第45話 無慈悲な刀姫
いつも賑わっている帝都はやけに静かだった。
出店も閉まっているし、ゴーストタウンのような雰囲気に変貌を遂げている。
貴族たちもいないのは不思議で仕方がなかった。
「ここって本当に帝都だよね」
不安が募り独り言を呟く。
期待していなかったのに路地の影から聞き覚えのある声で返答があった。
「これから戦場となる帝都には避難勧告が出され、貴族たちは各領地に散ったぞ」
「……ゼィニク」
丸々と太った男の手には一本の刀が握られている。
「シムカさんを返してください」
「お前も皇女もうるさいガキだ。心底嫌気がさす。このわしがとどめをさしてくれるわ!」
ゼィニクは上段に構えた絢刀『詩向』を振り下ろす。
まだまだ距離があるにもかかわらず、僕の体は後方へ吹っ飛んだ。
「くっ!」
突風に飛ばされたような感覚ではない。
この感覚は体感したことないものだけど見たことはある。
そうだ。これは理科の授業で習った。
斥力だ。
磁石が離れるときと似たような現象が自分の体で起こったことが信じられない。
これが絢刀『詩向』の能力か。
「ハハハハハッ。素晴らしい、素晴らしいだろ!」
新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぐゼィニクにこんなに強力な刀を与えては危険だ。
「これであの小娘もわしには逆らえまい!」
僕は響刀『美蘭』の鞘と柄に手を置く。
格式奥義で気絶させて刀を奪おうと動き出したとき、ヒールの先で地面を鳴らす音が聞こえた。
「……アリサ皇女」
「出たな、小娘! 皇帝陛下の娘だからと言ってこれ以上の好き勝手ができると思うなよ!」
赤紫色のドレスを翻すアリサ皇女はゼィニクを無視して僕の前でお辞儀する。
その鮮麗された動きに魅了された。
「誰が誰の娘ですって?」
一気に雰囲気が変わり、ゼィニクが地雷を踏んだことは一目瞭然だった。
「わたくしが皇帝の娘? ふふっ、面白い冗談です」
「な、何を言っている。気でも触れたか!?」
ゼィニクが後退る。
「鞘の勇者様。いいえ、サヤ。わたくしは誰?」
これがアリサ皇女の本性なんだ。
ずっと猫を被り続けたお姫様がベールを脱いだ瞬間だった。
「ヴィオラたちと後宮に仕えていた子で、最後まで抵抗し続けた豪傑で、十刀姫の一人だ」
「やっぱり。あなたにならわたくしの全てを捧げても構わないですわね。所有物だなんてひどいことを言ってしまってごめんなさい」
「そんなこと気にしてないよ。アリサ皇女、ううん。アリサの本当の姿と名前を見せて」
アリサは背中に手を回し、ドレスを締めつけているひもを解く。
胸元を手で隠し、ドレスから肩を出すと彼女の背中にはヴィオラたちと同じ刺青が刻まれていた。
「それは皇帝陛下の紋章! 貴様は下女の分際で皇女を名乗り、王宮に入り浸っていたのか!?」
「聞く耳をもたなくていい。僕たちは何があってもアリサの味方だ。アリサが何を考えているのか僕には分からない。でも、きっとみんなを救う為に行動しているんだと信じてる。ゼィニクを倒してシムカさんを取り戻す手伝いをして欲しい」
頷いたアリサが恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。
背中の刺青以上に見られたくないものがあるのか?
「わたくしの刀身を見ても笑わないでくださいね。他の子たちよりも醜いものですから」
「そんなことしないよ。どんな姿のアリサも受け入れるつもりだよ」
頬を赤らめると一変して鋭い目つきとなった。
「最後の警告です。わたくしを使うということは人を殺める覚悟ができたということです。わたくしはヴィオラやライハのように器用ではありません。本当にわたくしを抜きますか?」
初めてこの世界で野盗と戦ったときはヴィオラが気を遣って調整してくれた。
その後もヴィオラやライハに頼り切りだった。
ドクタャブもナガリも僕たちを殺そうとしていたし、実際に死に直面した。
全部がゼィニクの命令だとは思わないけど、僕の命を狙って大切な仲間との絆を引き裂こうとしたのは事実だ。
僕は数々の過ちを犯してきた。今更、無かったことにはできない。
ォショウさんに言われた通り覚悟を決めるときがきたんだ。
「アリサと、みんなと一緒ならできるよ」
「では、ふつつか者ですが末永くお願いいたします」
擬刀化したアリサは彼女が言った通り、到底刀と呼べる代物ではなかった。
鋼を刀身の形に引き伸ばしただけのように見える。
何より刀身は四つの楕円状にくり抜かれていて、ぶつけただけで割れてしまいそうだ。
「……これ、見たことある」
刀を左腰にある水玉の模様を施された鞘に納めると何か液体に浸けたような感覚が伝わってきた。
さっきまで鞘は空っぽだったけど、今では謎の液体が満たしている。ただの水ではなく、少し粘り気のある液体のようだ。
核刀『澄和』は切っ先だけがチャポンとインクに触れる感覚に対して、ドボンと鍔のギリギリまで浸かる感覚だった。
強制的にスキル『契約』が発動しアリサとの間に縁が生まれると、僕の左小指に鍔と同じ形の指輪が嵌められた。
そして、僕の疑問を晴らすかのように情報が開示される。
劇刀『蟻彩』
残虐性に主眼を置いて創られ、"毒死"を象徴としている。
鞘で生成された毒液を刀にまとわせ、球体を空中に浮遊させることが可能な刀。毒の球は触れた瞬間に弾け、体内に吸収されて死に至らしめる。
「シャボン玉スティックだ」
ストローを吹いてシャボン玉を飛ばすのではなく、枠にシャボン膜を貼り、その枠を動かすことでシャボン玉を飛ばすタイプのものだ。
「醜くなんてないよ」
500年前のアリサは最後まで皇帝への抵抗を続け、心身共に疲弊した状態で刀の勇者に保護された。
彼のスキルで擬刀化できても心身へのダメージが大きすぎて、ヴィオラたちのような刀にはならなかったんだ。
この姿はアリサの強さを表わしている。
「そんな鉄クズで何ができる!?」
鞘から刀を抜く。
その瞬間、アリサの憎しみに身体を侵食される感覚に襲われた。
頭の中は「殺せ、殺せ、殺せ」というアリサの囁きだけに支配され、思考がまとまらなくなる。
「あんたを殺せる」
刀身となっている楕円状の枠には透明のシャボン玉液が大量に付着していた。
「劇刀『蟻彩』、格式奥義――降流毒蛇」
刀を優しく横薙ぎすると八個の大きなシャボン玉が飛ぶ。
しかし、シャボン玉はゼィニクの方ではなく風下へと流されていった。
「ハハハハッ。そんなものでわしに勝てるわけがなかろう!」
何度やっても結果は同じで苛立ちが募る。
そんなとき、ヴィオラの声がアリサの囁きをかき消した。
《落ち着いて、あなた。強力な刀だからこそ弱点も存在する。あなたは誰よりもそれを知っているでしょ。アリサと自分の心を制御して》
ヴィオラのおかげで劇刀『蟻彩』の支配から逃れ、冷静に分析を始める。
この刀はどこでも戦えるわけじゃない。風上から攻撃しないとダメだ。
劇刀『蟻彩』を鞘に戻し、走り出す。
動くたびに十個の鞘が足にぶつかるのにももう慣れた。
ゼィニクは絢刀『詩向』を構えたまま僕から離れていくがもう遅い。
劇刀『蟻彩』の充填は終わったぞ。
「格式奥義――降流毒蛇!」
今後は自分の意思でさっきよりも速く刀を振りきる。
刀身から飛び立った多数の小さなシャボン玉がゼィニクの方へ進んだ。
絢刀『詩向』の能力を発動される前に次弾装填を急ぐ。
「な、なんだ!? なぜ、ワシの方へ来る! やめろ、来るなぁぁあぁぁ!」
全てのシャボン玉がゼィニクに向かって行く。
正確には絢刀『詩向』に吸い込まれているようだった。
「ひぎっ。んぐぉ。ぐはっ」
絢刀『詩向』と接触して弾けたシャボン玉がゼィニクの肌に付着した瞬間、喉をかきむしりながら身悶え始めた。
鞘の中で生成されたシャボン玉液は皮膚から吸収される経皮毒だ。
対抗する手段は風上に逃げるか、完全防護服を着るしかないだろう。
まさに初見殺しの刀である。
《最期まで見ておくのよ。これがあなたの選択した結果なのだから》
ゼィニクの最期は意外にもあっけなく、膝から崩れ落ちて動かなくなった。
ずっと僕の心に寄り添ってくれたヴィオラの柄を握り締め、決して目を背けなかった。
劇刀『蟻彩』、収集完了。




