第54話 鞘の勇者は諦めない
たった今、うちのじいちゃんが息を引き取った。
今の今まで賑やかだった病室が静寂に包まれる。
最初から説明を受けていたから分かっていたことなんだけど、想像よりもキツかった。
病院で一番広い個室のベッドに横たわるじいちゃんを囲っていたばあちゃんたちが一斉に消えたのだ。
じいちゃんは戸籍上は未婚だったけど実際には十人の奥さんがいて、それぞれが子供を産んで、その子供たちがぼくたちを産んだ。
ぼくはじいちゃんとヴィオラばあちゃんの孫にあたる。
ヴィオラばあちゃんも他のばあちゃんたちも全然年を取らないから、ぼくが小さい頃から見た目は変わっていない。
でも、じいちゃんは年を取ってシワシワの顔になって、どんどん痩せていった。
じいちゃんが病気になって余命を宣告されたときは、いつも飄飄としているクシマばあちゃんが一番泣いていた。
唯一、奥義を持たなくても強かったと自慢していたクシマばあちゃんは、じいちゃんに頭を撫でられながら子供のように泣きじゃくっていた。
幼少期のぼくは、ばあちゃんたちはずっと死なないんだと思っていた。
でも、それは間違いでじいちゃんとばあちゃんたちは『契約』しているから、じいちゃんの心臓が止まったときには、ばあちゃんたちも消えて無くなる。
そう聞かされながら育った。
そのときが今日だった。
じいちゃんが入院することになった日の夜は過去にないくらい揉めた。
入院手続きの書類で有事の際に一番最初に連絡する人の名前を書く欄があったけど、誰にするかでばあちゃんたちが喧嘩を始めたのだ。
クシマばあちゃんを除いて普段は温厚な人たちなのに、鬼の形相で口喧嘩を始めたときはこの世の終わりかと思った。
結局、ヴィオラばあちゃんの名前を書いて提出したんだけど、ずっと文句を言ってるばあちゃんもいた。
このエピソードだけでいかにじいちゃんが愛されていたのか分かった気がする。
いよいよ心臓が止まりそうだと連絡を受けて家族総出で面会に訪れると、ばあちゃんたちはぼくたちに別れを告げてから全員でじいちゃんの手を握っていた。
そして、じいちゃんの心臓が止まった瞬間に笑顔のまま十人のばあちゃんがこの世からいなくなった。
ぼくの両親も親戚たちもみんな泣いていたけど、ぼくは泣かなかった。
それは、ばあちゃんたちから聞かされていた話がようやく信じられるようになったからだ。
「わたしにとっては主人が全てよ。だから、主人がいない世界に居座る理由なんてないの」
「サヤ様が私を助け出してくれました。普段は大人しいですが、やるときはやるお方ですからね」
「サヤ殿は本当にすごい人なのでござるよ!」
「あの人は賢くはないけど、バカじゃないから」
「クシマ的にはサヤちんのことをざこって言っていいのはクシマだけだよー」
「これまでに出会った中で一番清らかな人なのです。だから彼の子であるあたなたちもきっと」
「旦那様を愛しているからこそ、旦那様に愛していただける。まずは人を愛することです」
「サヤは人を見た目で判断しない方です。ですが、だからといって見た目に気を遣わなくてよいというわけではありませんわ」
「おサヤは儂ら姉妹を救ってしまったからのぅ。大した男よ」
「わちを受け入れたのじゃから、相当デカい器の持ち主じゃぞ」
ぼくのじいちゃんは異世界の勇者で、ばあちゃんたちをこの世界で幸せにした。
本当にすごい人なんだ。
でも、もっとすごいのは宣告された余命よりも圧倒的に長い年月を生きたことだと思う。
少しでもばあちゃんたちと一緒にいたいという諦めない気持ちが病気の進行を遅らせたのかな。
そんなすごい人の孫であることを誇らしく思うと涙は出てこなかった。
ぼくたち一族の和室にはずらりと遺影が並んでいる。
佐山 冴也。
佐山 美蘭。
佐山 氷綿。
佐山 繊那。
佐山 雷覇。
佐山 紅縞。
佐山 澄和。
佐山 愛紗。
佐山 蟻彩。
佐山 詩向。
佐山 珀亜。
ぼくたちの自慢のじいちゃんとばあちゃんたちだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
数ある小説の中から当作品を見つけていただけたこと、ブックマークや評価を沢山いただけたこと、大変感謝しています。
こんなにも沢山の感想をいただいたのは初めてで色々と勉強させていただきました。
今回の反省を元に次回作へ取り組んでいきたいと思います。
ありがとうございました。
2022.10.25 桜枕