第48話 永遠を誓う
「これで終わりだ。刀を持たないてめぇに勝ち目はねぇ」
ようやく聞こえるようになった耳にナガリの無慈悲な言葉が届く。
その意味を理解するまでには時間がかかった。
「ヴィオラ?」
どんな場面でも常にヴィオラの声だけは脳内に響き、僕の相談に乗って正しい選択へ導いてくれていた。
そんな彼女の声が今は聞こえない。
戦意喪失ということがどんな状態なのか初めて知った。
一人で戦えっていうのか。
そんなの絶対に無理だ。
十刀姫がいなければ僕はただの高校生だぞ。
今だって彼女たちに守られたから辛うじて生きているだけで、立ち上がれないほど全身が痛いのに。
再び獄刀『双刃』を天に掲げるナガリを止める手立てがない。
「さんざん俺を痛めつけてきたんだ。今回も奥手があるんじゃねぇのか? ハハハハハッ! ねぇよな! 丸腰のお前はただの無能だ。ゼィニクのおっさんは間違ってなかった。俺こそが優秀で最強の勇者なんだよ!」
「奥の手? そんなの……。僕と彼女たちを繋ぎ止めていた鞘もどこかに吹っ飛んで――」
言葉を最後まで言い終えずに彼女の能力を思い出す。
もしも、彼女の能力が今でも僕に作用しているとしたら?
勝ち目があるかもしれない。
でも、作用していなかったら負ける。これは賭けだ。
僕は歯を食いしばって体を起こした。
「僕にいたずらをしたんだよな。僕ときみは永遠に繋がっているんだよな。そうだろ! 来い、響刀のヴィオラっ!」
どこからともなく音色の模様が施された鞘が手の中に飛び込み、ナガリの足元に転がっていたヴィオラも擬刀化して鞘の中に納まった。
少しの時間を与え、回復を待つ。
さっきまで体が動かなかったのに力が戻ってくるように感じた。
エイヒメ領に一泊した日の夜に聞いたヴィオラとアイシャの声は夢じゃなかったんだ。
ヴィオラはアイシャの能力で僕と血液を混合している。強制的に愛を誓わされた僕たちが離れるときは死を意味する。
結刀『愛紗』の説明文を読んだときは心の距離感の問題だと思っていたけど、十刀姫が対象になると物理的な距離感も含まれるようだ。
獄刀『双刃』によって物理的に距離を引き離された僕とヴィオラは本当の死に直面していたらしい。
だから僕は体が動かなかったし、ヴィオラは声を発することもできなかった。
アイシャはやっぱり恐ろしいな。
「響刀『美蘭』、格式奥義――剥牙絶弦・改」
左手に持つ鞘を左肩に乗せ、顎を乗せて高く持ち上げるように構える。
体を少しだけ左に傾け、目線は鞘と平行になるように意識する。
左手の指で四つある音符の装飾を押えて、視線を右手に移した。
右手に持つ刀の峰みねを鞘にあてがい、ボウイングを始める。
「ありがとう、ヴィオラ。一緒に編み出した技でナガリを倒せそうだよ」
音色を止めるつもりはない。
ナガリの心にヒビが入るまで奏で続けるつもりで指と腕を動かし続けた。
「なんだこの音は!? やめろぉぉぉおぉぉぉ!」
聞いていて嫌な音ではないはずだ。だって、この音楽はクッシーロ更生施設を訪れる病める人たちの為に編み出したものだから。
それにナガリは過去に一度この音色を聞いている。でも、今は不快に感じるのなら心が悪意に満ちて穢れすぎているんだ!
「やめろって言ってるだろ!」
耳を押えて、体を丸めていたナガリが再び獄刀『双刃』を振りかぶった。
僕は容赦なく音を奏で続ける。
指の皮がめくれようが、爪が剥がれようが、構わずに手を動かし続けた。
「ぐをぉぉぉぉぉ!?」
演奏を続けながら走り出し、閃刀『雷覇』の鞘を拾ってナガリの懐に入る。
獄刀『双刃』の奥義である煉獄穀潰を発動しているようだけど、僕は地に足をつけたままだ。
「ここは台風の目なんだよ。一番危険に思える所有者の近くだけは一番安全なんだ!」
足元に転がる『雷覇』を掴み、鞘と擦り合わせながら叫ぶ。
「閃刀『雷覇』、格式奥義――電煌雷轟!」
黒雲が空を覆い、勢いづく前の竜巻に向かって稲妻が落ちた。
ドゴォォォォォン!!
膝をついたナガリに向かって何発も落雷を叩き込む。
バチバチバチバチ!!
僕とナガリの体が帯電している。
『雷覇』の鞘を持っている僕も近距離で落雷を受ければ、一瞬心臓が止まったらしい。
咄嗟にライハが心肺蘇生してくれたけど、本当に危なかった。
重い体を引きずり他の仲間を迎えに行く。
手を伸ばしているスミワを掴むと彼女は擬刀化し、僕に語りかけてきた。
《ここまでよくやったのです。もしも、あなた様の心が痛むならじぶんが癒やします。一緒に剣の勇者の心を斬るのです》
「僕にスミワは扱いきれないから体ごと斬ってしまうと思う」
《ダメよ。これ以上、あなたの手を汚させるわけにはいかないわ》
「ありがとう、ヴィオラ。だからさ、スミワの格式奥義を使うよ」
《そう。それなら同じ勇者のよしみで彼を救ってあげなさい》
ヴィオラの優しさを受け入れ、改めて核刀『澄和』を握り直す。
「これで最後だ。核刀『澄和』、格式奥義――重塗生抹」
驚くほどに清らかな刀のペン先は嘉多 長利という男の過去を書き換えた。




