3足目 親友と靴下
「にいちゃんおかえり!」
こちらが玄関を開ける前に小春がドアを開けて迎えてくれた。いつもこうして俺の帰宅を察知して迎えてくれるかわいい弟だ。
「ただいま。今日のご飯は何がいい?」
「サバ!冷蔵庫に入ってたよ!」
「サバか、ダメになる前に食べないとな。じゃあ一緒に準備しようか」
「はーいにいちゃん!えへへ」
頭を撫でてやると嬉しそうに抱きついてくる小春。
「ほら、キッチンいこう」
「うん!」
上機嫌にスカートをヒラヒラさせながらキッチンへ向かって行った小春の後を追い、一緒に晩御飯の準備を始めた。
「「いただきます」」
百束家の食卓はいつも2人。両親はともに取材記者として国内外を問わずあちこちを駆けまわっているので、ほとんど家にいない。
休みも取らずに記事のネタを探し回っているのは本当に好きな仕事だからなのだろう。限度があると思うが。
「小春、今日の学校はどうだった?」
「えっとね、今日はピヨちゃんが校庭でカラスとケンカしてたよ」
「まだ生きてたのかあのニワトリ...」
自分が小学校に入学した時には既に飼育されていたニワトリなのだが、ピヨちゃんという名前からは想像のつかないようなゴツい風貌をしている。
よく小屋から抜け出しては学校近辺の野生動物とファイトしているため、近隣住民からも人気がある。
「ピヨちゃんもうすぐ20歳になるんだって、校長先生が言ってたよ!」
「ほんとにニワトリなのかなあいつ」
お互いにその日あった出来事を話しながら食べる晩御飯が我ら兄弟の日常だ。
「にいちゃんは?」
「間木さんと番長の3人で新しくできた『エナトス』って喫茶店に行ってきたぞ」
「ずるーい!いいなぁいいなぁ...」
そう言いながらチラチラとこちらを上目遣いで覗きこみ、行きたいオーラを全開に放つ小春。
そんなことしなくても普通に言ってくれれば連れていくんだけど。
「じゃあ次の日曜にお昼ごはんでも食べに行くか。」
「いえーい流石にいちゃん!何食べるか考えとこ!」
晩御飯を食べている最中だというのに、週末の食事メニューを考えながら嬉しそうに体を揺らす小春。その後も喫茶店の後の予定を計画し、2人で週末の楽しみをつくった。
風呂から出てリビングに戻ると、小春が黙々と宿題に取り組んでいる。
「小春、宿題はどうだ?」
「え?もう終わってるよ?」
「じゃあ何書いてるん――」
だ、と言おうとしたところで隠されてしまった。
「ひみつー!」
「にいちゃんにもひみつか〜」
秘密ならしょうがない、と少し物悲しさを感じながらソファに腰掛け、スマホを手に取る。
『靴下 消える』『靴下 盗難』『靴下 なくす』
まともな検索結果が出てくるとは思っていなかったが、やはり物忘れだとか嫌がらせだといったページしかヒットしない。
あんまり誰かに相談したくない問題だが、このままというわけにもいかない。アイツに相談してみるか。
「小春、にいちゃん部屋で電話してるからな。お風呂入った後はちゃんと髪も乾かすんだぞ」
「はーい!」
まだ何か頑張って書いている小春を邪魔しないようそっとリビングを出た。
自室のベッドに腰掛けた俺はスマホでトークアプリ『KINE』を起動する。
年中ほぼ一番上に居続ける『甘太郎』のトークを開くと、通話ができるかどうか確認を入れる。
シュポ。即レスだ。
早速通話をかけようとしたそのタイミングで向こうからかかってきた。
「よう、おつかれ。」
「おつかれモモ!どうしたよ」
「ちょっと相談事ができてさぁ」
「珍しいな」
遊びの話が大半なので、相談なんて滅多にない。ましてや俺からなんて何年ぶりだろうかというレベルだ。早速本題に入る。
「実はな、4日前から靴下が連日なくなってるんだ。」
「は?靴下?」
「訳分からないと思うけど俺も分からないんだよ」
「とりあえず聞いてから笑うわ」
笑うのは確定なのかよ。
「おう。じゃあまず1日目から話すわ」
――1日目は朝から急な雨に降られた。
ビショビショになった靴下を教室で脱いで、机の脚にかけて乾かしていた。
「あぁ、みんなやってたな。俺もやってたけど結局放課後になっても乾かなかったよ」
帰る頃に履こうと思ったら片靴下だけ消えていた。
誰かが誤って履いて帰ってしまったんだろうと思ったからその日はそのまま帰った。
「学校指定で共通だし、落ちてたら誰のか分からないかもな」
2日目は部活で。脱いでロッカーに入れたと思ったのだが、部活後に着替えようとしたところ片方無くなっていた。
落ちていた靴下を誰かが拾ってしまったのか?と思い、次の日部長に落とし物があったかどうか訪ねてみた。が、更衣室にはその日俺しか入っていないらしい。
「部長さんはその日いなかったのか?」
「いたけど部長はあんまり更衣室で着替えないんだよ、あの人、心は乙女だから」
「例のオネエ部長さんね。じゃあどこで着替えてるんだ?」
3日目は体育の授業後。
月曜日から起き続けていた靴下紛失もあったし、嫌な予感はしていた。
だが、その日の体育は器械体操。脱いだ靴下を上履きにねじ込み授業を受けたのだが、授業終わりに見てみるとやはり片方の靴下だけが消えていた。
「ポケットかバッグに入れとけばよかったんじゃないのか?」
「時間ギリッギリでそんな余裕なかったぞ、しかもその要因はお前だ」
「それは申し訳ない」
そして今日、4日目の話をサラッと話し終えると甘太郎が電話越しに唸っているのが聞こえた。
「ミステリーか変態、だなモモ!」
急に声のトーンが明るくなる甘太郎。
「は?嫌がらせとかじゃなくて?」
「それはないだろう。4日中2日、鍵をかけたロッカーから消えてるんだろ?ミステリーだ。」
「そうか?適当に言ってない?」
「クラスの中にモモを悪く思ってるやつはいないってのも確かだからな」
「どこ情報なんだよそれ」
「俺情報だ。ま、嫌がらせってのはまずないだろ」
はじめこそ親身に話を聞いていた甘太郎だったが、完全にいつものペースに戻っている。
「それじゃあ変態ってのは?」
「文字通り変態だ。モモの靴下を持っていって、コレクションでもしてるんじゃないか?」
「ぷふっ。完全にふざけてるじゃんか」
アホみたいな推察が飛んできてつい吹き出してしまった。
「お、やっと笑ったな!ここ数日暗かったから心配してたんだぜ。そっちから相談してくれてよかったよ」
「ありがとうな、聞いてくれただけでもスッキリした。もう少し自分でも考えてみるよ。」
「おう、またいつでも相談してくれ。どうせ毎日顔合わすんだけどな」
また明日な、と告げて通話を終える。
時計を見てそろそろ小春も寝る時間かな、と思っていたタイミングで丁度良く小春が部屋に入ってきた。
「にいちゃん電話終わった?」
「終わったよ。電話終わるの待ってたのか、ごめんな。小春ももう寝るか?」
「うん、ねむくなっちゃったから」
ふわぁ、と大きなあくびをしながら目をこすっている。
寄ってきた小春の頭をくしゃりと撫でると、満足そうな顔をしておやすみ〜と言いながら部屋を出ていった。
「おやすみー...」
ドアが閉まるのを見てベッドへ仰向けに倒れる。
天井をボーッと見つめながら、今起きている状況をまとめてみる。
靴下は連続して4日間消え続けている。脱いでいるタイミングで消える。鍵がかかっているロッカーからも消える。
そういえば、今日持っていった予備の靴下は消えてなかったな。
「いや〜わからん」
部屋の電気を消し、あらためてベッドに潜り込む。
明日もなくなってしまうのかなぁ、対策できないものか...
そういえば左右どっちが消えてるんだろうか...
浮かんだ疑問を並べているうちに眠りに落ちていった。