ため息をつく。進展するとも思えないが、聞くだけ聞くしかなさそうだ。