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俺の靴下が片方ないっ...!!  作者: 三食咖哩
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1足目 種まきと靴下

今日は園芸部の活動日。

部活棟更衣室に着いた俺は自分のロッカーの前に立ち、大きく深呼吸をする。


「今日は待ちに待った種まきだ」


はやる気持ちを抑えてブレザーに手をかける。脱いだものからシワにならないようハンガーにかけていく。上下ともにジャージに着替え、ローファーと靴下も土で汚れないよう部活用のものに履き替える。


「...靴下はしっっっかり入れたからな」


そうつぶやきながら自分のロッカーに入れた靴、その上に鎮座している靴下を指差して確認する。施錠した後も扉が開かないかどうかを入念に確認してから更衣室を出た。


百束(ももつか)くーん、おつかれさまー!」


更衣室から出た矢先、先程までいなかった先輩が少し離れた花壇の前にしゃがみこみ、こちらに手を振っていた。


「間木さんおつかれさまでーす、今日もはやいですね。」


間木さんは立ち上がってほこりをはらうと、傍らに置いていたバケツを持って小走りでこちらに向かってきた。


「みんなが来る前に畑と花壇、それぞれチェックしておきたいからねぇ。」


「いつもすみません...少し分担した方がいいんじゃないですか?」


「ふふ、ありがと!じゃあ〜百束くんがもう少し慣れたらみんなで分担しようね。」


う、園芸初心者が生意気言ってしまったか。


「今日は百束くんが楽しみにしてた種まきの日だよ!希望がトウモロコシ、ナス、きゅうり...だったよね?」


「合ってます、全部希望通り揃えていただけたんですか?」


「うん!部員の育てたいものを優先して育てていい!っていうのが、うちの園芸部のいいところだからね〜。」


持っていたバケツの中から種袋を取り出すと、はい。と渡される。


「ついにこの日が来たんですね...!」


2週間前から心待ちにしていたこともあり、思わずガッツポーズを取ってしまう。


「ふふ、よかったねぇ。番長ちゃんが先に畑に向かってるから、色々教わってくるんだよ〜。」


「ありがとうございます!じゃあ早速畑に行ってきます。」


種を渡されて落ち着きを隠せなくなった俺は、間木さんから受け取った種を片手に、旧校舎横の畑へと向かった。





畑に着くと、黒いポニテを揺らしながら歌を口ずさんでいる、ガラの悪い女子生徒を見つけた。どうやら上機嫌で農具の準備をしているようなので声をかける。


「番長!おつかれ!」


「よーおつかれモモ!今日は待ちに待った種まきだな!」


「あぁ、長かった...。まさか畑を耕したその日に種まきができないなんて思いもしなかった...。」


「土ができるまでは待たないといいモン育たないからな、こればっかりはしょうがねぇよ」


へへへ、と苦笑する番長は小さい頃から様々な植物を育てているらしい。この園芸初心者である百束睦季(ももつかむつき)の頼れる味方だ。


「2人でこの畑の土整えたり黒マルチ張ったり...色々準備してきたもんなぁ。教育係もアタシが一任されてるし、種まきから収穫までしっかり面倒みてやらないとな!」


「なんと頼もしい...」


これこそ番長たる所以。入学してまだひと月ほどだが、一部では既に姉御と呼び慕うものもいるとかなんとか。


「よろしく頼みます姉御!」


「姉御はやめてくれ」


番長はげんなりとした表情で大きなため息をついた。





その後2人で話し合い、種のまき方を決めていく。

番長いわくまき方によって芽の出方や、芽が出てからの育て方も違ってくるらしい。

初心者にもわかりやすく、それぞれのメリット・デメリットまで含めて説明してくれた。

園芸本で基本を覚えている最中ではあるが、本で読むよりも番長の経験を交えた説明の方がスルスルと頭に入ってくるので、とても勉強になる。


「さて、そんなに時間もないし実際にやってみるか?モモ」


「やろう!わからないことがあったらその都度聞くよ」


番長に種まきの要領を手短に教わったあと、各々畑の反対位置から種まきを始めた。





意気揚々と種まきを始めて30分程経っただろうか、一度手を止めて先を見やる。2人で種をまいている畑だけでも教室の半分ほどの広さがあるので、あまり進んでいる実感がない。更に同じ体勢でしゃがみ続けているのも辛くなってくる。


「足腰がやられるな...」


ボソリと弱音を吐く。


「まだ半分かそれ以上残ってるぞー?要領さえ掴めば少しはマシになるから頑張れ頑張れ」


聞こえてたらしい。

慣れない作業で凝り固まってきた身体を伸ばすため、立ち上がり足腰をトントンと叩く。


「これでも入部当初よりは筋肉痛や動きもマシになったと思うんだけど。」


「確かに運動不足で今よりも体力なかったっけなぁモモは。」


こう話している間も番長は手を止めず、せっせと進めていく。


「まぁ数をこなしてれば、そのうち体力もついてまともに畑いじりできるようになるよ。」


「よっしゃ。」


はじめの勢いは失ってしまった俺だったが、なんとか番長に追いつこうと気持ちを奮い立たせる。


番長の動きを真似たり、要領良く種をまくコツを聞いたりしながら手持ちの種を減らしていった。





ようやくラストスパートという頃、視界の端で番長が立ち上がった。


「アタシの分おーわり。そっちももうすぐ終わりそうに見えるけど、手伝うか?」


「あと少しだから最後までやらせてくれ。水まきと片付けもしておくから、間木さんに今日の報告頼んでいいか?」


「了解。水まくときは種が流れないよう静かにな。もし手が必要なら呼んでくれ」


「ありがとう、よろしく。」


グッと親指を立てると間木さんのいる花壇の方へ走っていく番長。

慣れない作業でヘトヘトの身からすると、まだあんなに元気に走れるのかと感心してしまう。まあ番長も言っていたが慣れと体力の差なのだろう。





無事にすべての種をまき終えた後は、達成感と疲労感を味わいながら少しずつホースを伸ばしていく。


「終わった...立派に育ってくれるといいなぁ」


そういいながら、俺は言いつけどおりに優しく水まきを始めた。





水まきと農具の片付けを済ませ、花壇の前で談笑していた間木さんと番長に声をかける。


「片付けまで全部終わりました」


間木さんがこっちを向いてニコッと微笑みかけてくる。


「おつかれさま。種をまいてからが本番だから気を抜かないようにね!」


「はい!収穫まで番長と一緒にがんばります。」


「それなら良し。」


間木さんは感心感心といった風に腕を組み、頷いている。


「あ、忘れてた。」


ふと何かを思い出したようなそぶりを見せた後、ポケットからキレイに折りたたまれた紙を取り出し広げ始めた。

番長と左右から覗き込んでみると、どうやら喫茶店のチラシのようだ。


「ねぇ、このあと3人でこのお店行ってみない?」


「わ!駅近くの公園そばにできた新しい喫茶店ですか?アタシ気になってたんです!」


番長が少し興奮気味に続いた。

間木さんの広げたチラシには見覚えがあった。数日前に友達から誘われていたんだけど、その日は気分が乗らなくて行かなかったんだよなぁ。


「俺も行きます!」


「じゃあ着替えが終わったら校門前で集合〜!」


間木さんの号令で今日の部活動は終了。また後で、と2人に手を振り更衣室へと向かった。





少しざわつく胸を押さえながら、自分のロッカーの前に立ち、大きく深呼吸をする。


「ふぅ〜〜〜〜」


ゆっくりと息を吐きながらロッカーの鍵を開ける。そーっと扉を開き、部活前にしまった自分の着替えを確認する。

丁寧にかけたブレザー、スラックス。キレイに丸めたベルトとネクタイ。ピシッと揃えておいたローファー。その上にあるのは靴下。


――おそるおそる靴下をつまんで持ち上げてみると、乗せておいたはずの靴下が『片方だけ』消えていた。


またか、またなのか...!


「俺の靴下が片方ないっ!!!!」

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