第44話 愛情深い刀姫
エイヒメ領に着くと、以前来たときよりも土地が荒れ、人々の雄叫びは聞こえなかった。
慎重に官邸内に入るとあちこちで小火が生じていて、室内には煙が充満している。
「ヒワタ、お願い」
僕は寒刀『氷綿』の能力を使うことができないから、人の姿に戻ったヒワタの吹雪で火が消えるのを待つ。
窓も開けて換気していると奥の部屋から女性の叫び声が聞こえた。
「レィジーン様! レィジーン様!」
閃刀『雷覇』と鞘を構え、執務室だった部屋へ飛び入る。
しかし、そこにナガリの姿はなく、脱力しているレィジーンさんを抱きかかえるアイシャがいた。
「アイシャ! 一体何があったの!?」
「勇者様!? 官邸の至る所から火の手が上がり、レィジーン様が剣の勇者と名乗る御仁に襲われました」
ヒワタが消火活動を続け、クシマとスミワがレィジーンさんの状態を確認する。
センナは周囲に警戒し、ヴィオラは索敵を行ってくれた。
その間、ライハは僕の護衛を務めてくれた。
こうして見ると彼女たち十人が集まれば何でもできる気がしてきた。
「クシマ的診療録に該当する病気はないかもー。命に別状はないねー。剣のおにいちゃんは相変わらず詰めが甘いなー」
「精神面も安定しているのです。安静で軽快するでしょう」
「クシマ、スミワ、ありがとうございます」
義姉妹にも敬語のアイシャはいつまでもレィジーンさんから離れようとなかった。
「あなた。索敵範囲を広げたけど剣の勇者の姿はないわ。転移魔方陣で帝都に戻ったのかもしれないわね」
ヴィオラからの報告を受け、僕は事の成り行きをアイシャに説明する。
何度も頷きながら話を聞いてくれたアイシャは唇を噛み締めながら拳を床に打ちつけた。
「卑怯な! ハクアを人質にして、シムカを得ようなどと! それにレィジーン様に刺客を送り込むなど言語道断!」
「お、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか! 友がやられたのですよ! その男、二度と立ち上がれなくしてやります」
奥歯を噛み締め、拳を握るアイシャが恐ろしい。
愛の刀だけあって愛情が強くて重すぎる。
「僕たちはナガリを捕まえたかったんだけど手遅れだったみたいだ。帝都に行くしかない」
「末席くん? アイシャちゃん?」
「レィジーン様! どうして側にいさせてくれなかったのですか!?」
「ごめんね、アイシャちゃん。気をつけて末席くん」
「ナガリは刀を持っていましたか!?」
レィジーンさんは無言で首を振る。
アイシャは戦闘向きではないけど、護衛としては役に立つはずだ。
レィジーンさんが敢えて、そうしなかったのならアイシャを守りたかったのだろう。
レィジーンさんは打撲と軽い火傷を負っているようで、ヒワタの手当てが終わるのを待っているとアイシャが立ち上がった。
「これから帝都へ乗り込むのでしたらこなたもお供します。レィジーン様の仇を討ちます」
「それは僕の刀になるってこと?」
「はい。レィジーン様の了承も得ています」
アイシャは一途で愛情深い性格の子だ。
そんな彼女が所有者であるレィジーンさんの為に身を差し出すのは生半可な覚悟ではないと思えた。
「一緒に行くのはいいけど、きみはレィジーンさんの刀だ。無理に僕の鞘に納まらなくても――」
「それは違います。こなたはレィジーン様と共に歩んでいただけで所有されていません。こなたの鞘を持つ御仁こそが所有者です」
僕の右腰で桜の花びらの模様を施されている鞘が揺れる。
片膝立ちとなり、頭を下げたアイシャは刀の姿となって僕の手に乗った。
「分かった。一緒に行こう。でも僕はきみの所有者なんかじゃない。友達だ」
これまでに何度も納刀してきたから手慣れたものだ。
しなやかに一振りし、鞘の中へと納めていく。
結刀『愛紗』
永遠に主眼を置いて創られ、"心中死"を象徴としている。
切った者の血液を混ざり合わせることで強制的に契りを交わらせることが可能な刀。一方が別れたいと思った瞬間に互いの血液が沸騰し、死に至らしめる。
文章化すると危険さが浮き彫りになるな。
恋は盲目というけど、一時の迷いで使用することは思い留まった方が良いのは間違いない。
スキル『契約』は発動できなかったけど、これで七本目だ。
「核刀『澄和』まで手に入れたのね。首席は?」
「ォショウさんはクッシーロで加療中です。レィジーンさんもクッシーロにお連れしますよ」
まだ立ち上がれないレィジーンさんが首を振る。
「自分のことは自分でできるわ~。アイシャちゃんを幸せにしてあげてね〜」
いつものように語尾を伸ばし、笑顔を見せてくれたレィジーンさんに別れを告げて他のみんなも鞘に納める。
残りの十刀姫が待つ帝都に向けて僕たちは瞬間移動した。
結刀『愛紗』、収集完了。




