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俺の靴下が片方ないっ...!!  作者: 三食咖哩
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2足目 喫茶店と靴下

「またなくなってる...」


ただでさえ疲れている身体に、精神的な疲れまで重くのしかかってくる。

高校に入学してから1ヶ月が経ち、クラスや部活にもなじみ始めた今日この頃。

学校にいる間に靴下が無くなってしまう、という現象がつい3日前から起き続けている。


そして今日――4日目も起きてしまった。


おかしい、ロッカーは完全に閉めた。扉を閉める前にもしっかり指差し確認した。

頭をひねり考えてみるが、やはり原因は思いつかない。流石に誰かに相談するべきかな...。


「はぁ。とりあえず着替えて先輩達と合流しよう」


予備の靴下を持ってきておいて正解だった。

俺はバッグから靴下を出し、着替えを終えて更衣室を出た。


校舎の中庭を抜けて校門へ向かおうとしたところで、ダルそうにベンチに座る女性教師を見つけた。クラス担任のキバちゃんだ。

若いこともあり生徒との距離が近いので、クラス内外を問わず人気がある。


黄葉(きば)先生、サボりですか?」


ペットボトルの半分くらい残っていたメロンソーダを一気に飲み干し、大きく息を吐いた。


「お〜百束か。職員室に1時間もいたら死んじゃうからな」


「滅茶苦茶いいますね...」


「死ぬ死ぬ。死ぬ前に帰って早くゲームでもしたいなぁ。」


ここまで言ったところでキバちゃんがこちらを向いた。


「ん〜百束、何かあったか?顔が暗いみたいだが。」


「え、まぁちょっとありましたが!でもとりあえず大丈夫です!」


意表を突かれて声がうわずってしまった。


「ホントかあ〜?...まぁ、なにか相談ごとがあったら遠慮なく言うんだぞ」


「わかりました...」


「間木と柿迫(かきさこ)待たせてるんだろ、気いつけて帰れよ。」


と、ここでキバちゃんの背後から誰かが近づいてくるのに気づいた。まだ俺しか気づいていないようだ。


「あ、ありがとうございます。先生もお気をつけて!」


これから起きる状況が想像できた俺は、身を翻して校門へ向かって歩き始める。


「ん?百束?」


その言葉の後、キバちゃんの叫び声が聞こえてきたが振り返らず早足で校門へと向かった。





「すみません、おまたせしました!」


開口一番、待っていた2人に謝罪する。


「キバちゃんに捕まってたんだろ。サボってるの見たし断末魔ここまで聞こえたし」


「なにかあった?」


間木さんが心配そうに尋ねてくる。


「いえ、少し絡まれてただけですよ」


「そう?なら早速いこっか!」





部活動中の出来事について3人で話しながら歩いていると、チラシの案内にあった若葉色の屋根が見えてきた。目的の喫茶店にたどり着いたようだ。


「...ここ普通の喫茶店なんだよな?」


番長が思ったことをそのまま代弁してくれた。

そう思ってしまうのも無理はない。


「なんだこのスタンドフラワーの数...」


眼前に広がる光景に驚きを隠せない。というのも、開店祝いのスタンドフラワーが、これでもかという程ギチギチに店の外に並べられている。店内もまったく見えない。


「こんなにお祝いされるってことはすごいお店なのかなぁ?」


すごいで済ませて現実から目を逸らそうとする間木さん。


「すごいとは思いますがあんまり普通じゃなさそうですね」


「チラシ通りだと普通の喫茶店のはずなんだけど...」


連れてきた張本人がチラシの写真と店を交互に見ては眉をひそめている。


「とにかく入ってみようぜ」


そう番長が言ったかと思うと俺の後ろに回り込み、背中をグイグイ押してくる。


「番長が先じゃないのかよ。別にいいけど」


扉横のスタンドフラワーを倒さないようにゆっくり扉を開くと、チリリンと可愛い鈴の音が鳴る。


「いらっしゃいませ〜」


店の奥から店員さんの声が聞こえたが、姿は見えない。

そう思った矢先、カウンター下からひょっこりと現れてパタパタとこちらへ向かってきた。


「3名様ですね、こちらへどうぞ。」


胸元の名札に手書きでデカデカと『店長』と書かれた店長さんにボックス席へ案内された。

慣れた動きでお冷とメニューをテーブルに置いていく。


「喫茶エナトスへようこそ〜、ご注文が決まりましたらベルでお呼びくださいね」


笑顔でそう言うと、テーブルから離れて再びカウンターの下へと沈んでいった。


見えなくなった店長さんを確認すると、番長がテーブルに身を乗り出し話しかけてくる。


「また下に消えていったぞ?店長も若いし変じゃねえ?モモ」


「おい聞こえたらどうすんだ」


番長とコソコソ話していると間木さんも身を乗り出してきた。


「お店の中は普通の喫茶店だねぇ。スタンドの数見たときはビックリしちゃったけど」


「誰でもびっくりしますよこれは...」


窓の外を見ようとしたが、やはり外が見えないほどフラワーでいっぱいだ。裏側ってこんな風になってるんだなぁ、初めて見た。


店内をゆっくり見たいと思った俺は、目の前でコソコソ話す2人にメニューを渡す。


「間木さんと番長から先に選んじゃってください」


「サンキュー、すぐ決めて渡すからな」

「ありがと!」


おっかなびっくりだったのが嘘だったかのようにメニューを見て盛り上がる2人。

切り替えが早いなぁと思いながら店内を見回す。特に目立ったものはない普通の喫茶店だな...。キレイな絵が何枚も飾ってあるな、等と考えながらキョロキョロしていると、カウンターから店長さんが頭だけ出してこちらをジーッと見ていることに気づいた。


「うわ」


驚いて声が出てしまった。更に目が合った気がして咄嗟にテーブルへ視線を戻す。


なんでこっち見てたんだ?全部聞こえてたか?


「どうした?こっちは決め終わったぜ」


「メニューありがとね。私と番長ちゃんはオリジナルブレンドコーヒーにするよ!レアチーズケーキのセット!」


「あ、黒板に書いてあるオススメセットですね。」


とりあえずメニューを受け取って開いてみる。


「メニュー多くて色々見てると決められないですね...どうしよう...」


「百束くん優柔不断だよねぇ」


ふふ、と笑う間木さん。


「ならみんなおんなじやつにしようぜ」


「あぁ、それでいいか」


迷った挙げ句、番長のひと声で二人と同じセットに決めた。


「2人ともよくすんなり決められましたね」


「私は元々レアチーズ好きだからねえ、初めて行くお店にあったらとりあえず食べてみてるんだ。」


「番長は?」


「ア、アタシはいいからはやく注文しようぜ!」


おい雑にはぐらかしたぞ。コイツも同類じゃないか?

番長がベルを鳴らすと再び店長さんがカウンター下から浮上してやってきた。


「お伺いします〜」


「黒板のオススメメニュー3つでお願いします。」


「ありがとうございます、お待ち下さいね〜」





ほどなくして、カウンター奥からガリガリと豆を挽く音が聞こえてくる。淹れ始めたコーヒーの香りに空腹を覚えたが、それは二人も同じだったようだ。


グゥ、とどこからともなく腹の音が聞こえた。


「そんなにおなかすいてるの?」


クスクスと笑いながら間木さんが言う。


「「俺・アタシじゃないですよ?」」


番長とハモり、3人で沈黙する。


店長さんか〜!


きっと2人もこう思ったに違いない。





店長さんがきれいな所作でコーヒーとケーキのセットを運んできた。


「ごゆっくりどうぞ〜」


糸目で表情が読めないが怒ったりはしてないかな...?

店長さんがカウンターの方へ戻ったのを確認しササッと写真を撮る番長。


「じゃあ食べよ!いただきます!」


「「いただきまーす」」


写真を撮り終えるまで待っていた先輩に2人で続く。

まずはコーヒーを一口。酸味が少なくてなんだか濃厚な舌触りだ。


「飲みやすいコーヒーですね、ちょっと苦味強めですけど。」


「酸味が効いたレアチーズと相性ピッタリだね。美味しい〜!」


「疲れた身体に沁みるねぇ〜」


おっさんみたいなの一人いたな。





おかわりのコーヒーを注文してその後もしばらく談笑していたが、外が暗くなり始めたのでお開きになった。


「また明日部活でねー!」

「しっかり身体ほぐしとけよー!」


手を振りながら駅の方へ向かっていく間木さんと番長を見送った後、自宅へ向かって歩き始める。


――すると後ろから声が聞こえてきた。


「お客さん、忘れ物です〜!」


振り返るとスタンドを倒さないようにそーっと扉を開けて、店長さんがお店から出てくるところだった。ガン!と音がしたが大丈夫だろうか。


と、スマホを手に持っているのが見えたので、もしやと思いポケットをまさぐる。俺のだな、とすぐ気づいたので急いで駆け寄った。


「どうもすみません、ありがとうございます。」


「いえ、間に合ってよかったです!ぜひまた来てくださいね〜!」


はい、と返事をしながらスマホを受け取りポケットにしまいこんだ。まさかスマホを忘れそうになるとは危ない危ない...


少し歩いて振り返ると店長さんがまだこちらを見ていた。

夕焼けの逆光で表情は見えなかったが、こちらに手をふってきたのが見えたので軽く会釈を返して帰路についた。

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